塹壕で恐怖に怯えるロシア兵、ウクライナの斬進反復攻撃奏功
米軍のHIMARS(9月26日ラトビアで撮影、米陸軍のサイトより)
ロシア軍(ロシア軍)が11月9日、「ヘルソンから軍を撤退させる」と発表し、その後撤退した。
【本記事の図】ドニエプル川~クリミア半島に至るロシア軍防御戦闘イメージ
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ロシア軍の撤退は信用できないと発言した。「ウクライナ軍を罠にはめて破壊する準備をしている」と疑ったからだ。 ロシア軍が撤退したとき、ウクライナ軍は、ロシア軍を追撃しなかった。 私は、ロシア軍を追撃しなかった選択は正しかったと思っている。ロシア軍の撤退を追撃するというせっかくのチャンスを逃してしまったとは思わない。 また、ロシア軍が計画通りに混乱することもなく撤退したとも思わない。 結果的に、ウクライナ軍が追撃しなかったので、その時の戦闘の結果がどのようになったのかは、今となっては分からない。 ウクライナ軍が追撃しなかったのは、ロシア軍の地上軍の配備情報などから、追撃すれば火力ポケットに誘導され、大きな被害を受ける危険があったと認識していたからだろう。 ドニエプル川を使ってウクライナ軍の戦力を分離させようとするロシア軍の軍事作戦に引っかからなかったということだ。 図1 ドニエプル川~クリミア半島に至るロシア軍防御戦闘イメージ (図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイト=https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72894でお読みください) 参考:『ロシア軍のヘルソン撤退で天王山迎えるウクライナ戦争』JBpress(2022年11月14日、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/7269) では、ロシア軍はドニエプル川を障害として利用し、かつ2線の防御ラインで守り切るのか。 一方、ウクライナ軍は渡河し、ロシア軍の防御ラインを突破できるのか。 突破は、容易なのか困難なのか。クリミア奪還には、1年以上の時間がかかるのか。攻防はこの地で停止してしまうのか――。 ウクライナ南部では、これからどのような戦いが生起するのかについて、 (1)両軍のこれまでの地上戦の特色 (2)南部での、ロシア軍の地上戦 (3)ウクライナ軍のクリミア半島に至る地上戦 (4)ウクライナ軍のクリミア半島奪還戦 (5)ウクライナ軍によるクリミア半島奪還の可能性について考察する。 この際、両軍のこれまでとこれからの地上戦との違いに焦点を当てて分析する
■ 1.これまでの両軍地上戦の特色 両軍のこれまでの地上戦を戦略ではなく、戦術的な特色をもとに整理する。 なぜ整理するのかというと、地上戦の戦い方が変化していること、この変化を見ることが、今後の戦いを予想するために必要だからだ。 侵攻当初は、ウクライナ軍の防御準備が十分にできていなかった。つまり、周到に準備した陣地ができていないところに、ロシア軍が攻撃してきた戦いであった。 兵器の種類はほぼ同じで、相対的な戦闘力の差が、局地的な戦場では勝負を決定づけた。その結果、兵器の数が圧倒的に多いロシア軍が勝利した。 図2 侵攻当初の地上戦闘(イメージ) 次に、ウクライナ軍へ米欧から供与された「ジャベリン」などの対戦車ミサイルや精密誘導の自爆型無人機が投入され、ロシア軍の戦車・装甲車を破壊した。 戦車などの相対戦闘力の差を挽回した。 とはいえ、この時期、ロシア軍の長射程の火砲(榴弾砲)を破壊することができなかったために、その火砲の射撃によって、ウクライナ軍戦闘員の損害が大きかった。 そのため効果的な戦闘ができなかった。 図3 ウクライナ軍の対戦車戦闘とロシア軍火砲の射撃(イメージ) 次に、ウクライナ軍に精密誘導長射程誘導のロケット砲弾が供与されると、多くのロシア軍の火砲や弾薬庫が破壊された。 ウクライナ軍の火砲がロシア軍の火砲よりも射程がはるかに長いために、前線から遠く離れたところに位置するロシア軍の火砲、弾薬庫、指揮所に命中させることができたのだ。 一方、ロシア軍の火砲では、ウクライナ軍の火砲に命中させることができてはいなかった。 図4 ウクライナ軍の対砲兵戦がロシア軍火砲を破壊(イメージ) これらのことから、ロシア軍の火砲・弾薬が減り、指揮活動も混乱した。この結果が、ハルキウ~イジュームおよびヘルソンの奪還につながった。 これらの戦いでは、ロシア軍の防御は壕を掘り陣地を構築して戦うというものではなかった。ロシア地上軍は混乱して後退したのだ。 この時期までは、防御陣地を構築して防御線を絶対に守り抜くという戦いがあったのは、ウクライナ軍の東部ルハンスク・ドネツク州の防御陣地だけだったようだ
