これが戦争の実態! ロシアが「資源&食糧」で好景気を謳歌

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 「ロシア経済は、なぜ崩れないのですか?」――講演で、よくそう訊かれる。西側による厳しい制裁にもかかわらず、ロシア経済はしたたかに持ちこたえている。しぶとさの裏に何があるのか。 

 

 

 

IMFも追認する好景気

 実は2023年、ロシアは戦争景気に沸いた。  国際通貨基金(IMF)は毎年1月に世界経済見通しを発表し、四半期ごとにアップデートしている。  ロシアの実質国内総生産(GDP)成長率の見通しは、23年を通じて上方修正を重ねた。  具体的には、当初見通しのプラス0.3%が4月には同0.7%、7月には同1.5%へという具合に。そして10月改訂では、同2.2%成長へと見直された(図を参照)。  結果は、さらに一段上がってプラス3.6%。つまり、景気が予想以上にいいことをIMFも追認する一年だったと言える。軍需に対応するための投資と、兵士への手当て、雇用確保のための賃金上昇などがもたらす旺盛な消費が景気を過熱させた。  この趨勢は年を越えても続いている。24年の当初見通しはプラス2.6%だったが、去る4月中旬に発表された改訂版で3.2%に上書きされた。ロシア中銀はインフレーションを警戒し、政策金利を16%へ引き上げたまま据え置いている。  ちなみに、同年の実質GDP成長率見通しは、先進国全体で1.7%、ユーロ圏全体でプラス0.8%、ドイツ0.2%、英国0.5%である。欧州を中心に「支援づかれ」が指摘されるのも無理はない。

 

 

 

 

 

 

 

物には不自由しないが・・・

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 市民生活も、いたって明るく、平穏だそうだ。  いまではトルコや中東、カフカスや中央アジア経由の代替輸入ルートが定着して、有ってはならないはずの西側製品がふつうに買えるし、物価は上がったが所得も増えて、消費は旺盛のようである。  「タシケントへ来ると、気持ちが晴れるのを感じました」  それでも先日、ウズベキスタン経由で訪日したロシアの知人は、私に会うなりそう述べた。  たしかに物には不自由しない。だが明日どうなるか知れず、将来の計画も描けない生活に気持ちが塞がる、とこぼしてもいた。早くも3年目に入った戦争が、市井の人々の心を内向きにしているだろうことは想像にかたくない

 

 

 

 

借金に依存しない金融・財政ハンドリング

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 この30年間、ロシアはいくつか経済危機を経験した。その度に、外圧や外の変化に影響されないよう、経済の耐性を強化してきたように思う。  ひとつは、外貨準備とは別に、財務省が予備基金として積み立てる「国民福祉基金」がそれである。もともとは、油価が高いときに、税収の一部を下がったときのために蓄えておく「安定化基金」として2004年に創設された。健全な財政を維持するためであったことは言うまでもない。  ロシアのウクライナ侵攻に対し、西側が外貨準備(22年2月1日時点でおよそ6300億ドル)の約半分(2910億ドル)を凍結したことは想定外だったかもしれない。通貨防衛の手段を奪われて、市場はパニック状態に陥り、ルーブルはまるでつるべを落とすように急落した。  そこで開戦と同時に、中銀は政策金利を9.5%からいっきに20%へ引き上げた。 同時に、輸出産業がオフショア口座に保有するドル資金を国内に戻し、ルーブルに換えるよう強制して急場をしのぐと(つまり、外貨管理規制の大なたをふるったのだ)、その後はこの国民福祉基金(当時の流動性残高は最大でおよそ1130億ドルと推定)を取り崩して、制裁下における苦しい財政をやり繰りした。  かくして戦時国債への依存は避けられた。  現在、ロシアの公的債務残高のGDPに対する比率は15%と、持続可能な低いレベルに抑えられている。財政赤字はウクライナ侵攻が始まったのちも、おおかたの西側エコノミストの予想に反し、GDPのせいぜい2‐3%の範囲内に収まっている(参考ながら、ロシア財務省によれば、23年のそれは1.9%)。

