日本発「EV」が高速テストでギネス世界記録の快挙! 静かに燃える技術への飽くなき探求心とは
剱持貴裕(自動車ジャーナリスト
大阪市のメーカーが開発
2023年5月、日本発の電気自動車(EV)スーパーカーが英国での速度記録イベントでふたつの世界記録を更新、ギネス認定世界一への登録を果たした。そのクルマとは2017年に最初のモデルがお披露目されて以来、地道に改良を重ねて来た「アスパーク・アウル」である。開発元は大阪市のアスパークだ。
【画像】えっ…! これが最新のEV「販売台数」です(計6枚)
今回ギネス認定となった記録は、1/8マイル(約200m)区間通過平均速度および1/4マイル(約400m)区間通過平均速度というもの。前者の記録は192.03mph(約309.02km/h)、後者の記録は198.12mph(約318.85km/h)だ。いずれも見事な記録であるといってよいだろう。
ただ、速度記録チャレンジにおいてこうした短距離区間での計測はあまりメジャーではない。インパクト的にはやはり長距離もしくは長時間での走行による記録が高く評価されるのが常である。
そうしたなか、あえて今回の様な領域での挑戦を選択したのは、おそらくはバッテリー、モーター、インバーター等の
「メカニズム上の特性」
だろう。加えて効率良く最高性能を発揮できる走行領域を深く検討した上での決定だったと推測できる。
計測を実施した現場は、英国中部のヨークシャーにあるエルビントン・エアフィールドだった。ここは第2次世界大戦時から1990年代半ばまで使われていた空軍の古い飛行場である。空軍から民間に管理が移されてからは、ストレートライナーズという団体がドラッグレースとスピードチャレンジイベントを定期的に実施している。そしてそのなかに用意されていたギネスチャレンジプログラムを通じての記録樹立だった。
気になるのは実際の計測条件だが、ストレートライナーズのオフィシャルサイトのルール記載を参照してもその詳細はハッキリしない。ギネスチャレンジについては、基本的な手順とオーガナイザーからの注意点が記されているだけで、詳細は別途問い合わせということなのかもしれない。
相応の余裕を残した結果
ピニンファリーナ・バッティスタ(画像:SKY GROUP ムーヴ)© Merkmal 提供
アスパーク・アウルの最高速度は400km/hといわれている。
すなわち今回の速度記録は限界領域ではなく相応の余裕を残しているということである。
このことからわかるのは、
今回の記録は十分な助走区間を経ての計測結果ではなく、発進から短時間で計測区間に到達した状態でわずかに加速しつつ記録した速度と思われる。
エルビントン・エアフィールドには滑走路を利用した1マイル直線コースがあることから、おそらくそこを使って計測したものだろう。
ちなみに、今回アスパーク・アウルが更新した記録以外の
EV関連動力性能の記録は、
いずれもほかのモデルが保持している。
例えば0-100km/h加速タイムはドイツの学生チームが作り上げたE0-711-11EVOが1.461秒を記録している。
ただしこの車両は加速に特化したコンパクトな専用モデルであり公道走行はできない。
公道走行が可能なモデルとしては、
アスパーク・アウルの1.72秒が最短とされている。
そのほか、0-1/4マイル(約400m)発進加速と
0-1/2マイル(約800m)発進加速はともに
ピニンファリーナ・バッティスタが記録を持っており、
タイムはそれぞれ8.55秒と
13.38秒である。
このピニンファリーナ・バッティスタは、アスパーク・アウルと同じく公道走行が可能なEVスーパーカーである。既に市販も開始されている。この2台に先日まで0-1/4マイル発進加速記録を持っていたリマック・ネヴェーラを合わせた3台が、公道走行可能なEVスーパーカーにおける最強の3台にほかならない。
最高速度はこれら3台ともに400km/h前後の実力を備えているといわれている。そのなかで現時点での実測データで最速なのはリマック・ネヴェーラの412km/hである。
「技術的可能性」への飽くなき欲求
リマックのウェブサイト(画像:リマック)© Merkmal 提供
ここまではアスパーク・アウルを中心に、性能的にハイエンドなEVスーパーカーといわれている3台の実力をデータとともに解説した。
これらは公道走行可能な生産車ではあるが、その一方で一般に広く販売するといった性格のクルマではない。記録挑戦への背景にあるのは、いうまでもなく
「技術的可能性」
への飽くなき欲求である。
それぞれのメーカーの素顔だが、リマックはクロアチアのEVベンチャー会社。
バッティスタを手掛けるアウトモビリ・ピニンファリーナは
デザイン会社のピニンファリーナと
親会社であるインドのマヒンドラが共同で立ち上げたこれもEVベンチャーである。
対して、アスパークの本業は技術系人材派遣や先端技術のアウトソーシング事業などである。
EV事業は必ずしも本業ではなく、
本業の先端技術系アウトソーシングを効果的に
プロモーションする上でのプレゼンテーションの場であるように思える。
自社が所有する人材の能力を最大限に活用。
十分な予算とともにじっくりと時間を掛け実車を開発し記録に挑む。
その上で最終的には世界の自動車史にその名を残すこと。
目的はまさにそこにあるのではないかということだ。
アスパーク・アウルの予定生産台数は50台。
その販売価格は250万ポンドもしくは290万ユーロ(約4億3000万円)といわれている。非常に高価ではあるが、開発コストを考えるとおそらくアスパーク側に利益はほとんどないだろう。
なお、リマック・ネヴェーラの価格は200万ユーロ。
予定生産台数は150台。
ピニンファリーナ・バッティスタの予定生産台数も150台。
価格もおおむね200万ユーロ前後とネヴェーラに近い。
スーパーカー的EVの存在理由
アスパークのウェブサイト(画像:アスパーク)© Merkmal 提供
昨今、EVの迅速な普及を進めたいと考えている自動車メーカーの多くは、当初の高価なプレミアムモデルからリーズナブルな低価格モデルへと注力モチベーションをスイッチしようとしている。
こうしたことは普及のためには極めて重要なことである。その一方で、今回紹介したハイエンドスーパーカー的なEVの存在は、EVゆえの高い動力性能を極めるという
「高度にマニアックな主張」
が込められている。
・普及を目指すか
・動力性能の頂点を目指すか
技術的に進むべきベクトルとしては、どちらも正しくそれぞれに意味がある。そして頂点を極めた先端技術からは新たな実用技術が産み出されるのは数々の過去の実例が証明している。
おそらく、大多数の人にとって今回紹介したスーパーEVの実車に触れる機会は訪れないだろう。それでもそこから生まれ育てられた技術は、いつか身近な存在となる。そのときにこそ、ビジネスとして関わったことに深い意味が生まれるのである。
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