プーチンは学級崩壊止められず クレムリン“メンツ丸つぶれ”事件の顛末〈AERA〉

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5月25日、ロシア・モスクワのクレムリンで、アゼルバイジャンのアリエフ大統領(左)、アルメニアのパシニャン首相(右)と会談するプーチン大統領(写真:ロシア大統領府公式ページから)

 

 

 

 

 ユーラシア経済連合の首脳会議で、プーチン氏のメンツを丸つぶれにする光景が繰り広げられた。これまでなら考えられないことだ。ロシアと関係が深い旧ソ連圏で、プーチン氏の権威が失墜している。AERA 2023年6月19日号から。

 

 

  【写真】握手するアリエフ大統領とゼレンスキー大統領

 

 

 

 

*  *  *  プーチン大統領は偉大なロシアの復興を自らに課せられた歴史的使命だと信じて、ウクライナで泥沼の侵略戦争を続けている。しかし皮肉なことに、かつてソ連を構成していた国々の間では、プーチン氏の威光は、急速に衰えつつある。  かつてのプーチン氏だったら考えられないような光景が繰り広げられた。  5月25日にモスクワのクレムリンで開かれた、ユーラシア経済連合の首脳会議のことだった。  ユーラシア経済連合は、プーチン氏が欧州連合(EU)を模して旧ソ連の国々に広げようとしている経済協力の枠組みだ。今のところロシア、ベラルーシカザフスタン、キルギス、アルメニアの5カ国が加盟している。  25日の首脳会議には、5首脳に加えて、アゼルバイジャンのアリエフ大統領がプーチン氏に招かれて出席していた。  各国首脳がひととおり発言を終えて、議長を務めるプーチン氏が会議を締めくくろうとしたときのことだった。 「すみませんが、ちょっとよろしいですか」  口をはさんだのは、アルメニアのパシニャン首相だ。 

 

 

 

■メンツが丸つぶれに  パシニャン氏が持ち出したのは、隣国のアゼルバイジャンとの間で抱える領土問題だった。  アゼルバイジャン領内には、アルメニア系住民が多数を占めるナゴルノカラバフと呼ばれる地域があり、両国間の長年の紛争の火種となっている。この地域とアルメニアを結ぶ唯一の陸路「ラチン回廊」をアゼルバイジャンが封鎖して、アルメニア系住民が人道上の危機にさらされているというのが、パシニャン氏の主張だった。  実はこの発言は、二重の意味でプーチン氏のメンツを丸つぶれにするものだった

 

 

 

 

 

 

第1の理由は、元々この首脳会議の終了後に、プーチン氏、パシニャン氏、アリエフ氏の3者会談が予定されていたということだ。テーマはもちろん、ナゴルノカラバフ。パシニャン氏の問題提起は、本来ならその場で持ち出すべき内容だった。プーチン氏の仲介を信用していないという不満を公衆の面前でぶちまける意図が、パシニャン氏にはあったのだろう。  第2の理由は、ラチン回廊の通行管理はロシアの平和維持部隊が担当することが、関係国による合意で決まっているということだ。つまり、アゼルバイジャンが回廊を封鎖しているという批判は、とりもなおさずロシアが責任を果たしていないことへの苦情を意味するのだ。  プーチン氏を遮ったパシニャン氏が批判したかったのは、アゼルバイジャンよりもむしろロシアだったのだろう。  パシニャン氏の不規則発言に対して、アリエフ氏も反論。プーチン氏が不快そうに顔をゆがめたり苦笑いしたりする中、2人は約13分も口論を続けた。  最後にアリエフ氏が笑顔でプーチン氏に「このぐらいにしておきましょうか」と語りかけ、プーチン氏が「そうですね。できるなら、この辺でやめましょう」と応じて、長いやり取りはようやく終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 ■予想外の見ものに笑顔  浮き彫りになったのは、旧ソ連の国々の中でのプーチン氏の権威の失墜だった。  アリエフ氏も「この話はこの後3人で続けましょう」というプーチン氏の再三の呼びかけを無視した点では、パシニャン氏と同様だった。  さらに私の印象に強く残ったのは、同席していた中央アジアの大国カザフスタンのトカエフ大統領の表情だ。  予想外のなりゆきにハラハラするどころか、「めったにない見ものだ」とでも言いたそうな、実に愉快そうな笑顔を浮かべていたのだ。  壮麗なクレムリンの大広間に集まった6首脳の中央に陣取ったプーチン氏は、まるで学級崩壊になすすべもない、おじいちゃん先生のようだった

 

 

 

 

 

アルメニアのロシア離れは、プーチン氏にとって極めて深刻な意味を持つ。  アルメニアはユーラシア経済連合だけでなく、ロシア主導の集団安全保障条約機構(CSTO)にも加わっている。  かつてソ連を構成していた国の中でも、ベラルーシと共にロシアと最も緊密な関係を結んできたのは、ひとえにナゴルノカラバフ問題でロシアの支援が必要だからだった。  ロシアからみれば、アルメニアは何をしなくてもついてくる安パイのような存在だった。  様相が一変するのは、2020年のアゼルバイジャンとの軍事衝突だった。ロシアは1994年に合意された停戦ラインを破って攻撃するアゼルバイジャンを止めようとしなかった。  結果としてアルメニアは、26年間維持してきたアゼルバイジャン領内の占領地を大幅に失うことになった。ラチン回廊がナゴルノカラバフとアルメニアをつなぐたった一本の「へその緒」となってしまったのも、このときのことだ。  プーチン氏がアルメニアを助けなかった背景には、パシニャン氏への個人的反感があったとみられる。 ■欧米の仲介拒否せず  パシニャン氏は、ジャーナリスト出身で、政治犯の撲滅を訴えて政治の世界に飛び込んだ。街頭で反政権デモを繰り返す市民の後押しで、18年に政権の座についた。市民の力による政権打倒を嫌悪するプーチン氏とは、水と油の存在だ。  20年の敗戦で、パシニャン政権は弱体化するかと思われたが、翌年に繰り上げ実施した議会選挙で大勝した。ロシアへの失望が国民世論に影響した可能性がある。  国内の足場を固めたパシニャン氏は、今年5月22日、大胆な一歩を踏み出す。アルメニア系住民の安全が保証されるなら、ナゴルノカラバフをアゼルバイジャン領として認める用意があると表明したのだ。  いつまでもナゴルノカラバフにとらわれてロシア依存を続ければ、アルメニアに将来はないと考えたのかもしれない。ロシアによる大義も展望もないウクライナ侵攻が、こうした考えを後押ししたことに疑いはない。  欧米も、こうした状況を利用して、アルメニアをロシアから引き離そうとしている。米国やEUが、ナゴルノカラバフ問題の仲介役に名乗りを上げているのだ。アゼルバイジャンも欧米の仲介を拒否していない。  ロシア抜きでナゴルノカラバフ問題にけりが付けば、アルメニアがより大胆に欧州に接近するシナリオが現実味を帯びる。プーチン氏にとっては悪夢の事態だろう。 (朝日新聞論説委員、元モスクワ支局長・駒木明義) ※AERA 2023年6月19日号より抜粋

 

 

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