資源大国にして食糧大国である強み

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 もうひとつは、ロシアによるクリミア併合によって始まった制裁への対抗措置に関わるもので、これには2つの側面がある。  まず、欧州連合(EU)へのいわば「逆制裁」として、ロシア政府はEUからの農産品と畜産品の輸入を禁止し、代わりに2014年末から国産農業と畜産業を振興した。  いまや、ロシアは世界有数の穀物生産国になったばかりか、2016年以降は世界第一位の小麦輸出国でもある。スーパーの食料品売り場には、新鮮な温室野菜もあれば、良質な牛肉、ワインやチーズなども豊富に並んでいる

 

 

 

 

 

 

「OPECプラス」による協調減産

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 もうひとつは、サウジアラビアを中心とする石油輸出国機構(OPEC)への接近だった。ロシアは世界第三位の原油生産国として供給国連合に仲間入りし、同じく第二位のサウジアラビアとともに協調減産をおこなって、油価の高く維持することに成功している。  実はクリミア併合後、東部ウクライナで内戦が始まった2014年秋ごろから油価が暴落した。背景に米国発の「シェール革命」がもたらした効果と、中国が「新常態」に入ったことによる需要の落ち込みがあった。油価の急落を受けて15年と16年、ロシア経済は2年連続のマイナス成長に沈んだ。  「シェール革命」は、世界最大の原油輸入国だった米国を、世界最大の原油生産国にした。つまり、グローバルなエネルギーの需給構造を一変させた。私は、これによってロシアと中東産油国の利害が価格維持という点で一致し、「OPECプラス」の創設へ向かわせた、と見ている。  16年12月、サウジアラビアをはじめ中東産油国との協議を経て、ロシアなどを加えた「OPECプラス」が発足する。そして22年2月、ロシアは世界の主要国がアフターコロナへ向かい、将来的にエネルギー需給のひっ迫が見込まれる状況下、あたかも油価上昇の波に乗るようにウクライナへ侵攻した。  ウクライナ侵攻後、油価(ブレント原油)は1バレル120ドル超でピークを打って急落する。が、同じく70ドル台で下げ止まる。侵攻が始まった22年7月に「OPECプラス」が協調減産を開始したためだった。米国の増産要求にもかかわらず、それはいまも続いている。バイデン大統領自ら、サウジアラビアを訪問したことは、いまだ記憶に新しい  西側はロシアの石油収入を減らすため、ロシア産原油の国際取引に上限価格を設ける制裁を追加した。にもかかわらず、23年のロシアの石油収入はさほどには減っていないようだし、ロシア中銀によれば、経常収支も500億ドルの黒字である(残念ながら侵攻後、ロシア政府は貿易の内訳を公表していない)。  要するに、エネルギー資源大国にして食糧大国であること。かつ、この二つの強みあればこその規律ある財政運営。それが、ロシア経済の耐性の骨格を成しているのではないか。日本人には縁遠いことだが、ロシアはいま、その耐性をいかんなく発揮しているように思う

 

 

 

 

危機管理を担うテクノクラートたち

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 ところで、金融・財政の実務を担う有能なテクノクラートたちの存在も無視できない。  2008年9月、リーマンショックが世界経済を襲った。その冬、ロシアは深刻な不況に喘いだ。油価が暴落し、ルーブル売りに歯止めがかからなかった。当時、私は某自動車メーカーのロシア現地法人の経営を任されていた。部下たちの顔から笑みが消えた。渦中のモスクワで、私は、この国の栄枯盛衰が油価次第であることを深く思い知らされた。  このとき、ロシア中銀は外貨準備を取り崩してルーブルを買い支え、財務省は「安定化基金」で財政赤字を補填した。同時に、国債への依存を抑えた。  やがて、油価の上昇とともに、ロシア経済は活力を取り戻す。中銀と財務省の経済テクノクラートによる、金融・財政両面からのマクロ経済バランスの巧みなハンドリングは見事なばかりで、IMFのエコノミストも賞賛するほどだった。  いま戦時下で、彼らは人、物、資金の配分を市場に委ねる原則を堅持しつつ、経済を守る。  危機管理とは実務なり、そう痛感する次第である。

西谷 公明(エコノミスト

 

 

 

 

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