和製ソロス”浅井將雄氏が徹底解説、日銀「マイナス金利解除」のタイミング

JBpress

ドバイのホテルで筆者のインタビューに応じる浅井將雄氏(筆者撮影)

 

 

 

 (国際ジャーナリスト・木村正人) 

 [ドバイ発]

 

アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれている

 

国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)で

 

世界最大級の債券ヘッジファンド「キャプラ・インベストメント・マネジメント」(ロンドン)共同創業者でESG投資にも詳しい

 

浅井將雄氏に

 

日本の気候変動政策、

植田日銀の金融政策正常化や米国の長期金利について

インタビューした。 

 

 

 

【写真】ピカチュウもガックリ? 11月3日、ドバイのCOP28会場での「化石賞」の授賞イベントが開催され、岸田首相演説が受賞した 

 

 

 

 

■ 日本の自動車産業、ガラパゴス化のリスク 

 ――岸田文雄首相がCOP28で表明した気候変動政策についてどう思うか。  

 

 

浅井將雄氏(以下、浅井) 

国家首脳として、

暫定参加者数が史上最高の10万人超に達した

COP28という国際舞台を利用しない手はない。

 

岸田首相は2030年度に

温室効果ガスを13年度比で46%削減、

さらに50%の高みに向け挑戦するという野心的な目標を掲げている。  

 

 

しかし世界的に環境対策の2つの大きなファクターになっている

 

自動車と

電力に

対するアプローチに野心がないのが残念だ。 

 

 

 

 トヨタ自動車はハイブリッド車を作ってきた素晴らしい技術がある。

日本に不利なようにルールが変更されたという声もあるが、

一方でハイブリッドもある、水素もあると言って電気自動車に直行しなかったのも事実だ。  

 

 

日本の産業界で

東証一部の株式時価総額の1割が自動車関連で、

従業員に占める割合も約1割だ。 

 

 

 日本政府も35年には新車販売の100%を電気自動車にする目標を掲げるが、

この競争で世界に置いていかれると日本の自動車産業をガラパゴス化させるリスクがある。

 

 

中国の電気自動車メーカーは100社を超え、

もの凄い競争が起きている。  

 

 

ディーゼルに力を入れてきたドイツも電気自動車の遅れを取り戻そうとしている。

 

 

米国ではGMもテスラに後塵を拝している。  

30年までに46%削減という目標を達成するための大きな課題の一つが自動車で、

政策イニシアチブをどのように持っていくか抜本的な意思決定が必要だ

 

 

 

 

 

 

■ 狭い国土に電力会社は10社も必要なのか 

 もう一つが電力。

日本の電源構成に占める化石燃料の割合は7割を超える。

福島原発事故もあって原子力に舵を切れない事情もあって周回遅れを起こそうとしている。  

 

化石燃料と

水素やアンモニアの混焼で

ゲームを変えようとしているが、

インパクトは感じられない。

 

電力政策、エネルギー政策の思考欠如が甚だしい。  

 

 

狭い国土に

北海道電力、

東北電力、

東京電力、

中部電力、

北陸電力、

関西電力、

中国電力、

四国電力、

九州電力、

沖縄電力と10社もある。

 

世界に目を向ければ激しい競争が起き、淘汰されている。  

 

 

世界の環境団体でつくる

「気候行動ネットワーク」は5日、

対策に後ろ向きな国に贈る「今日の化石賞」に日本を選んだ。

 

脱炭素に逆行するとして批判が強い石炭火力発電を温存する姿勢を理由に挙げた。

 

 

 

COP28での日本の不名誉な受賞は、

岸田文雄首相の演説内容が対象になった3日に続き2度目の受賞となった。

  (参考記事)「2050年までに原発容量3倍」宣言に参加の日本、

脱石炭には後ろ向き  

日本は産業政策上、巨大な電力会社をいくつも抱えていて淘汰もさせていない。

そこに利権があるのか、規制があるのか。

そういうものがなければ絶対に変わっているはずだ。  

 

もちろん雇用を支え、産業を支えてきたという事実を否定するつもりはない。

しかし日本では原発事故を起こしても潰れない、巨大な電力会社が変わらないのは不自然と言わざるを得ない。  

 

 

世界初の政府による

「クライメート・トランジション・ボンド」に20兆円。

 

今後10年で脱炭素に向け官民合わせ150兆円超。

 

運用資産額90兆円の日本の公的年金基金7団体が

「責任投資原則(PRI)」に署名して

ESG(環境・社会・ガバナンス)投資を拡大する。

 

