米国はインフレ最悪期通過でも新たな懸念がある
ようやくアメリカの利上げ停止もそう遠くないことが見えてきた。だが新たな懸念が生じている(写真:ブルームバーグ)
アメリカのインフレ指標が大きく下振れたことをきっかけに、同国の株式市場は11月半ばから金利低下とともに反発した。FRB(連邦準備制度理事会)による利上げがいつまで続くかわからないという不確実性が、2022年のアメリカを中心とした株安を引き起こした大きな要因だった。このため、インフレの下振れに対して、株式市場が好感するのは自然な動きである。
■アメリカが再度高インフレになる可能性はあるのか?
もちろん、単月のインフレ指標だけではインフレの動向を判断するリスクは残る。例えば7月CPI(消費者物価指数)コアの落ち着きはわずか1カ月で終わり、翌月から高インフレに戻った。これと同じことが起こる可能性は残されている。ただ、インフレ以外のアメリカの経済動向をみると、高インフレへの回帰と失望が起きる可能性は高くないと考えている。
その理由の1つには財価格(エネルギー等除く)が10月に前月比-0.4%と低下しており、財部門での価格上昇が止まりつつあることがある。
供給制約がようやく和らいだ段階の自動車業界では、確かに新車価格は上昇が続いているが、それ以外の多くの財価格の上昇は止まりつつある。
供給制約を示す指数(原材料などの入荷日数など)の改善は続き、すでに2020年来の水準まで戻った。さらに足元で製造業の景況指数が50付近まで低下するなど、需要減退が強まっている。このため、財価格が反発する可能性は低い。
アメリカのインフレの主役である、サービスについては判断が難しく、評価が分かれるところだ。労働市場が全体としてみれば依然タイトであることを示す指標が多い。
ただ、すべての労働市場の指標が過熱しているわけではなく、求人数や離職率など、限界的な労働需給を示す指標は労働市場の逼迫の緩和を示している。
確かに賃金の伸びは依然として高いのだが、労働市場での限界的な需給緩和をうけて、年央から頭打ちとなる兆しがある。CPIコアが単月で高インフレに戻った夏場と比べると、賃金上昇がサービス価格上昇をもたらす可能性は低下していると判断している
足元での高インフレが和らぐ兆しは、FRBの政策対応がようやく功を奏していることを意味する。評価はさまざまだが、賃金とインフレのスパイラルが起きて、大インフレ(Great Inflation)が起きた1970年代同様の状況に至らずに、FRBによる政策対応によってインフレが制御されつつある、という評価になるのではないか。
■FRBは市場の信認を取り戻せるのか?
これまでの高インフレは、コロナ対応で繰り出した金融財政政策のやりすぎと、コロナ下での供給制約が重なったことで起きたと筆者は考えている。
アメリカの労働市場での供給制約の問題が根深くインフレ要因が残るにしても、金融財政政策を「吹かしすぎた」ことがもたらしたインフレ上昇は、金融財政政策の引き締めによって2023年に向けて巻き戻されてもおかしくない。
インフレの和らぎをうけて、FRBによる利上げ停止が見えたという意味で、利上げ局面は終盤戦に入りつつあると言える。FRBの対応に対する不確実性が和らぐことで、FRBは金融市場の信認を取り戻せるだろうか。実際には、まだ紆余曲折が予想されると考えている。
金融市場では、足元のCPI下振れで、政策金利の利上げ到達点に関する見通しは、4%台に一時低下した。仮に筆者が想定するようにインフレが最悪期をすぎたとしても、CPIコアが前月比ベースで0.3~0.4%程度で推移、労働市場の減速が緩やかにしか進まない2023年1~3月中は、FRBによる利上げが続く可能性が高い。
パウエルFRB議長は11月初旬に、利上げの到達金利を以前から引き上げる考えを示した。
その後、ブラード・セントルイス連銀総裁が
最低限5%の利上げが必要との試算を示した。
同氏が依拠する「テイラールール」は前提条件等で水準が変わる1つの参考値だが、早期利上げを先導してきたブラード総裁の考えは、パウエル議長ら執行部に相応に重視されるのではないか。
経済やインフレ指標が双方ともに大きく失速しなければ、12月FOMC(連邦公開市場委員会)以降利上げペースを緩めるとしても、FRBは2023年3月まではタカ派姿勢を維持して5%超まで利上げを続ける可能性が高い
今後、利上げ到達点や打ち止めが近づけば、FRBへの懸念が解消されるとの見方もありうる。ただ、より懸念すべき点がある。
それは、政策金利は4%に達して引き締め領域に入っているとされるが、今後予定される5%超への利上げによって、金融引き締め効果が強まりすぎる可能性である。
■アメリカの個人消費が今後一段と落ち込む可能性も
現在のFRBの姿勢には、ブラード総裁らタカ派の政策が影響しており、遅行指標であるインフレ指数の動きを重視する対応に傾斜している。このため、利上げ打ち止めの政策転換が実現しても、そのタイミングが遅れ、2023年以降の経済活動への引き締め効果が大きくなるリスクが大きい。
新型コロナウイルス大流行後の世界的な株価急騰の反動もあり、2022年にはアメリカ株が反落して逆資産効果が生じた。
ただ、貯蓄率が低下する中で、サービス業のリベンジ消費需要が旺盛だったこともあり、個人消費は減速したが緩やかながらも増加が続いた。
それでも、利上げの効果で住宅価格も足元で下落に転じており、2023年には逆資産効果が広がり、個人消費が一段と下押しされる可能性がある。
また、2022年までは企業利益は減速しながらも改善が続いていたので、企業による設備投資も拡大が続いた。だが、FRBの金融引き締めによって銀行は貸出態度を厳格化させており、銀行貸し出しを通じた金融引き締めの効果が2023年に顕在化、企業の設備投資をより抑制するリスクがある。
これらをうけて、国内総需要全般に下押し圧力が強まり、アメリカ経済全体は一定期間景気後退に至る可能性が高い
もちろん、2023年のアメリカ経済の景気後退は、金融市場でも相応に意識されている。ただ、景気後退は回避されるとの見方もまだ根強く、完全に織り込まれたように見えない。
筆者は
リーマンショック前後のような深い景気後退を予想しておらず、
半年から9カ月程度の短期間の景気後退を想定しているが、それでも経済縮小は避けられないのではないか。
2022年に株価は下落したが、
アメリカ経済は減速しながらもプラス成長を保っていたので、
企業業績は緩やかな減速にとどまっていた。
2023年にはマイナス成長を伴う景気後退となる中で、
企業利益は落ち込むリスクがある。
このため、現在株式市場で想定されているよりも、企業業績予想が下方修正される余地はかなり残っているように思われる。
2022年は、FRBが制御に苦しんだ高インフレに対する不確実性が、
アメリカ株市場を下落させる要因になった。
それに代わって、利上げによる景気縮小効果が強まるという
新たな不確実性に対する懸念が、
2023年前半まで金融市場で大きく意識されるのではないかと
筆者は考えている。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません) (当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
村上 尚己 :エコノミスト
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