多発する大震災が日本を「世界一の長寿企業国」にした─英紙が能登半島地震を考察

クーリエ・ジャポン

1万5000人以上が避難生活を送る能登半島の被災地では、断水や停電が続く地域もある Photo by James Matsumoto/SOPA Images/LightRocket via Getty Images

 

 

 

 

日本は創業100年を超える長寿企業が、世界一多いことで知られる。

 

 

少しでも長く自社を存続させようとする日本企業の経営方針は、

災害が多い自然環境が関係していると英経済紙は分析。

 

その長期思考は強みである一方、

企業を翻弄するものでもあったと指摘する。

 

 

 

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能登半島の北岸の街、

輪島では海産物と野菜の朝市が過去千年以上、

ほぼ途切れることなく続いていた。 

 

それはたくましい商魂のシンボルであり、この地域の重要な財産だった。

だがいま、輪島の朝市通りには瓦礫が広がる。

2024年の元旦に巨大地震と津波に襲われ、さらに火災まで発生したからだ。

 能登半島で起こったこの震災は、

 

日本と国内企業(そのうち創業100年以上の企業は3万社を超える)が、

 

現在の姿になった経緯を国内外に示したと言える。

 

両者が今後どのような方向に進むかは、投資家にとっても重要だ。

「存続」が日本企業の最重要課題

環太平洋火山帯の真上に住む人たちが自然の暴力によって受けた爪痕は、

能登半島の至るところに残る。

崩落した山の斜面、

倒壊した家屋、

ねじれたリボンのような道路、

横倒しになった7階建てのビル

──スマホのカメラで撮影されたこうした光景は、私たちにこんな疑問を突き付ける。 静かで穏やかだった日常が突然、致命的なまでに破壊されたとき、何をすべきなのか? 

 

日常が戻ってからかなりの時間が経過しても、

日本人がこの問いを忘れることはない。

能登を襲ったような大地震は、この国で頻繁に発生する。

 

そのたびに日本は苦い経験に向き合い、

防潮堤の建設や、

建築基準、

避難計画、

非常時のシステムの見直し

といった備えを厳格に積み上げ、

自国を強靭にしてきた。

 

だが一方でそれは、「犠牲」をともなうことでもあった。 

 

自然災害は一瞬にしてすべてを奪うという気づきが、

日本人の生存本能のさまざまな側面を磨いたと言える。

 

とくに際立つのは、日本企業が生き残るための手段として進化したことだ。

 

企業はその規模にかかわらず、利益を上げるために存在するが、

不安定な世界においては「永続性」を示す可視化された社会単位でもあるからだ。

 

 他国に比べ、日本に100年企業が圧倒的に多いのは、ここに理由がある。

是が非でも企業を長く存続させることこそ、日本企業の目的であり、最重要課題なのだ

 

 

迷走する「生き残り戦略」

ここ数十年、日本企業の意思決定の礎となってきたのは「生存本能」であり、それはとくに上場企業に顕著だった。

こうした方針は、かつてないほど大きな声で株主優先を求める「もの言う投資家」たちの神経を逆なでしてきた。

 

 戦後の日本企業は、強欲な大企業から自社を守るため、

株式持ち合いのネットワークを構築した。

 

1970~80年代に入ると、

生き残りの有効な戦略は、自社を可能な限り早く、大きく成長させることになった。

 

 

 90年代にバブル経済が崩壊すると、

日本企業は長きにわたり内部留保の蓄積に励む。自社内で資産を積み上げ銀行への依存度を下げることで、業績が回復すると信じていたのだ。

企業の存続を脅かすリスクには些細なことでも対処したが、

それは往々にして株主を軽視する方法でおこなわれた。

 

 だが日本企業はいま、あらたな局面を迎えている。

 

Leo Lewis

 

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