 

  環境対策の額面の大きさは評価できるが、

本丸の闘いは自動車と電力だ。

 

そこへの抜本的なイニシアチブは見られない

 

 

 

 

■ マイナス金利解除、日銀は後戻りすることだけは絶対に避けたい  

――植田日銀は長短金利操作(イールドカーブコントロール、YCC)の柔軟化を進め、来年の賃上げ状況を見てマイナス金利の解除も視野に入れている。

 

 

 

  浅井 

昨年来、消費者物価指数(CPI)が3%を優に超える状況になってきた。

昨年後半から黒田東彦総裁(当時)の下、

YCCの柔軟化を開始した。

引き続き緩和を進める上で国債市場の機能を回復させるため22年12月、

長期金利の変動幅の上限を従来の25ベーシスから50ベーシスに拡大した。

植田和男新総裁になって変動幅は1%に広げられた。  

 

これによりYCCは大幅に柔軟化された。

しかしYCCの枠組みは残っており、

日銀は月間7兆円を超える国債購入を続けている。

10月の日銀展望レポートでCPIが今年、来年と2年連続で2%を大きく上回る見通しが示された。

 

早ければこの12月にもYCCの完全撤廃並びにマイナス金利をゼロに戻すことができる状況に来た。  

 

 

植田総裁は20年以上前の日銀審議委員時代、

ゼロ金利を解除する時、

反対票を投じた経験がある。

 

日銀としてはマイナス金利から脱却する時にもう後戻りしなくてもいいような状況に持っていきたい。

 

CPIが安定して

2%を超える状況を確認したい意識は日銀全体にある。

 

そういう状況から日銀は

来年の春闘で

大企業や中小企業の賃上げを確認するかもしれない。  

 

遅くても来年4月には、

日銀が安心できる5%の賃上げが実現してくれば

 

物価と賃金の上昇という好循環になったと判断し、

YCC撤廃、

マイナス金利からの脱却は十分視野に入る。  

 

 

黒田緩和の最終局面の変更を目前とし、

日銀は急ぎ足で準備を始めている。

 

一つは

日銀の大幅な緩和に対する多角的レビューだ。

緩和は経済の底支えになった部分もあり、副作用もある。  

 

国債、

株式、

REIT(不動産投資信託)購入による

600兆円を超えるバランスシートをどういう形で維持するのか。  

 

 

米連邦準備理事会(FRB)は

利上げとともに資産売却を始め、

バランスシートを減らしている。

 

日銀はバランスシートを減らしていった場合、

景気の腰折れが起きるかどうか、議論する必要がある。  

マイナス金利の弊害から日本の金融機関を解放するため、

日銀の当座預金の階層構造をゼロ金利に戻す時にどう修正していくかという青写真もまだ議論されていない

 

 

 

 

 1年に50兆円ぐらい国債の満期が来るので

バランスシートを減らしたくなければ

月にして4兆円から6兆円ぐらい買っていかなければならない。  

 

バランスシートと日銀当座預金の階層構造への対応を考えながら、

日銀は早ければ12月、

遅くても来年4月の間に、

海外景気の変動がなければ新しい枠組みの中でYCCの撤廃、

マイナス金利の解除を実施していくことが強く予測される。  

 

 

 

 

――国債市場の展望はどうですか。

  浅井 10年債金利が0.1%だと買う人はいないが、

1%だったら十分な買い手が出てくる。

 

24年は本邦機関投資家が、

日本の国債投資に大きくシフトすることが可能になる。

 

  緩和化で大きくフラット化していたイールドカーブが

スティープ化し、

彼らの投資対象になってきた。

 

都銀や地銀、生保といった国債の買い手が戻ってくれば

国債の買い切りを今のようなペースでしなくてもイールドカーブは安定する。 

 

 

 

 

 

■ 来年は円安の修正圧力が

  ――日米金利差が縮まって、円高になるか。

 

  浅井 日本の金利が大幅に上昇するというのはなかなか見込み難い。

 

一方、

FRBは来年の5月から7月にかけて5.25~5.5%の政策金利を下げてくる

という思惑が出てきている。  

 

米国は先進国の中で成長率が一番高く、

雇用も強かった。

 

しかし雇用がやや軟化し、

CPIが来年には2.5%に下がってくる。

 

 

市場は来年3回から4回にわたり計1%の利下げを見込んでいる。

 

  これまで米国の金利が上がったことによって

金利差に注目してドル円が150円を超える相場になってきた。

 