■ 2.南部におけるロシア軍の地上戦の予想 ロシア軍は、都市ヘルソンを撤退する前からドニエプル川とクリミア半島の付け根に至る地域で周到な防御準備を行っていた。 概ね、図1の第1と第2の防御ラインの位置であると考えられる。 周到な防御準備とは、陣地と障害を設置することだ。 この防御陣地は、敵の砲弾から攻撃を受けても直接命中しないかぎりは破壊されないように壕を掘り、その中に戦車・対戦車砲・火砲・兵員を配置する。 そして、敵戦車などが前進してくるところに、射撃ができるように準備することだ。 また、敵戦車などを止めるために、対戦車・対人用の地雷を設置する。 図5 ロシア軍地上部隊の各種壕と指揮所(イメージ) このような防御陣地が構築されると、戦車や装甲車で、その陣地を突破することが難しくなる。 ロシア軍は、ウクライナ軍部隊をクリミア半島に突入させないために、多種多様で数多くの壕を掘っている。 劣勢になりつつあるロシア軍地上部隊は、東部から南部にかけて、防御陣地を構築しているのだ。 個別の壕は、土木機材で壕を掘り、その上に丸太や鉄板を乗せ、さらに、土を乗せ、盛り土を造る。 旧日本陸軍や陸上自衛隊は、根に土が付いた草をその土に植え込む(偽装)。その理由は、壕の上の植生を回りと同じにして壕の形を上空から発見されないためだ。 このことは、一見大したことではないようだが、HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System=高機動ロケット砲システム)や無人偵察機が使用されるようになってからは極めて重要になってきた。 壕が発見されれば、そこにHIMARSが飛んで来て命中するからだ。発見されれば、その中にある兵器は破壊され、兵士は殺傷される。 ロシア軍では最近、緊急に招集された兵士が壕を掘っている。ロシア地上軍は、もともときめ細かな壕を構築するような軍ではない。 それも招集された兵が掘る壕では、容易に発見されるだろう。各種写真を見てみても、壕の位置が鮮明に分かる。 このように、壕を掘って周到な防御陣地を構築しているロシア軍に対するこれからの地上戦では、壕の位置が発見されるか、されないかが重要なポイントになる
■ 3.クリミア半島に至る地上戦の予想 ウクライナ軍は今、都市ヘルソンを奪還し、この地で攻撃準備を行っている。 同時に、ロシア軍が設置した防御陣地の各種の壕の位置を一つひとつ調べている。米国の偵察衛星、ドローンおよび通信標定部隊*1 を使って確認していると考えられる。 *1=通信標定については、『ウクライナはかつての敵にあらず、ロシアの大誤算は電子戦』JBpress(2022年9月7日、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71707)を参照 前述したように、林や建物の中ではなく、草地の壕ではその上に植生を丁寧に埋め込んでいなければ、位置を発見されてしまう。 ウクライナ軍は、ロシア軍の壕をコンピューターの作戦図に一つひとつ書き込んでいる。 壕は近くに着弾しても効果はなく、ロケットや砲弾が直接命中しなければ破壊できない。 ロシア軍の砲弾は、ウクライナ軍の壕に命中させられないが、ウクライナ軍のHIMARSや誘導砲弾はロシア軍の壕を一つひとつ破壊できる。 図6 HIMARSなどの射撃によるロシア軍壕の破壊(イメージ) ウクライナ軍には、供与されたHIMARSが34門(1門6発)、誘導砲弾を発射できる火砲が多数(門数不明)ある。 ヘルソン正面に約3分の1配分されたとして、11門×6発×3回射撃/日を発射すると、約200発発射できる。 誘導砲の数を10門として、それぞれが20発/日に発射すれば、200発発射できる。 