派閥解体で「無敵の首相」になった岸田政権が「自民党補選3連敗」に沈んだ「本当の理由」
立民3連勝、自民3連敗
4月28日、注目の衆院補選が行われた。東京15区、長崎3区において自民党は「不戦敗」で、島根1区のみ財務省出身の候補者を立てたが及ばず、亀井亜紀子氏(立民)が勝った。
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ちなみに長崎3区は山田勝彦氏(立民)が勝利し、混戦の東京15区は9人が乱立する選挙となったが、酒井菜摘氏(立民)が勝利した。結果的に自民3連敗、立民3連勝となった。
自公で候補者を立てなかった長崎3区、東京15区は投票率が前回に比べて10%ポイント程度低下した。GWも影響したのか自公票は伸びず、一方で他候補は自公票を取り込めなかった。なお島根1区は投票率はほぼ前回並だったので自公が力負けしたのだろう。
長崎3区、東京15区は野党の間の争いだったが、結局立民が野党第一党の意地と組織力を見せた。 今回の補選は、少なくとも島根1区では岸田文雄政権に有権者が審判を下す機会になった。「政治とカネ」に加え、震災対策、経済政策など課題は山積している。
政治とカネをめぐる問題おいて「お公家集団」といわれた宏池会であるが、岸田首相は安倍派、二階派、茂木派を解散させたうえで麻生派を「温存」し、「大宏池会」の結成に成功した。これで党内闘争に勝利を納めたわけだが、岸田首相は他人に厳しく自分には甘いことを世間にさらしてしまった。
震災復興はなぜ遅れたか
元日に発生した能登半島地震では、ボランティアとして被災地入りを重ねているアルピニストの野口健氏は「復興の遅れ」や「東京と現地の温度差」を指摘する。
筆者は、復興の遅れについて、昨年度に復興補正予算を出さなかったからと見ている。
気象庁の震度データベースで1919年以降、震度7を記録したものを調べると、1923年9月1日関東大震災、1995年1月17日阪神淡路大震災、2004年10月23日新潟県中越地震、2011年3月11日東日本大震災、2016年4月14、16日熊本地震、2018年9月6日北海道胆振東部地震が起こっている。
その後の財政対応を見ると、1995年阪神淡路大震災のとき1兆223億円の補正予算が2月24日閣議決定、28日国会で成立。2004年新潟県中越地震では、1兆3618億円の災害対策費などの補正予算が12月20日閣議決定、2005年2月1日に国会成立となっている。
また、2011年の東日本大震災では、4兆153億円の補正予算が4月22日閣議決定、5月2日国会成立した。2016年熊本地震では、7780億円の補正予算が5月13日閣議決定、17日国会成立。2018年北海道胆振東部地震では、他の豪雨災害などとともに9356億円(地震への対応は1188億円)の補正予算が10月15日閣議決定、11月7日国会成立という前例がある。
こうした過去の前例をみると、例外なく震災発生後1ヵ月少しで災害対策費などの名目で補正予算が作られた。
しかし、今回は予備費対応だった。予備費対応は、各省で詳細な帳簿管理が必要になるなど手続きが煩瑣でまとまった政府支出に不向きだ。 財務省はどうみているのか。
4月9日、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の分科会を開き、能登半島地震の被災地の復旧・復興について、将来の需要減少や維持管理コストも念頭に置き、住民の意向を踏まえ、十分な検討が必要だとしている。
震災復興について、よりによってコスト論を持ち出したのかと、元財務官僚の筆者は呆れてしまった。被災地の多くが人口減少局面にあることも議論されたらしい。あえて極論を言えば、能登半島のような過疎地では、復興のための財政支出を無駄と財政当局は認識しているのではないかと邪推してしまいそうだ。
さすがに、財務省のこの意見は酷い。石川県の馳浩知事は、11日の記者会見で「最初から『上から目線』でものを言われているようで、大変気分が悪い」などと述べ、不快感を示した。
ちなみに、馳知事は、1月10日の年頭記者会見で、能登半島地震からの復興のため政府に「数兆円規模の補正予算の編成を1カ月以内にお願いしたい」と述べていた
