米国で急増する“専業主夫”「仕事を辞めて子供と過ごす日々にまったく後悔はありません」
日本では父親が育児休業を取得しやすいように制度が整備され、育児をする男性が徐々に増えている。一方、米国では有給の育休制度はないものの、家に留まって育児に専念する親のうち、18%を男性が占めるようになっている。その背景には何があるのか、米誌「フォーチュン」が探った。
米国で育児に専念する男性が増えている
カート・ウィルが生まれたばかりの我が子の世話をするためにキャリアを中断したのは、42歳のときだった。
当時、彼は米経済メディア企業のダウ・ジョーンズで有期の契約社員として働き、往復4時間近くかけて通勤していた。しかし、彼の給料はベビーシッターを雇う費用と同じ程度だった。
一方、妻は米メディア大手のタイム・ワーナーで社内弁護士として働いており、「より良いキャリアを築ける見込み」があった。だから、彼が家に留まり、娘と、その2年後に生まれた息子を育てるというのは「とても容易な決断」だったと語る。
いま、子供の運転手、子守、掃除人、専属料理人など、歴史的に母親が担ってきた無給の役割を引き受ける父親が増えている。彼もその一人だ。
米シンクタンクのピュー・リサーチ・センターによる最新の調査によると、米国では家で育児に専念する親の18%が父親だ。
しかし、約20年前にウィルがその役割を担うと決めた頃、家に留まる父親はほとんどいなかった。2000年前後、その割合はわずか5%程度だったが、その数はこの20年間で急増した。
「子供の遊び場で以前より多くの父親を一日中見かけるようになりました」とウィルは指摘する。
デイブ・マーレイ・ジョーンズも、新しい時代の専業主夫だ。彼は3人目の子供ペギーの世話をするために広告営業の仕事を休職した。妻のメグは「ポストパートゥム(産後)・プラン」という事業を経営している。
「子供たちとの関係を深められるのは本当に素晴らしいことです。学校での仕事や地域社会に積極的に関われるのも良いです。何か問題があれば、学校からメグだけでなく私にも電話がかかってきますし、クラスで連絡を取り合うためのグループチャットにも入っています」
3人目の子供が生まれた後、半年間仕事を休んだデイブ・マーレイ・ジョーンズとその子供たち
なぜ専業主夫が急に増えたのか?
ピュー・リサーチ・センターの調査によると、かつて米国では育児のために家にいる父親の割合は景気後退によって増加する傾向にあった。2008年の金融危機時にはその割合が急増したが、経済回復にともなって徐々に減少していった。
英国でもパンデミックの間に専業主夫の数が3分の1増加したという調査結果がある。当時、世界各地で多くの男性が自宅から働きながら子供の世話をしなければならないという事態に初めて追い込まれた。
一方、いまの専業主夫は上の世代とは異なり、子供の面倒を見る理由は不況で職を失ったり、病気になったりしたことだけではない。調査によると、基本的に彼らは稼ぎ手になるよりも、子育てをすることを積極的に選んでいるのだ。
なぜ彼らは突然心変わりしたのだろうか。フォーチュン誌は複数の当事者に取材したが、彼らは、男性に対する期待の変化が背景にあると答えている。父親としての側面を受け入れる男性が増えた裏には、彼らが一家を支える長であろうとも、不健康に感情を押さえつけようともしなくなっているのが大きいようだ。
「子供たちと過ごせる重要な朝の時間や就寝の時間を逃すべきではないと男性たちは気づきはじめています」とマレー・ジョーンズは言う。
さらに、専業主夫になることが経済的に理にかなっていることも多い。
より多くの女性が素晴らしいキャリアを築き、配偶者を上回る収入を得ることが増えている。収入がより少ないほうが仕事を離れ、子供の世話をしようとすると、以前より多くの男性が仕事を辞めることになる。
企業幹部から専業主夫になったフランク・ハーモンは言う。「当時、妻のミーガンは米国最大の家族法律事務所のシニア・パートナーで、彼女は同事務所のマネージング・パートナーになりたいと考えていました」
「私が主に子供の世話をするのがベストだというのは、すぐにはっきりしました。そうすれば妻が自分のキャリアや仕事上の目標を追求し続けられるからです。私たちは以前から2人で家族の舵取りをしています。その役割に適しているほうが、その責任を担うべきです」
ウィルも同様のことを述べる。「成功するエグゼクティブの背後には、家庭の面倒をみる時間と資質のある配偶者がいると言っても過言ではありません」
育児に専念するデメリットはわずか
専業主婦と同様、仕事を辞めて育児に専念することのマイナスは、孤立しかねないことだ。ウィルはこう警告する。
