天地人」が岸田首相に味方、稀代の演出家と俳優によるG7広島サミットの成果
平和記念講演を訪問したウクライナ・ゼレンスキー大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
(山中 俊之:著述家/国際公共政策博士)
■ 主演:ゼレンスキー大統領、
出演:各国首脳、
演出:岸田文雄
岸田首相は、政治家であると同時に、稀代の演出家かもしれない。
歴史に残る劇場型G7広島サミット(主要7カ国首脳会議)を終えての率直な感想だ。 1975年にフランスのランブイエで第1回が開催された主要国の首脳によるサミット。今回の広島サミットで49回目を迎える(緊急時開催を除く)。 サミットに向けては、シェルパと言われる外交当局責任者(日本では経済担当の外務審議官)が事前に会談や共同声明の内容を精緻に詰める。そのためサプライズが多いわけではない。いや、外交当局からすれば、サプライズがあると困るというのが本音だろう。 今回は、そのような外交的な慣行を大きく裏切った。もちろん、首相の意向を受けた外交当局が、秘密裡にゼレンスキー大統領の対面での出席を調整していたことは間違いない。しかし、このようなサプライズ演出は、外務省の本来業務からは離れたことだ。 稀代の劇場型サミットが、岸田首相の演出であることは間違いない。 主演のゼレンスキー大統領が元俳優であることも、劇場型サミットの演出に大きく貢献した。 今回のG7広島サミットでは、天(=世界の動き)、地(=広島という場所)、人(=ゼレンスキー大統領)が味方した。
■ 自身の選挙区でサミットを開催した意味
天(=世界の動き)とは、
ロシアのウクライナ侵攻や中国の経済的威圧に対して、西側諸国が結束する必要性がかつてなく高まっていたことだ。
現在は戦時である。各国の利害を抑えて結束することが求められることは議論の前提のようなものだ。
地(=広島という場所)とは、
被爆地・広島から核兵器に関するメッセージを世界に発信できたという点だ。 日本の都市の知名度を世界で調査すると、広島は、東京を除き最上位級に来ることは間違いない。私が長く住んでいた中東でも、ヒロシマと言って知らない人は稀だ。被爆地ヒロシマは、世界どこに行っても知られている都市名である。 日本でのG7サミットを振り返れば、東京以外では沖縄、北海道・洞爺湖、伊勢志摩で開催されている。
いずれも開催地が決定した当時の首相の選挙区からは離れている。自分の選挙区のある都道府県での開催は、我田引水との批判があるので避けたのであろう。 それでも今回の開催地として広島を選んだのは、究極的な核廃絶を訴えるために恰好の場所であるからにほかならない。
招待国を含め、全首脳が原爆資料館を訪問して慰霊碑に献花した。
被爆者にとって焦点の一つであった核兵器禁止条約についての言及はなく、残念ながら核廃絶に向けては大きな前進はなかった。 しかし、首脳は原爆の実相について胸に刻んだことであろう。世界に向けて原爆の悲惨さを理解してもらう契機にはなったと言える。 最後の人(=ゼレンスキー大統領)は、戦時下の大統領が危険を冒してサミットに参加したことだ
■ ゼレンスキー大統領の参加だけでないサミットの成果
ゼレンスキー氏は、個別に各国首脳と会談をしてきたが、主要国の首脳が一堂に会する会議に出席したのは戦争開始後、初めてのことだ。各国首脳がウクライナへの支援を次々と表明するサミットとなった。
世界のメディアも、ゼレンスキー大統領の参加については大きく報道していた。
このように、G7広島サミットは、天地人が味方した歴史上かつてないサミットとなったのだ。
サミットの成果としては、中国との関係において、デカップリング(切り離し・分断)ではなく、
デリスキング(De-Risking)という概念を打ち出した点に注目したい。
「デリスキング(De-Risking)」は、
中国による経済的威圧を避けるため、欧州連合(EU)が先に打ち出した政策だ。
中国との経済関係は維持しながらも、
中国の資源や商品への過度な依存を軽減することで、リスクを減らすというものだ。
私は、多くの企業の中国事業を含めたグローバル展開を支援させていただいている。このようなデリスキングの考え方は企業の経営戦略との整合性があると感じる。
米中対立と言われていても、多くの日本企業にとって中国は重要な顧客であり生産基地だ。
過度なデカップリング(切り離し・分断)は、
中国のみならず、日本を含む西側諸国の経済利益を損なう。
政治や外交では、各国の政治・安全保障上の利益が過度に強調され、経済ビジネスの視点が軽視されることもある。ビジネスパーソンは、政治・外交が再びデカップリング指向に向かわないように監視・提言すべきだ。
■ 今思い出すべきジョージ・ケナンの言葉
ロシアのウクライナ侵攻については、西側諸国の結束と数々の軍事支援が表明された。戦争長期化が懸念される中、ウクライナ優位の下、停戦交渉が進むことを期待したい。 戦争終結後の平和構築においては、為政者に対して戦争責任を問うた上で、戦後の米ソ冷戦時に米国務省でソ連封じ込め政策の骨格を作ったとされるジョージ・ケナン(1904~2005)の言葉を思い出したい。 ジョージ・ケナンは、NATO(北大西洋条約機構)が、チェコ、ハンガリー、ポーランドなど東欧圏を加盟させる拡大路線をとることを推進した際、「これは新たな冷戦の始まりだ。ロシア人はいずれ強く反発するだろう」と発言している(ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」船橋洋一氏解説)。 国際政治・外交においては、過度に相手国を追い詰めることは邪道だ。 ロシアのウクライナ侵攻が、力による一方的な国際秩序の変更であることは論をまたない。一方で、2003年の米国が仕掛けたイラク戦争も、類似のものであるとの理解が国際社会では根強いことも忘れてはならない。 広島劇場の幕は下りた。しかし、劇に酔っている暇はない。戦争惨禍は続き、終息は見えない。 今後、真に求められるのは、ジョージ・ケナンのように世界を鳥瞰した立場から平和と経済発展の双方を構築・実践していく推進力ではないだろうか。
山中 俊之
「天地人」が岸田首相に味方、稀代の演出家と俳優によるG7広島サミットの成果(JBpress) - Yahoo!ニュース