中国の研究者たちが「偽造論文」を世界中に撒き散らしている 英紙が「論文工場」の闇に迫る

クーリエ・ジャポン

Photo: Westend61 / Getty Images

 

 

 

 

科学研究において中国は躍進し、その論文発表数はアメリカに次いで世界2位となった。一方で、研究不正が横行し、「論文工場」が研究を捏造するケースが多い。世界中の学術出版社は不正の急増に困惑し、学界は対応に迫られている。

 

 

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論文を捏造する「論文工場」

生物医学の専門出版社スパンディドスのジョン・チェセブロは不正検知の担当者だ。彼は複数の研究論文に目を通し、ほぼ同一と思われる細胞の画像を精査する。彼は、科学研究を捏造して報酬を得る「論文工場」の手口にうんざりするほど慣れきっていた。 彼らの偽装手段は多様だ。単一の細胞培養の顕微鏡画像を関連性のない数多くの研究でコピーして使うようなあからさまなものもあれば、巧妙な操作を施したものもある。チェスブロは言う。 「画像を回転させて、違うものに見せかけようとしているものもあります。また、仮説通りのデータを作り出すために画像の一部をデジタル操作し、細胞などを付け加えたり削ったりしているようなものも見かけます」 彼は、不正なデータや倫理的な問題を理由に、5~10%程度の論文を拒否しているそうだ。 スパンディドスは、中国から大量の論文を受け入れている。論文の著者の約90%は中国人だ。同社は2010年代半ば、既存データを不適切に再利用した研究を公開していると、独立した科学者のグループに非難された。これ以降、同社では社内の不正検知チームが捏造された研究を排除し、撤回させるようになった。

科学技術分野での中国の躍進

過去20年間で、中国の研究者の科学論文発表数は世界トップレベルになった。米国の研究分析機関インスティチュート・フォー・サイエンティフィック・インフォメーション(ISI)によると、2021年の同国の論文発表数は370万本だった。これは、世界全体の23%に相当し、米国の440万本に次ぐ。 同時に、中国は、その質を判断するための指標となる論文の引用論文数でも上位に来ている。2022年、もっとも多く引用された論文の数で、初めて米国を上回った。しかし、その理由は、新型コロナウイルスのゲノムを初めて解析した中国の研究が多く引用されたことだと、日本の科学技術・学術政策研究所は分析している。 一方、中国の科学分野での躍進により、西側諸国では懸念が広がっている。量子テクノロジー、ゲノム、宇宙科学など、注目される分野で同国の存在感は高い。また、中国は2年前に極超音速ミサイルを試験発射し、世界を驚かせている。西側諸国は、同国が科学技術における世界の覇権を握ろうとしていると考えるようになった。 しかし、中国の学界はシステム的に非効率で、低品質な研究や、偽造論文に溢れていると専門家は指摘する。同国の研究者は、研究大学でのポジションを得るために論文を出さなくてはいけないというプレッシャーにさらされている。 北京大学の物理学の講師はこう語る。 「中国の学界で生き残るためには、多くのKPI(重要業績評価指標)を達成しなければなりません。そこで、論文を出すときには、質よりも量を重視します。研究機関が私たちの履歴書を見る際には、研究の質よりも量を判断する方がはるかに簡単ですから

 

 

 

 

研究不正に対応しきれない学術出版社

世界の科学系出版社は、研究不正の増加に危機感を募らせている。英国に拠点を持ち、学術論文の出版規範を議論・制定する出版規範委員会(COPE)は、2022年に調査をおこなった。その結果、次のように結論づけられた。 「不正の疑いがある研究論文の投稿は増え続けており、相当数のジャーナルの編集が圧迫される恐れがある」 問題は、もっとも警戒している出版社でさえも、偽装論文すべてを排除できないことだ。論文が撤回されるのはまれで、そのために長年かかることもある。その間に、科学者たちは捏造された論文の研究成果を基に研究を進めてしまうかもしれない。特に、生物医学分野では、重篤な疾患の治療法の開発を目的とする研究が多いため、より危惧される。 独オットー・フォン・ゲーリッケ大学マクデブルク校の心理学・神経科学教授ベルンハルト・ザーベル教授は、学術誌の編集をしている。多くの編集者と同様、彼は「科学研究の健全性を回復し、科学に対する信頼の低下を防ぐため、世界的に迅速な行動をとる」よう求めている。 「科学と真実の愛には2つの共通点があります。どちらも情熱に溺れていること、そしてどちらも信頼に依存していることです。信頼が失われると、元に戻すのはとても難しいのです」

