一大報復を窺うイスラエル、ハマスの黒幕
イランを直接攻撃する最悪シナリオも
ハマス奇襲で中東情勢緊迫化、ガザ境界へ向かうイスラエル軍(写真:AP/アフロ)
■ イスラエルの宿敵・イランも戦争介入の構え
10月7日に勃発したイスラム武装組織ハマスによるイスラエルへの奇襲的な大規模攻撃は、全世界を震撼させた。数千発のロケット弾の斉射や戦闘員多数によるイスラエル領内への侵入で、多数の一般市民が犠牲になり、100人以上がハマスの人質になった。
報復を叫ぶイスラエル国防軍(IDF)は、大規模空爆を展開。現役兵力十数万名と世界最強クラスのメルカバ戦車数千台で、ハマスの根城であるガザ地区を包囲。予備役37万名も召集し、地上部隊による大規模侵攻に転じるのは必至の情勢だ(10月16日現在)。 双方の死者は同日現在で4000人を突破。イスラエルにとっても建国以来最悪の戦闘犠牲者数を記録した。 このため一部の軍事専門家は、「イスラエルは地上軍の大規模侵攻に続き、ハマスの“黒幕”と見なすイランへの大規模攻撃に打って出るかも知れない」との見方も出始めている。 両国は直接国境を接しておらず、イラクやシリア、ヨルダンを間に置きながら約1000kmの距離で何十年もいがみ合う。 イランのイスラム政権は、イスラム教徒が大半のパレスチナ人を同胞と見なし、彼らを迫害するイスラエルや、同国を支援する欧米を不倶戴天の敵とみなしている。 これらを背景に、ハマスやイスラエルの北隣にあるレバノンやシリアを本拠とする別のイスラム武装組織「ヒズボラ」(神の党)を、イランは物心両面で援助。両組織はイスラエルに対してテロ・ゲリラ活動を繰り返している。 今回のハマスの奇襲作戦でも、「黒幕はイラン」とイスラエルは盛んに非難し、イランも「ガザへの攻撃が続けば軍事介入せざるを得ない」と牽制する。 ただし「今回のハマス攻撃は、裏を返せば『イラン本土を攻撃しても国連憲章51条で認められる正当な自衛権行使だ』と、イスラエルが口実にする可能性がある。そして宿敵・イランが進める最大の脅威、核兵器開発の芽を一掃する千載一遇のチャンスと捉え、イランへの直接攻撃に踏み切ってもおかしくはない」と深読みする向きもある
■ イスラム諸国と軍事衝突を繰り返してきたイスラエル イスラエルは1948年の建国以来、敵視するイスラム諸国に包囲され、軍事衝突を繰り返してきた歴史を持つ。このため「やられる前にやる」という先制的自衛や、報復の“倍返し”的発想は国是と言ってもいいだろう。 特にイスラム諸国の核開発には敏感で、これを潰すためにアクロバット的な軍事作戦を次々に繰り出し、成功させているのも事実である。 1981年6月にイスラエルは、アラブ急進派諸国の盟主を自負し「イスラエル打倒」を叫ぶイラクが自国で建設中のオシラク原子力発電所を、F-16戦闘攻撃機で空爆し破壊。これは「オペラ(バビロン)作戦」と呼ばれ、イスラエル空軍はヨルダン、サウジアラビアを“領空侵犯”しつつ、900km先のオシラク原発を目指すという長駆作戦だ。 また、2007年9月にはイスラエルと何度も戦火を交えるシリアが自国内に秘密裏に建設した核関連施設(イスラエル北東約470kmのデリソール)を、やはりイスラエルはF-16を使って爆撃・破壊した(オーチャード作戦)。 イランに対しても例外ではなく、イスラエルは執拗に攻撃を繰り返す。 イランの首都テヘランの南約240km、同国のほぼ真ん中のナタンズで建設中のウラン濃縮施設(ウラン235度の濃度を遠心分離機で核兵器に使える90%以上に高める)が、実に3度も破壊されている。これに対しイスラエルはいずれもノーコメントを貫くが、「イスラエルが関与」という見方が今や国際的通説となっている。 最初は2010年で、サイバー攻撃で遠心分離機を暴走させて破壊。2020年7月には最終組み立て段階の遠心分離機施設が、謎の爆発で大破。翌2021年4月には、土台に仕込まれたプラスチック爆弾が大爆発し、同施設が瓦礫と化している。 これらはイスラエルのモサドなど諜報部隊・特殊部隊の仕業と見るのが自然だろう