日銀が「動いてはいけない」ワケ
こうした政府の「渋ちん」な姿勢は、日銀の金融政策にも間接的に影響を与えているだろう。 3月19日の金融政策決定会合で日銀はマイナス金利の解除を決めた。これは金融引き締めであり、政府の財政緊縮と表裏一体である。
インフレ目標は2%であるが、3月の利上げ直前、2月27日公表の1月のインフレ率は、いずれも前年同月比で消費者物価総合指数2.2%、生鮮食品を除く総合指数2.0%、生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数3.5%だ。この程度で、本格的なインフレとは言いがたい。
まず、インフレ目標の2%はプラスマイナス1くらいの幅がある。それに加えて、金融引締めは遅れて行う、いわゆるビハインド・ザ・カーブの運営なので、少なくとも4%くらいまでは動くべきでない。
特に、コストプッシュの場合にはインフレ率の上昇が継続的などうかを見極めるために、すぐには動かないのだ。今の日銀は、今年1月の日銀展望レポートで消費者物価指数(生鮮食品を除く)の前年比は2.4%と昨年10月の2.8%から下方修正されているので、こうした見通しからも、筋論としては動いてはいけない。
なお、アメリカのインフレ目標は、コア個人消費支出価格指数(対前年同月比)でみていが、金融引締めを開始した2022年3月のコアは5.4%。金融引締めにより、その後一時上がったがすぐにピークアウトし低下に転じて11月コアは3.2%になっている。この動きは、まさに金融引締めは遅れて行う、ビハインド・ザ・カーブだ。
なぜ、日銀とFRBに違いがあるのか。そのため、まずそれぞの経済見通しを見てみよう。 4月26日に日銀より公表された経済・物価情勢の展望では、消費者物価指数(除く生鮮食品)の対前年度比について、政策委員の見通しは、2023年度2.8%、2024年度2.8%、2025年度1.9%と、インフレ目標の範囲内といってもよく、物価高騰の問題は見えない。 また、実質GDP成長率は、それぞれ1.3%、0.8%、1.0%と1月段階より下方修正されている
6月解散で「補選の再来」が起こるか
また、3月20日のFRBより公表されたFOMCによる経済見通しでは、インフレ率(個人消費支出デフレータ)について、2024年2.4%、2025年2.2%。実質GDP成長率では、それぞれ2.1%、2.0%。さらに、日銀にはない失業率見通しもあり、それぞれ4.0%、4.1%となっている。失業率が下がらないのは失業率がほぼ下限近くになっているからだろう。 日銀もFRBもともにインフレ目標は2%である。インフレ率の見通しでは、両国に大きな差があるとは言えない。
しかし、日銀は3月に利上げをしたが、さらに植田総裁は追加利上げの意向を隠さない。一方、FRBは、年内に3回利下げするとの見通しを明らかにしている。
日銀とFRBの一番大きな相違点は、経済見通しにも表れているが、雇用つまり失業率を考慮するかしないかだ。2023年2月13日付けの現代ビジネス〈岸田政権のサプライズ「植田総裁」人事で、これから起こることを予言しよう
《高橋洋一の視点》〉で指摘してきたが、植田総裁は雇用より金融機関経営を優先する。そのため、ビハインド・ザ・カーブを無視して利上げに前のめりになる。
日銀の主たる目的は、日銀法においては「物価の安定」である。これは日銀法2条に規定されている。物価の安定が二重の責務(物価・雇用の安定)から雇用の確保につながるのはFRBを含む世界の中央銀行では常識だ。つまりFRBなどの先進国中央銀行固有の目的といえば二重の責務となる。
しかし、日銀は雇用について、明示的に言及しない。それが経済見通しにもでている。FRBは法的根拠なしでも歴史的に二重の責務を負っている。日銀も二重の責務のために経済見通しで失業率を加えるべきだ。 冒頭に述べた通り、岸田政権は補選3連敗だ。なおも有力派閥解散した自民党内で「岸田降ろし」の兆候はまだない。それどころか、6月解散のために、自民党で夏の活動費の支給を前倒しするという観測も出ている。 そうなった場合、島根1区の再来が起きるかもしれない。保守王国で、財務省候補で島根1区が負けたのは、政策論的には、震災対策と経済が無関係ではないだろう。
髙橋 洋一(経済学者