「火星旅行の拠点」に生まれ変わった過疎地域を訪ねて

イーロン・マスクが“開拓”した「地球最後の村」ボカチカへようこそ 

スペースX社の開発中のロケット「スターシップ」。米テキサス州ブランズビル近郊のボカチカにて撮影Photo by Loren Elliott/Getty Images

スペースX社の開発中のロケット「スターシップ」。米テキサス州ブランズビル近郊のボカチカにて撮影
Photo by Loren Elliott/Getty Images

 

 

 

レクスプレス(フランス)

レクスプレス(フランス)

 

 

Text by Emmanuel Botta & Béatrice Mathieu

 

 

メキシコ国境に近い米テキサス州南端の村「ボカチカ」は、かつては忘れられた過疎地域だった。ところが10年ほど前にイーロン・マスク率いる宇宙開発スタートアップ「スペースX」社が進出すると、「火星に旅立つ前に訪れる最後の村」として、その周辺の様相は一変する。大富豪のアメリカン・ドリームに翻弄される、小さな海辺の村の混乱を仏誌が追った

 

 

 

 

「忘れられた村」が宇宙への「夢の拠点」に


乳白色の雲が広がる空の下、一本のアスファルト道が起伏しながら何キロも続いていた。遠くの地表付近は陽炎で揺れ、強い日差しのせいでアスファルトが溶け出しそうだった。

灼熱の空気が重くのしかかり、時間もゆっくりと流れる。すると突然、目の前に砂浜が現われた。この黄金色の砂の浜辺が、テキサス州最南端のリオ・グランデ川の河口まで長く続くのだ。

ここがメキシコとの国境に近いボカチカの村である

 

 

 

エキゾチックなのは名前だけで、この地には高級ホテルも流行のバーもない。巨大クルーザーが泊まるマリーナもなく、あちこち行き来する観光客のためのレストランの類もない。左を見れば、道の向こうに潟湖が遠くまで広がり、近隣のリゾート地サウスパドレ島のホテル群が水平線に林立して見える。その様子は、小さなマッチ棒がセロテープで貼りつけられているかのようだった。

内陸側を見れば、サボテンとユッカの茂みにコヨーテやガラガラヘビが潜む。ここは人を寄せ付けない「荒地」だ。

長い間、この忘れられた地を知るのは地元の住民だけだった。彼らは昔から週末になると小型トラックでビーチにやって来て、家族でピクニックを楽しみ、魚の多いメキシコ湾の澄んだ海に大きな釣竿を投げるのだ。住民にとってこの浜辺は、自由を感じられる最後の土地だった。ここでキャンプする様子は、かつての開拓者たちの姿を思い起こさせた。

だが、それもいまは昔の話だ。世界一の富豪イーロン・マスクが、ここボカチカを他の惑星へと旅立つ「夢の拠点」にしたからだ。マスクは、この地でアメリカン・ドリームを追い続け、人類の未来を描こうとしていると言っても過言ではない

 

 

 

「怪物のようなロケット」を見に行く


歴史の皮肉というべきなのは、ここが南北戦争の最後の戦闘の地であり、そのときに流れた血によってアメリカが真の意味で誕生したということだろう。1865年6月、南部連合の大隊がここで最後の攻撃を試み、メキシコまで数キロのこの地で百人ほどの兵士の命が散った

 

 

 

イーロン・マスクがやってくることになると、そういった過去の話も薄れゆき、手つかずの自然もテクノロジーの前に屈することになる。

2014年以後、かつてのボカチカは少しずつ忘れ去られ、その代わりに出現したのがスペースXの開発施設「スターベース」であり、そこで「スターシップ」という世界最大のロケットの建設と打ち上げがおこなわれる。

 

 

イーロン・マスクが

「ビッグ・ファッキング・ロケット(BFR)」

と呼ぶスターシップは

 

全長120メートルで、

 

100トンの物資を運搬できる

 

怪物のようなロケットだ

 

 

 

実用化すればそれ以前のロケットが、石器時代の代物に思えてしまうとも言われる。マスクの誇大妄想に見合った壮大な事業と言っていい。スターシップが開発されたのは、環境汚染と第三次世界大戦の脅威が深刻な地球から人類を火星に送り込むためなのだから。イーロン・マスクという先見性のある辣腕実業家は、ここボカチカではニューエイジの教祖のような存在になった。