■ イラン核関連施設攻撃の主軸を担う「F-16戦闘機」 仮にイスラエルがイラン攻撃を決意した場合、攻撃目標として真っ先に選ぶのは核関連施設と見て間違いないだろう。 具体的には、北からフォルトゥ(テヘラン南数十km、ウラン濃縮施設)、アラク(同南西百数十km、重水炉施設)、ナタンズ(同南約250km)、イスファハン(同約320km、ウラン転換施設/精製練したウランを遠心分離機で処理しやすい六フッ化ウランに転換)、ブシェール(原発)などが有力候補で、なぜかこれら全部がテヘラン~ブシェール(南部ペルシャ湾)間約750kmの南北のほぼ直線上に点在する。 しかもこの核施設群はイスラエルから1500km前後の距離にある点も注目だろう。 イスラエルが使用する陸海空の兵器は、「ジェリコ(エリコ)弾道ミサイル」、「F-16戦闘機」、「『ドルフィン』級潜水艦」の3種類が想定される。 ジェリコは国産で「2型」と「3型」があり、前者は射程距離1300~1800kmの準中距離弾道ミサイル、後者は同4000~7000kmの長距離弾道ミサイルである。 同国が秘密裏に核兵器を数百発保有しているという“事実”は、いわば国際的常識で、これらミサイルも核弾頭の搭載を主目的に開発したと考えられる。どちらも射程は十分だが、核弾頭を搭載し目標を攻撃するならまだしも、通常弾頭では威力も限られ、ピンポイント攻撃にもあまり向かない。 このため、軍事専門家は「ターゲットが広大な空軍基地の滑走路攻撃などに用いられるかもしれない。少なくとも『今度は核弾頭をお見舞いするぞ』とのメッセージをイラン指導部に送る効果が期待できる」と推察する。 核関連施設攻撃の主軸は、F-16が担うと思われる。同機はイスラエル空軍の主軸で現在約200機を保有(空軍全体で約350機の戦闘機、戦闘攻撃機を擁する)。搭載するレーダー、電子・通信機器、ソフトなどを頻繁にバージョンアップし、世界で数多く使われている同機の中でも、製造国アメリカの空軍が配備する機体に比肩するほどの高性能を誇る。 またイスラエル空軍の実戦経験は世界屈指で、世界最強のアメリカ空軍と同等かそれ以上の技量だとも目される。 想定される作戦方法としては、「まず“露払い”として制空戦に優れるF-15戦闘機や、ステルス性能を持つF-35A戦闘機がF-16の編隊をサポートすると思われる。 同時に、強力な妨害電波で相手側レーダーを攪乱する電子戦機も随伴させ、核関連施設の中でも特に重要な、フォルトゥ、ナタンズの両ウラン濃縮施設の破壊にターゲットを絞る、というシナリオが有力だろう」と事情通は話す。 F-16の戦闘行動距離(往復と現地で一定程度滞空することを勘案した数値)は約1600kmで、核施設群までの距離(1500km前後)の空爆作戦は、普通ならば何とか達成できそうだ。 だが、レーダー網に引っ掛からないようになるべく低空を飛行する形になるため、空気の密度が濃く、空気抵抗も強くなるため燃費も悪くなる。このため翼下に追加の燃料タンク(増槽)をつけて飛行距離を延ばすと考えられる。 使用する爆弾・ミサイルは、GPSを駆使した精密誘導爆弾か、または国産の空対地ミサイル(射程80km弱)、あるいは目標のはるか後方から発射できる同ミサイルの巡航ミサイル・バージョン(同約320km)を使用するのではなかろうか
