アン・クルーガー「同盟国の日本に打撃を与える米国の通商政策は“愚の骨頂”だ」

クーリエ・ジャポン

2023年8月18日、米ワシントン近郊のキャンプデービッドで開催された日米韓首脳会談で握手をする、米バイデン大統領と岸田首相 Photo: Chip Somodevilla / Getty Images

 

 

 

国際通貨基金(IMF)の筆頭副専務理事を2000年代に務めた米国の国際経済学者アン・クルーガー。長年にわたって世界経済を見つめ、かつての米国をよく理解する彼女は、友好国を追い込む現在の米国の通商政策は誤りだと訴えている。 

 

 

 

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米国の「通商政策」が同盟国を弱らせる

米国はいま、中国に対抗するために同盟国に協力を求めている。一方、その通商政策は無駄が多く、非効率であり、協力を得にくくしている。米国は補助金や保護主義的な貿易障壁を通じて「友好国」を弱体化させるのではなく、イノベーションや労働市場政策に焦点を当てて成長を促すべきだ。 2017年まで、世界最大の経済大国である米国の通商政策はその戦略的目標とうまく整合していた。他の追随を許さない軍事力を持つ米国は、欧州諸国などとの同盟を通じて安全保障を強化し、広い地域の繁栄を支えた。また、世界貿易機関(WTO)のような組織を通じてグローバルなリーダーシップを発揮し、世界共通の法の支配の枠組みを確保することで、国際的な貿易交流を支えてきた。 その後、ドナルド・トランプの登場によって保護主義の時代が到来し、多くの友好国や同盟国との関係を不必要に損ねた。その後に大統領となったジョー・バイデンは、その損失の一部を修復しようとしたものの、トランプ時代の通商政策の重要な要素の多くはそのまま残されている。 この事実は、アジアにおける米国の重要な同盟国である日本に対する政策を見ればよくわかる。第二次世界大戦に敗れた日本は、長い間、自国の防衛を米国に依存してきた。安倍晋三首相以降、日本は軍事・安全保障能力を強化しており、地域の戦略的利益を守る意欲を示している。しかし、それでも依然として米国の安全保障の傘に依存したままだ。 また、日本は貿易に大きく依存し、アジアと世界経済の両方において重要な国だ。その経験から他国も学ぶ。さらに、中国が台頭するいま、日本は経済的にだけでなく、地政学的にも重要な存在となっている

 

 

 

 

 

米国に振り回される日本経済

第二次世界大戦前の日本は比較的貧しい国で、甚大な被害を受けた戦後はさらに弱体化した。しかし1950年代末からの30年間は戦後の復興と健全な経済政策により、驚異的な成長を遂げたのだ。日本が経済大国となった1980年代には、他国から保護主義的な措置を受けた。たとえば、米国のロナルド・レーガン政権が提唱した日本車に対する「自主輸出規制」などである。それでも日本経済は力強い成長を維持していた。 しかし、30年にわたる景気拡大によって生じた金融バブルは1990年に崩壊し、その後は経済停滞とデフレに苦しむ「失われた20年」が続いた。2008~09年のリーマン・ショックに伴う世界金融危機でも日本は大きな打撃を受けたのだった。その後の10年間、日本経済はごくわずかに成長したものの、パンデミックの発生によって再び縮小した。 だが、流れは変わりつつある。ここ2年間、日本はかつてないほど多くの移民を受け入れ、高齢化と労働力人口の減少による悪影響を相殺しようとしている。バブル崩壊による悪影響も解消され、デフレ予測も弱まった。それでも経済停滞とデフレの時代は終わったと喜ぶのにはまだ早い。 特に米国の政策が日本経済の見通しに損失を与え続けている。2010年代半ば、オバマ政権が推進した「環太平洋連携協定(TPP)」を日本は熱心に支持していた。TPPは中国を除外していたものの、世界最大規模の自由貿易圏を作ろうとするものだった。 しかし、トランプは就任初日にTPPからの離脱を宣言し、影響力を拡大する中国に対抗することはなかった。その後、安倍首相の後押しもあり、残りの国々で「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」が締結され、自由貿易圏の創設に成功した。しかし、米国が参加しなかったため、それが大きな経済成長をもたらすことはなかった。

 

 

 

 

 

 

経済を歪める「保護貿易政策」

バイデン政権は、トランプ時代の保護主義的な措置のほとんどをそのままにしている。さらに、保護主義的な「インフレ抑制法(IRA)」や、自国の半導体生産を支援する「CHIPS・科学法」など、日本や他の多くの友好国を直接脅かす産業政策を展開している。 日本経済の柱となってきたのは自動車輸出だ。しかし、IRAでは米国でのEVでの購入にあたって、米国製のものにのみ1台あたり7500ドル(約100万円)の補助金を払う。日本などの外国メーカーの製品には明らかに不利になっている。 同様に、CHIPS・科学法は米国内に建設する半導体工場に補助金を出すもので、日本のメーカーは損失を被ることになる。そのうえ、米国は日本に対し、国家安全保障にかかわる米国製の部品を使用した製品を中国に輸出しないよう求めている。 こうした政策を受け、日本企業はすでに新たな投資を米国に向けており、国内での投資は減るだろう。さらに、バイデン政権は他の幅広い産業でも、米国での製造を優遇する措置を導入することをほのめかしており、米国への投資熱はさらに高まりそうだ。 一般的に、個々の企業や産業への補助金は市場競争を歪めるため、それ自体が経済に悪影響を与える。しかし、米国の友好国は「報復」として自国の生産者に補助金を交付するようになった。場合によっては、その金額は米国のもの以上だ。こうなると互いに相殺し合う政策に各国の税金が使われることになる。また、効率的に生産する企業は、あまり効率的でない生産者に市場を奪われるだろう。 米国が同盟国に対し、中国の軍事的台頭に対抗するために防衛費を増やすよう求めているいま、このような政策を採るのは愚の骨頂である。米国とその同盟国は、研究やイノベーションの強化、労働力の質や技能の向上など、成長を促進する政策を採るべきだ。そうすれば、各国の地政学的・経済的目標はずっと達成しやすくなるだろう。

Anne O. Krueger

 

 

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