「社交的で知的な会話が好きな人も、一日中乳幼児と一緒にいることを強いられます。特に子供たちが小さいうちは、毎日のルーティンにうんざりするものです」
育児に専念する父親はまだ比較的珍しいため、同じような考えを持つ大人を見つけるのも容易ではない。
ハーモンは特に冬が辛いと指摘する。「夏であれば、簡単にゴルフやセーリングを一緒にする仲間、ランチの相手を見つけられます」。しかし、天候が悪くてゴルフどころではない寒い時期は、長く孤独に感じるそうだ。
また、キャリアを諦めること自体も明らかにマイナスだ。そのためにいつまでも育児だけに専念するのではなく、副業としてギグワーカーになる父親も、一定期間だけ仕事を休んで育児をする父親もいる。
しかし、フォーチュンが取材した父親たち全員が、小さな子供との絆を築けることは、このようなデメリットを大きく上回ると答えた。2004年に金融の仕事を離れ、育児に従事したジャン・ルイ・サファリはこう語る。
「専業主夫になることの利点は想像以上でした。家に長くいたおかげで子供たちとの距離をこれまで以上に縮められ、一人一人についてとてもよく理解できました。また、私自身についても学べたのです」
確かに、父親が育児をするのは子供たちにだけでなく、互いに有益なのは明らかだ。
ウィルは一日中オフィスで過ごすよりも、子供たちと家、公園、遊び場、通学路で過ごす時間がいかに素晴らしいかを語る。また、自分の趣味を追求したり、家族の不動産を管理したりする時間も取れたそうだ。
「専業主夫になったことで、トレーニングや理学療法、カイロプラクティックの予約のスケジュールを容易に立てられました。もしフルタイムで外で働いていたら難しかったでしょう」
一方、新しく生まれた子供の世話のために6ヵ月間休職したマレー・ジョーンズは、それが夫婦関係のプラスにもなったという。
「子供たちのためだけでなく、私たちの関係にとっても良いことでした。妻をサポートし、子供たちとの絆を深めるためにこれだけ仕事を休めて幸運です。パートナーがこのような時間を取るのを当たり前にすべきだと思います」
実際、フォーチュンが話を聞いた専業主婦の父親で、メール送信ではなくオムツ交換を仕事にしたことを後悔している人は一人もいなかった。
育児に手がかからなくなったときの決断
やがて子供たちは成長し、学校に通うようになるため、フルタイムで家にいる必要性は時間とともに減る。しかし、子育てのために仕事を離れ、再びキャリアを確立するハードルはとても高い。少なくても母親には壁となっている。
一方、フォーチュンが取材した男性たちには、子育てで仕事を離れたことがほとんど不利益にはなっていないようだ。
マレー・ジョーンズは2023年9月から仕事に復帰し、ハーモンは3年前にプライベート・ウェルス・マネジャーとして資産運用会社のメリルに入社した。
一方、サファリは本業で子育てをしつつ、副業をしている。「専業主夫になってから、バランスの取れた生活をしつつ、経済的にも貢献する方法をいくつも探りました」
彼はいま、子供と高齢者のためのライドシェアサービスであるルビィ・ライズの「創業期からのドライバー」として働いている。その前には、ウーバーでも運転していたそうだ。「ギグ・エコノミーやルビィのようなサービスによって、家で育児に専念する親も、子育てをしながら安定した収入を得られます。両者の良いところを取れるのです」
一方、すでに娘が大学に進学したウィルは、まだ家庭を守っている。彼は当初、ずっと家に留まるつもりはなかった。「この道に進み始めたときは、妻とともに様子を見るつもりでした。私が一日中乳幼児のそばにいることに耐えられるかもわからなかったんです」と彼は振り返る。
しかし、子供たちが成長するにつれ、キャリアに戻りたいとは思わなくなった。彼は国際関係学の博士号を取得した後、金融情報からスキーのインストラクターまで幅広い仕事を経験した。だが、どの仕事や業界にも「縛られる」ことはなかったそうだ。
さらに、家でやるべき仕事もたくさんあった。夫婦が所有する不動産の管理や、ブルックリンにあるタウンハウスの全面リノベーションもこなしてきた。60歳になったばかりのいま、今後2〜3年住む予定の家のリノベーションに新たに取り組んでいる。
「どんな分野であれ、やりがいのあるキャリアを積めなかったことを寂しく思うこともあります。でも、物事はそううまくはいきませんでした。私はこれまでやってきたことに満足しています」
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