中国から日本へ、富裕層の脱出が加速

Miho Inada 

 

 

中国から日本へ、富裕層の脱出が加速 (msn.com)

 

東京】金属商社を経営する中国出身のハヤシ・トモさん(45)は昨年、東京に移住した。すぐさま日本名を名乗り、湾岸エリアの高級マンションを約1億円で購入した。3月には家族を呼び寄せ、息子2人は日本の小学校に通い始めた。

ハヤシさんは東京の高級不動産ブームをけん引し、この都市のあり方を変えつつある多くの裕福な中国人の一人だ。

不動産業者や中国人富裕層の国外脱出の動向を注視する人々によると、中国の専制主義的な政治体制への不満――新型コロナウイルス規制による唐突なロックダウン(都市封鎖)の最中に高まり、その後も膨らむ一方だ――が国外流出に拍車をかけている。中国の景気減速と株式市場の不振も中国を出る動機になっているという

 

 

ハヤシさんは東京への移住は大変だったと話す。「しかし私たちは日本が好きだ。食べ物や文化、教育、安全も」。日本で不動産を購入する多くの中国人と同じく、ハヤシさんも母国の政治について話さないようにしている。

中国以外の居住地を求める中国人は日本だけでなく、米国、カナダ、シンガポールにも流入している。一方で、香港の住民は英国に向かうことが多い。

ただ飛行機で中国から数時間の距離にある日本の都市は、裕福な中国人にとっては有力な移住先だ。円安のおかげで外国人にとっては日本の不動産価格は安く、外国人による不動産取得もそれほど難しくない。日本語の表記の一部には漢字が使われているため、来日したばかりでもなんとかなる。

ヘンリー・アンド・パートナーズが昨年6月に公表した世界の移住動向に関する報告書によると、2023年の中国人富裕層の純流出数は推計1万3500人で、中国は国別の純流出数でトップだった。

 

中国から日本へ、富裕層の脱出が加速

中国から日本へ、富裕層の脱出が加速© The Wall Street Journal 提供

日本に居住する中国人は昨年末の時点で約82万2000人に上り、前年比6万人増と近年で最大の伸びを記録した。

中国生まれで日本国籍を取得した、東京で不動産仲介業を手掛ける折原理氏は、主に中国人の不動産購入者のおかげで、売上高がコロナ前の2019年と比べて3~4倍になったと話した。

「以前と違うのは長期ビザを取りたいという人が多いことだ」と折原氏は話した。

不動産登記簿によると、ハヤシさんが住む48階建てのマンションの同じ階では、約3分の1の住居が中国系の名前を持つ個人か、代表者が中国系の名前を持つ企業の所有となっている。東京湾岸の高層マンションが林立するこの地区の人々によると、マンションの住民は大抵、4分の1かそれ以上が中国人だ。

ハヤシさんは現在住んでいるマンションを中国人の友人から勧められたという。広さが約60平方メートルで寝室が二つある。価格は、出身地の中国・深センを離れたあと短期間暮らした香港と比べて手頃だという。ハヤシさんによると、マンションの価格は既に10~15%程度上昇してもいる。

業界データによると、2023年の東京23区の新築マンション平均価格は1億1483万円と前年から約40%上昇した。市場観測筋によると、自国の市場の大幅な落ち込みを懸念している中国富裕層にとって魅力的な新築物件が大量供給されたことが、価格上昇に影響したという。

 

中国から日本へ、富裕層の脱出が加速

中国から日本へ、富裕層の脱出が加速© The Wall Street Journal 提供

 

中国から日本へ、富裕層の脱出が加速

中国から日本へ、富裕層の脱出が加速© The Wall Street Journal 提供

不動産仲介業者によると、中国人はリゾート物件の購入にも積極的だ。昨年にはスキー場に近い北海道・富良野の住宅用地の価格が28%上昇、全国で最大の上昇率を記録した。地元の仲介業者の石井秀幸氏によると、中国本土や香港、シンガポールの中国人富裕層が別荘を探しているという。