日本の金利が上がるからというより、

これから米国が大幅に金利を下げる可能性があり、ドル円の相場にも大きな影響を与える。

 

 ただ米国に対して日本の金融緩和度が大きく変わるわけではなく、

潜在的な円安プレッシャーは以前より強く残存している。

 

 

  キャピタルフライト(資本逃避)のリスクも含め、

ドル円の今のレベルを大きく円安に向かわせるような経済的な要件、

少子高齢化とか

日本の国際競争力の低下とか

金利差以外の要素も見逃せない。

 

 

特に日本国債の格下げに要注意だ。

一方的に円高に戻っていくほど円の強さが期待されているわけではない。 

 

 

 しかしながら、

FRBが金利を下げていけば、

複数の主要通貨に対する米ドルの為替レートを指数化したドル指数は

下がってくる可能性が高く、

 

いったんは150円を上回った円安の修正圧力が

来年は高くなるのは間違いない。

 

 

 

 

 ■ 米国の金融引き締め、ソフトランディングも視野に 

 ――米国の長期金利が一時5%に急騰した。  

 

浅井 米民主党政権の巨大な財政を支えるため、四半期ごとに、発行される長期債の総額が大幅な増額となり、イールドカーブに負担がかかった。発行増による重しが長期金利の上昇につながった。  

 

ウクライナ戦争に加えてイスラエル・ハマス戦争が起き、財政支援を背景に国債の発行のペースが上がっている。

米国の長期金利が5%に上がり

、金融引き締め効果が高まり、一時的にFRBはハッピーだったと思う。  

 

FRBは「高く、長く」というメッセージを周知徹底させていたかった。

FRBはこの2年間非常に上手く操縦してきた。

通常、急激な利上げを行うと経済も失速してハードランディングになる恐れがある。  一方で非常に早いペースで利上げをしたことでインフレは急低下して2%台も視野に入ってきた。

 

さらに直近第3四半期の国内総生産(GDP)が5%台という非常に高い成長も実現した。

 

ソフトランディングの実現が視野に入っている。

  米経済は世界成長の牽引役だ。

「マグニフィセント・セブン」と呼ばれる

マイクロソフト、

アップル、

アルファベット、

アマゾン、

エヌビディア、

テスラ、

メタの7社が

米国の株価を押し上げている。

 

 

 

  彼らが起こしている産業革命が世界全体を席巻している。

新たな産業革命が起きている中でさらに新たな革命を起こしているのが人工知能(AI)だ

 

 

 

 

■ 今の中国経済は90年代の日本と同じ症状 

 ――不動産バブルが崩壊した中国経済をどうみるか。

 

  浅井 不動産バブルの崩壊でバランスシート不況が来ているのは間違いない。

その一方で電気自動車では中国が覇者になろうとしている。

米国と同じ競争力を持って覇権を握れる大国は中国だ。

 

  中国は自国に大きな消費市場を抱え、そこにモノを供給しさえすれば、ある程度の生産と消費が期待できる。

 

それはGDPを増やしていく上で最大の強みだ。

 

 

  中国は病巣を抱えた1990年代の日本と同じだ。

高度経済成長で世界を席巻して

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛されたものの

バランスシート不況という大きな問題を抱えた。

 

 

中国も明らかに分かる糖尿病を抱えている。

 

しかし糖尿病の進行は遅い。

 

中国の場合、消費の伸びで治してしまう可能性もある。

 

  ロシアから天然ガスが入ってくることで

中国は恩恵を受けたが、

それを使ってモノを売る先の米欧が買ってくれないので悩ましい。

 

燃料を安く仕入れるのも大切だが、売る方がもっと大事だ。

 

 

  しかし人口の多さはGDPに影響するので

最終的に米国を抜く日は必ずやって来る。

ただ30年にもと言われていたのが、遅れるだけだ。

 

 

 

 

  【浅井將雄(あさい・まさお)】 

旧UFJ銀行出身。

2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て

 

04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、

同僚の米国人ヤン・フー氏らとともに独立。

 

05年10月から

「キャプラ・インベストメント・マネジメント」を立ち上げ、

債券リラティブバリューの運用を始める。

 

マクロファンドやテールリスクファンドの運用部門を拡充、

ニューヨーク、

東京、

香港、

シンガポールにも運用拠点を置く。

 

大阪大学大学院国際公共学科ESGインテグレーション研究教育センター招聘教授。

 

 

  【木村正人(きむら まさと)】 

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。

憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。

産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、

事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。

 

2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。

著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争 「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。

木村 正人