スターベース見物をするなら昼の終わりに到着するのがいい。この時間帯だと、日の光で物の形がくっきり浮かび上がるのだ。「警備が厳重な工業施設」からは、数光年ほどかけ離れている場所に見える。見物人は、ロケットまで数十メートルのところまで近づける。「伝説」を残すためなのか、毎日、数十人ほどの見物人がここまでやってくる。子連れの人もいれば、写真を自撮りしてここに来た永遠の証拠にする人もいる

 

 

 

 

レメディオス通り沿いには、小さな柵の向こう側に機械の数々が無造作に並べられており、見物人はそれを自由に見ることができる。警備員はいないが、好奇心が強くて積極的すぎる人にはスモークガラスの小型トラックから注意の声が飛んでくる。スペースXは、私たちが用意した取材の質問に答えず、施設の扉も開けてくれなかった。

まあ、すべてが屋外に置いてあるのも同然だから、別によかったのだが

 

 

 

 

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スペースXに住む場所を奪われた住民の嘆き

自宅前でイーロン・マスクがロケットを造りはじめて、私は家を失った

米テキサス州ボカチカから、スペースX社の宇宙ロケット「スターシップ」を望むPhoto by Loren Elliott/Getty Images

米テキサス州ボカチカから、スペースX社の宇宙ロケット「スターシップ」を望む
Photo by Loren Elliott/Getty Images

 

 

 

イーロン・マスクはなぜ、無名の小さな村である米テキサス州ボカチカにロケット開発の拠点を置いたのか。仏誌が企業誘致の内幕と、家を追われた住民たちの声を取材した

 

 

 

 

スペースX社の宇宙ロケット、スターシップの開発現場を見物していてまず目に飛び込んだのは、ロケットの下の部分に当たる「スーパー・ヘヴィ」というブースターだ。

全長69メートル、直径9メートルの円筒形で、液体酸素と液体メタンの混合物を燃料とし、33基のエンジンが備わる。そのブースターの隣には、ロケットの上の部分に当たるスターシップの試験機3機が先端を空に向けて鎮座していた。ここに物資が搭載され、宇宙飛行士も収容される。

ロケットの周囲の地面には鉄パイプや電気ケーブルが雑然と置かれ、プレハブ小屋も並ぶ。ハイテクのラボや白い服の研究者を想像していた人は期待を裏切られるだろう。何ヘクタールにもわたって広がるのは、このゴチャゴチャした作業現場なのだ

 

 

 

 

 

少し離れたところに二つの巨大格納庫があり、そこがそれぞれブースターとスターシップの組み立て施設になっている。建物の間の人工芝にはエアストリームのアルミボディのキャンピングトレーラーが50台ほどある。これは現場の労働者や、スペースX関係者のためのものだ。

レメディオス通りをさらに進むとボカチカ村に到着だ。村といっても、庭の植物が暑さで枯れてしまった小さなレンガ造りの家が30軒ほどあるだけ。大半の家はスペースXがすでに買い上げていて白とグレーに塗り直された。それ以外の家は放置され、干からびてしまいそうな状態だった。

その奥に広がる浜辺にロケットの発射台が設置されている。スターシップの最初の軌道飛行試験の瞬間を辛抱強く待っているのだ。米国の連邦航空局(FAA)が、一連の爆発事故を起こしたスペースXに対し、試験再開を許可したのが2022年6月後半。この決定にスペースXは、ほっと一息をついた

 

 

 

 

無数のトラックの往来が本格的に再開し、周囲に響くのは波の音ではなく、従業員の交代を告げる合図のけたたましい音になった。それは昼も夜も変わらない。ここボカチカは眠らない街だ

 

 

 

 

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「イーロン・マスクの恩恵」に与れない地元住民

住民の4分の1が「貧困線以下」の町でスペースXの“宇宙特需”が発生…新たな格差の火種に

イーロン・マスクが発表した人類火星移住構想によって、米テキサス州の小さな村に分断が生じているPhoto: Robert Daemmrich Photography Inc/Corbis via Getty Images

イーロン・マスクが発表した人類火星移住構想によって、米テキサス州の小さな村に分断が生じている
Photo: Robert Daemmrich Photography Inc/Corbis via Getty Images

 

 

 

 

スペースX社のロケット開発・製造施設があるのは、アメリカのなかでも貧しく、教育レベルが低いテキサス州南端の地域だ。地元行政は企業誘致の恩恵を強調するが、イーロン・マスクがもたらした富は地元住民まで届かない。それどころか、「スペースXにたてつくな」と圧力を受け、近場のビーチで過ごすささやかな癒しの時間まで失いつつある

 

 

 

 