「五星紅旗(中国の国旗)を引き連れて赤い津波がやってくる」と石井氏は話した。

日本に移住してマンションや家を購入したいと考えている中国人は概して、二つの課題に直面する。日本への資金の持ち込みとビザの取得だ。

中国は住民が国外に持ち出せる金額を制限しているが、日本で不動産を購入する多くの中国人は国外で事業を展開する企業を経営していたり、国外に投資資産を保有したりしている。折原氏の顧客は大抵、香港やシンガポールに銀行口座を持ち、そこから送金できるという。

例外もあった。約3000万円の物件を購入したある顧客は友人や親族を動員し、数カ月かけて少しずつ現金を運んだという。

ビザについては、日本に事業を営むための施設が確保されており、2人以上の常勤職員がいるか、資本金または出資総額が500万円以上の事業を経営または管理する人は経営・管理ビザを取得できる。

ビジネス・技術・学術分野の高度専門職向けのビザを取得する中国人もいる。ソフトウエアエンジニアなど技術分野の高度専門職ビザを持つ中国人は2019年から2023年にかけて30%増加し、1万人を超えた。高度専門職ビザの保有者は、年収や学歴の高い人が優遇されるポイント制に基づいて、早ければ1年で日本の永住権の申請資格を得られる。

東京でビザコンサルタントをする中国出身の王云氏は顧客のほとんどが中国人で、上海や北京など大都市出身の30代後半から50代の経営者や企業幹部が多いという。

日本に住み始めると、多くの人が日本の法定記録上を含め、日本名を使う。中国名を日本語読みにする人もいれば、全く新しい名前を選ぶ人もいる。

日本名を使えば日本人とやり取りする上で便利というだけでなく、まだ家族が残る中国で注目を避けることができる。中国当局は国民が資産を国外に持ち出すことに難色を示す傾向があり、日本名の使用が助けになる可能性がある。

微博(ウェイボー)や小紅書(リトルレッドブック)、微信(ウィーチャット)などの中国で人気のソーシャルメディアプラットフォームでは、日本の不動産の購入の話が飛び交っているが、検閲も行われている。ウェイボーは政府の規則を理由に、「中国の投資家が住宅を購入するために東京に殺到している」という意味のハッシュタグによる検索をブロックしている。ただハッシュ記号なしでこの話題を検索することは可能だ。

中国にルーツを持つ東京の不動産仲介業者、水神怜良氏は中国人の不動産購入者絡みの新規ビジネスに対応するため、現在のスタッフの数を5年で今の3倍の300人に増やしたいと考えていると話した。現在、300人が働くことができる新しいオフィスビルを建設している。

 

中国から日本へ、富裕層の脱出が加速

中国から日本へ、富裕層の脱出が加速© The Wall Street Journal 提供

水神氏の顧客の一人の42歳の中国人男性は英国で教育を受け、中国と米国で飲食店事業を立ち上げた。コロナ流行後から暮らしていた中国を出ると決めたとき、日本を選んだのは米国よりビジネス環境がいいと考えたからだ。昨年、男性は米国事業の売却資金で東京の中心部にマンションを購入した。

男性は日本で食品商社を開業し、中国系米国人の妻と4歳の息子と共に日本に移住するためのビザを申請すると話した。

東京では最近のある朝、湾岸エリアのマンションを購入したハヤシさんが9歳と7歳の息子が日本語と英語をオンラインで学習するのを手伝ったり、外で遊ぶ2人を見守ったりと忙しくしていた。妻は、卒業まで中国で高校に通う15歳の娘に会うため、一時的に帰国していた。

ハヤシさんは長期間、日本で暮らすつもりだと話した。日本の魅力の一つは高水準の医療だと言い、年を取ったときに助かるだろうと考えている。昨年から日本で納税していることに言及することも忘れなかった。高度専門職ビザを持つハヤシさんは「4~5年で永住権を取得したい」と話した