10日間で4000発、20日で8000発を発射できる。そのうちの3分の2が壕に命中すれば、5000個以上の壕が破壊されることになる。 ロシア軍は、この攻撃の恐怖に耐えられるだろうか。 ロシア軍の壕が狙われるかどうかは、発見されるかどうかだ。もし、自分が壕の中にいて狙われて、この上から砲弾が落ちてくることを考えれば恐怖そのものでしかない。 兵士が壕に入っていると、隣の壕のことや同じ部隊の壕とは連絡が取れない。部隊長からの指示があるだけだ。 その有線通信が途絶えれば孤立する。 近くの壕が破壊され通信が途絶えれば、兵士は恐怖で防御陣地を離脱する。そうなれば、部隊は敗走して防御は瓦解する。 ロシア軍は、ウクライナ軍のHIMARSなどに対して、戦闘機や武装ヘリで攻撃して破壊したいだろう。 だが、戦闘機などは現在、ウクライナ軍の防空兵器を恐れ、ほとんど対地支援を行っていない。 ロシア軍の戦闘機が飛行している映像はほとんどない。また、飛行していないので撃墜もされていない。 ウクライナ政府要人が「12月にクリミアに入れれば夢のようだ」と発言している。 ウクライナ軍がHIMARSなどでロシア軍の壕を破壊していけば、現実として守備しているロシア軍が逃走すると考えているのではなかろうか。 ウクライナ軍は、10~20日間は、前述の攻撃を実施するだろう。これで、ロシア軍に大きな被害が出る。 ロシア軍は、その陣地に留まって自滅するか、あるいは陣地を放棄して離脱する決断を迫られる。 この時、ロシア軍が陣地を放棄する前に、化学兵器あるいは汚い爆弾を使う可能性が高まる
■ 4.クリミア半島奪還の戦術 ロシア軍が、現在のドニエプル川から南部の陣地を放棄する場合、ザポリージャ州の方向に、あるいはクリミア半島方向に後退する。 ロシア軍の主力部隊がクリミア半島方向に後退すれば、再び長期間の戦闘が生起することになる。 ロシア軍が陣地を放棄して、次の陣地に入り防御することを繰り返せば、同時にウクライナ軍も消耗する。だから、できれば早期にクリミア半島を奪還したいはずだ。 ウクライナ軍は、HIMARSなどでロシア軍陣地を破壊していくが、ロシア軍が後退すれば追撃を行う。特に、クリミア半島方面には重点的に追撃を行うだろう。 ウクライナ軍は、これらの行動と同時にクリミア半島への攻撃を行う。 当初の攻撃は、自爆型無人機と無人船を使ってクリミア半島の海軍・空軍基地を破壊し続ける。 さらに、ドニエプル川南部への攻撃と同時に、クリミア半島への攻撃も頻繁に行うであろう。 ロシア軍の反撃が鈍くなれば、ドニエプル川を渡河して攻撃する部隊と連携して、クリミア半島には、空挺・ヘリボーン攻撃も予想される。 さらに、小型の民船を使った上陸攻撃もある。 この攻撃は、ドニエプル川を渡河した地上部隊の攻撃と連携しなければ、孤立し、撃破される可能性があるので、地上部隊との連携が重視される。 図7 ウクライナ軍の空挺・ヘリボーン作戦(イメージ) この攻撃には失敗の危険性があるが、成功すれば短期間でクリミア半島を奪還できる。ウクライナ軍の実行の決断の判断は、輸送機・輸送ヘリが十分にあるかどうかだ。
■ 5.現実となりつつあるクリミア半島奪還 ウクライナ軍は、クリミア半島の奪還を目指して準備している。 ロシア軍の防御陣地を十分に叩いて破壊していけば、ドニエプル川を渡河できる。そして、攻撃前進とロシア軍陣地の破壊を繰り返せば、クリミア半島に突入できる。 ウクライナ軍の攻撃は現在、損失を防ぐために、無謀な攻撃を行っていない。 ウクライナ軍はロシア軍の陣地を破壊し、防御が崩壊し離脱をすれば前進する。これを繰り返している。 この方法は、米軍の常用戦法だ。私が幹部候補生の時に学んだことと同じだ。 命を懸けて突撃する戦い方では、損害を多く出すことになる。敵軍を砲弾で叩いて破壊して、その後に前進するのが、現代戦の戦い方だと学んだ。 今のウクライナ軍の攻撃はまさにこの方法だ。 ウクライナでの戦いでは、欧米から供与された精密誘導ロケットや砲弾、さらに自爆型無人機が、この戦い方を可能にしている。 ウクライナ軍が、この方法で戦いを進めて行けば、12月中にクリミア半島に入る、あるいは、奪還に成功していることは、十分にあり得る。
西村 金一
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