■ ウクライナ侵攻で手いっぱいのロシアは静観か 気になるのが、イランまでの飛行ルートだ。シリアやイラク、ヨルダンなどの領空侵犯が必須となり、これら国々の防空システムにキャッチされる恐れもある。 だがシリアは長引く内戦で、同国空軍も再建途上にあり、航空戦力やレーダーの能力はイスラエル空軍の敵ではないと見られる。しかも今回のハマス攻撃に際し、イスラエルは早々にシリアの首都ダマスカスとアレッポの両国際空港をミサイル攻撃で封じている。 表向きは、同国に展開するヒズボラの庇者・イランが、軍事物資の空輸で愛用する両空港を破壊し、補給ルートを絶つこと。そしてイランの大兵力派兵を難しくすることが目的と見られている。だが一方で、前述のイラン空爆作戦の地ならしではないかとの説もある。 また同国北西部、地中海に面したフメイムミ空軍基地には、ロシア空軍(航空宇宙軍)の戦闘機部隊が常駐しているので気になるが、ロシアの盟友・シリアのアサド政権が戦う内戦を軍事面でサポートしている真っ最中だ。 「ウクライナ侵略戦争で手いっぱいのロシアにとって、戦線拡大は絶対に避けたいはずで、その余裕もない。イスラエル空軍の動きをキャッチしても、実際は静観するしかないだろう。今回のシリア領内の2空港への先制攻撃も、『仮に事を構えるのなら容赦なくロシア空軍基地も狙う』とのメッセージも込められているのでは」との見方もある。 同様に、ヨルダンやイラクの防空能力もそれほど高くはないと思われる。特にヨルダンはアラブ国家ながら、イスラエルとはかなり昔に国交を結び合った間柄だ。 しかもイランが国教とするイスラム教シーア派と対立するスンニ派のお国柄で、権力を握る王族は伝統的に穏健派・親欧米でもある。このため、必然的にイランの核兵器開発が頓挫したほうが安全保障上もメリットが大きく、領空侵犯を黙認しようとの計算が働いてもおかしくはないだろう。
■ 長距離ミサイル発射可能の潜水艦がインド洋に出動か 最後の「ドルフィン」級は、ドイツで建造されたディーゼル・エンジン搭載の通常型潜水艦で、現在5隻が就役しており間もなく6隻目が実戦配備される予定である。 注目は直径650mmという大型魚雷発射管を4基も備える点だ。潜水艦の魚雷発射管は「533mm」が一般的で、「650mm」はロシア潜水艦の一部が採用する以外、ほとんど見かけない。 このため前述の国産空対地ミサイルの「潜水艦発射型巡航ミサイル」バージョン(射程1500km以上)を、各艦が4発ずつ搭載すると推測されている。もちろん同ミサイルも核弾頭の搭載が主たる目的と見られている。 「ドルフィン」級は、地中海側と紅海(アカバ湾)側に2~3隻ずつ分散配置されていると想定され、前者はシリア沖、また後者は紅海を一路南下しインド洋に出て、さらにホルムズ海峡手前のアラビア海まで進出。この地点からなら核関連施設は十分射程内に収められる。 あるいはF-16の作戦を援護するためや、イランが空路で軍隊をシリアなどに派遣するのを妨害するために、レーダー施設や空軍基地の攻撃を受け持つ可能性も少なくないだろう。 このほかにも、ウクライナ戦で活躍するドローンの積極使用や、同国が得意なサイバー戦、伝統的なスパイ、特殊部隊による破壊工作などを織り交ぜながら、イランの核兵器開発に大きなダメージを与える作戦を実行に移すことを考えている可能性は否定できない。 「ハマスvsイスラエル」の第二幕は、果たしてどう進むのだろうか。
深川 孝行