「行政の建前」に違和感


スペースX社のロケット開発現場から約30キロ行くと、ブラウンズビル市の入り口を示す大きな看板がある。そこには星空の下に屹立するスターシップの写真とともに「ブラウンズビル 遥か彼方へ」と書かれている。

人口約20万人のこの町は、スペースXの来訪を「天からの恵み」として受け止めてきた。

ブラウンズビルの住民は、全米のなかでも若くて貧しい。平均年齢は29歳。貧困線以下の世帯が全体の約25%を占め、テキサス州の13.4%を上回る。所得の中央値も全米平均より36%ほど低い

 

 

 

学歴も全米で最低水準だ。住民の4分の3が肥満で、糖尿病を患う子供も多い。ブラウンズビルは、トランプ前大統領が建てた壁とリオ・グランデ川で二分されていて、橋を渡ったメキシコ側の町は麻薬カルテルが力を持ち、彼らの気分次第で国境が閉ざされ、大型トラックが立ち往生することもある。

「この町のアメリカ側には、産業がほとんどありません。港湾の仕事か、綿や野菜や穀物を育てる農業で生計を立てる人ばかりです」

こう語るパット・ホッブスは、この地域の職業安定所といっていい「ワークフォース・ソリューションズ」の所長だ

 

 

 

町の中心部には、1930年代前半に建てられた壮麗な建物がある。かつては郵便局だったこの建物のなかで40代のヘレン・ラミレスは自信満々に取材に応じた。ラミレスは経済開発を担う市政担当官として地元で頭角を現しつつある人物だ。

顔つきは真剣で、髪は丁寧に後ろに流していて、ビジネスが自分の仕事だと心得ているかのようだった。ラミレスはこれまで何度も繰り返してきたに違いないプレゼンを始めた。

 

 

 

 

 

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9min2022.9.25

先住民はこの“大異変”を予言していた

イーロン・マスクのツイートがアメリカの貧困地域を「次のシリコンバレー」に変える

テキサス州ボカチカでロケット発射施設の着工式に出席するイーロン・マスク(左から3番目)。2014年9月撮影Photo: Robert Daemmrich Photography Inc/Corbis via Getty Images

テキサス州ボカチカでロケット発射施設の着工式に出席するイーロン・マスク(左から3番目)。2014年9月撮影
Photo: Robert Daemmrich Photography Inc/Corbis via Getty Images

 

 

 

スペースX社の開発拠点の近郊にある都市ブラウンズビルには、成功を夢見る起業家や投資家、ユーチューバーなどが集まりはじめた。その一方、環境破壊を恐れる活動家や先住民は変わりゆく地元を危惧している

 

 

 

 

「選ばれし町」に集う人たち


「まったく異なる二つの世界」が一つの町に存在するのが、このブラウンズビルの特徴だ。

貧しい人たちが不安や苦い挫折感とともに生活する一方で、豊かな人たちは地球外の惑星に行くことを夢見て、それに付随する成功のチャンスを手にしようとしていると言えばいいだろうか。

2022年6月22日には、宇宙に関する大規模なシンポジウムが市役所によって開催され、この郡の名士や起業家、投資家が集まり、名刺を交換し合い、ちょっとした冗談を言い合ったりした

 

 

 

 

集まった人の誰もが確信しているのは、イーロン・マスクがここにスターベースを構えたことで、このアメリカ南端の町が「選ばれし町」になったということだ。フロリダ州にあるケープカナベラル宇宙軍施設よりも大きくて美しい基地が、米国史の一頁に刻まれるのは間違いないと言わんばかりなのだ。もっとも現時点では、その輝かしい夢の輪郭は曖昧なままだ。

ブラウンズビルの経済開発事業の一つ「ブラウンズビル自治体改善事業(BCIC)」によってインキュベータが作られ、将来的にはそこで60社のスタートアップの成長支援をする計画になっている。だが、現時点で集まったスタートアップは32社だけ。支援の具体的な内容も未定のままだ

 

 

 

 

 

 

BCICの代表コリ・ペーニャは、これから未曾有の冒険が始まると確信しているように見えた。ペーニャは支援予定のスタートアップについて説明してくれた。

「このインキュベータには宇宙関連のスタートアップが集まる予定です。ボストンに本社がある月面地図作成が専門のルナー・ステーション社や、衛星を利用して工業施設からの化学製品の流出を検知する地元発の新興企業パーミティヴィティ社が参加しています。それ以外にも気候変動や食料に関連するスタートアップも集まっています」

 

 

 

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