テスラの「40年先」行く工作機械、シチズンマシナリー自動化工場に潜入

近岡 裕

 

日経クロステック

 

 

うちは30年も40年も前からやっていますよ。何をいまさら?といった感じですね(笑)」──。米Tesla(テスラ)が披露した、電気自動車(EV)の新たな生産方法「アンボックストプロセス(Unboxed Process)」のアイデアに対し、こう冗談を飛ばすのがシチズンマシナリーの生産技術部の社員だ。

図1 シチズンマシナリーの軽井沢本社工場

図1 シチズンマシナリーの軽井沢本社工場

自動旋盤をフル生産する状況が続いている。(写真:日経クロステック)

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 アンボックストプロセスは、いわゆるモジュラー型の生産方法。ある程度まとまった部品単位である「モジュール」を個別に組み立てた後、全てのモジュールを集めて1台の完成車に組み上げる。自動車業界では「画期的」との声が上がるアイデアだが、工作機械業界からは違った景色が見える。もちろん、クルマと工作機械とでは製品の機能も使われ方も使用環境も異なるから、比較すべき対象ではないのかもしれない。だが、こと生産に関するアイデアという点では、工作機械業界ではモジュラー型生産方法は珍しくも何ともないのだ。

 「コロンブスの卵」というべきか「灯台もと暗し」というべきか、さまざまな工場を取材してきたはずの筆者自身、全く気がつかなかった。改めて、異業種のことを知るのは勉強になるなと痛感した。

夜は幻想的な工場に変身

 2023年5月末、筆者はシチズンマシナリーの軽井沢本社工場(長野県御代田町)に“潜入”した(図1)。同社はCNC(コンピューター数値制御)自動旋盤(以下、自動旋盤)で世界シェア1位。現在はフル生産状態にあり、組み立てエリアは出荷前の工作機械で埋め尽くされている。世界の電気自動車(EV)の普及動向を見極めるために、エンジン部品加工向け自動旋盤の更新需要に慎重姿勢が若干見られるものの、足元では大量の受注残を抱えており、納期は7~8カ月だという。同社の業績は極めて好調で今期(2024年3月期)は「3期連続で売上高過去最高更新の予定」(同社)だ。

 この工場の特徴を一言で表現するなら「自動化を徹底した工場」となる。取材時は昼間で、少ないながらも作業者が働いていた。だが、夜間(夕方以降)はほぼ完全な自動化へとシフトする。照明が落とされて真っ暗になり、暗闇の中で生産設備に付いた回転灯だけが光る幻想的な風景が展開されるという。機械の稼働に光は要らない。夜間に照明を落とせるのは、光を必要とする人間が工場内にいない証拠だ。

 夜間は監視員すらいない。だが、チョコ停(生産設備が一時的に停止するトラブル)が発生したときはどうするのか。これに対するシチズンマシナリーの回答は、チョコ停ができる限り発生しないように日々の保守点検を実施しており、工作機械の工具(刃物)の寿命管理はIoT(Internet of Things)で行っている、というものだ。

 もちろん、故障など何らかのトラブルで生産設備が止まることもある。その場合はアラームが出るが、監視員や作業者が駆けつけて処置を施すことはない。その分の生産の遅れは休日で十分補える。逆に言えば、その程度で済むほどトラブルは起きないということだ。

ロボットとガントリーローダーがワークを搬送

 この工場は、大きく[1]旋盤エリア、[2]マシニングエリア、[3]モジュール組み立てエリア、[4]本体組み立てエリアで構成されている。まず、[1]の旋盤エリアで主軸を代表に円筒形状の部品を加工する。機械構造用炭素鋼でできた中実の丸棒(ワーク)の外径および内径を旋削し、自動旋盤の心臓部ともいえる主軸を高精度に加工するのである(図2)。

図2 旋盤エリアで加工する主軸

図2 旋盤エリアで加工する主軸

左がワークで、右が旋削後の主軸。(写真:日経クロステック)

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 ここで目に付くのは、各旋盤のそばに垂直多関節ロボット(以下、ロボット)が必ず1台据え付けられていることだ(図3)。ワークを把持して旋盤に供給したり、旋削後に旋盤から取り外したりする作業をこのロボットが担う。ロボットが直接旋盤にワークを供給できない場合は、旋盤の上部に設置されたガントリーローダー(搬送装置)との間でワークの受け渡しを行う。こうしてワークの搬送や取り出しを自動化するのである。

図3 旋盤とロボット

図3 旋盤とロボット

旋盤へのワークの供給と取り出しをロボットで行う。(写真:日経クロステック)

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 昼間(1直勤務の時間)は作業者が現場入りするのだが、作業者は1直勤務だけで、生産設備は3直勤務のイメージである。しかも、少ない人数で対応できるように、1人の作業者が4~5台の生産設備を担当する。作業者は主に、加工が完了したワークを下ろし、新しいワークをセットする作業を担うという。

FMSで切削を自動化

 旋削以外の部品加工は、[2]のマシニングエリアで行う。ここは文字通り、マシニングセンター(MC)で部品を切削する工程だ。鋳物製のベッドや刃物台などのワークにフライス加工や穴開けなどを施す(図4)。

図4 切削後のベッド

図4 切削後のベッド

フィリピンもしくはベトナムで鋳造してこの工場まで輸送し、必要な箇所をMCで切削する。(写真:日経クロステック)

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 このエリアは、フレキシブル生産システム(FMS)で構築されている。目を奪われるのが、天井まで届くかと思うほど高い、左右対になった巨大な棚(ラック)だ(図5)。棚数は244。ここにパレットに載せた加工前のワークを収納する。そして、生産計画に応じて、ラック同士の中央を移動するモノレール・スタッカ・クレーンがパレットごとワークをラックから取り出し、ラックのそば(左右)に配置された横型MCもしくは縦型MCまで搬送する。切削が完了したら再びワークをラックへと搬送する。こうしてワークのMCへの搬送と排出を自動化しているのである。さしずめ、超巨大な自動パレット交換装置(APC)といったところだ。

図5 FMSのラック

図5 FMSのラック

棚に収納したワークをパレットに載せたままモノレール・スタッカ・クレーンがMCまで搬送する。(写真:日経クロステック)

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 作業者の仕事は、前日に加工したワークをラックから取り出し、その日に加工するワークをラックに投入することである。これらの作業を段取りステーションで行う(図6)。

図6 段取りステーション

図6 段取りステーション

ラックへのワークの投入と加工後のワークの取り出しを作業者が行う。(写真:日経クロステック)

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 意外だったのは大物部品であるベッドの生産場所だ。フィリピンもしくはベトナムで鋳造し、この工場まで運んでくるという。これほど大きな重量物を日本まで輸送するのはコストがかさむ。本来ならできる限り近場で調達したいはずだ。ところが、それがかなわない。高温の炉を使って熱した溶湯を型に流し込んで成形した後、型を壊して部品を取り出すという、危険が伴うきつい作業を要する鋳造の仕事を担う企業は日本からどんどん減っているからだ。そのため、海外からの調達に頼っているのが現実だという。

 そして、このマシニングエリアの後に続くのが、冒頭で触れたTeslaの新生産方法の構想に先駆けること30~40年の実績を誇る組み立てエリアだ

 

 

 

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