中国における組織的な研究不正

中国で疑わしい研究が盛んに見られるようになり、その研究成果を監視する独立系研究者も増えてきた。 かつてニュージーランドのマッセイ大学で心理学を研究していたデビッド・ビムラーもその一人だ。彼は、中国の吉林大学の生物医学論文150本において、同じ数種類のデータセットが使われていたことを明らかにした。同大学内部に論文工場があると、彼は結論づけている。 英紙「フィナンシャル・タイムズ」の取材に応じた他2人の専門家も、不正な研究をもっとも生み出している組織として吉林大学を挙げた。一方、同大学からはコメントを得られなかった。 ビムラーは指摘する。「彼らは多忙な人々が自分たちの論文に注目するとは思ってもいなかったのでしょう。大量の捏造をうまく隠そうとすらしていませんでした」 学術出版社に助言するCOPEは、論文工場について「潜在的に違法な非公式の営利組織で、本物の研究に似せた原稿を捏造し、販売する」と説明している。ザーベルは、論文工場の世界全体での収益は少なくても年間10億ユーロ(約1480億円)で、おそらくそれ以上に及ぶと推測している。 公開されている論文のうち、偽造されたものの割合は2%から20%以上とさまざまな推定がある。ザーベルによると、中国がもっとも多くの不正論文を出していると一般的に考えられているそうだ。しかしCOPEは、論文工場は「決して中国に限ったことではない」と主張する

 

 

 

 

論文捏造ビジネス」の発展

淘宝(タオバオ)のような中国のECサイトでは、注文を受けてから論文を代筆するブローカーが増えている。あるブローカーは最近タオバオで広告を出し、国内の中堅医学出版物に投稿するための論文捏造を800ドル(約10万円)で請け負った。 中国政府は論文工場の利用を規制し、違反した研究者による政府資金の申請を禁止するなどの罰則を設けた。しかし、その運用は不充分なため、いまだ頻繁に使われている。 キャリアアップのために論文を発表するよう求められるのは、世界中で同じだ。しかし、推定200万人以上の研究者がいる中国では競争がより激しいため、そのプレッシャーも非常に大きい。 特に、医学分野では偽装研究が多いと評判が悪い。臨床医は病院で出世するために論文を出すよう求められるが、時間がない。そこで、論文工場に外注せざるを得ないのだ。 研究不正の事例を伝えてきた、カリフォルニアの微生物学者エリザベス・ビクは、世界中の2万本の生物医学論文を集団で調査した。その結果、800本に「不適切に複製された画像」が用いられていたことを確認した。「中国の論文で問題のある画像が使われている確率は、平均より高かった」と彼女は指摘する。 著名な学者も研究不正をしていることが判明している。ビクは、中国で研究する有名な免疫学者による50本の論文を調べたが、「小さな不正から大きく加工された画像まで、さまざまな問題があった」そうだ。 これに対し、中国政府は公式に調査し、「これらの編集された画像に関し、彼に責任はない」と結論づけたと、ビクは振り返る。「彼はほんのわずかな懲戒を受けただけで、いまだに論文を出し続けています」(続く) 続編では、西側諸国と中国との地政学的な対立の高まりに伴って、研究機関同士の関係も悪化しているが、中国との学術交流を止めることで大きな損失を受けるのは、欧米の機関だという問題点を指摘している。

Eleanor Olcott in Hong Kong and Clive Cookson and Alan Smith

 

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