死ぬために動員されるロシア新兵たち...「現場」は違法行為が溢れる無秩序状態に

 

ニューズウィーク日本版

<軍の人手不足を補うため部分動員に踏み切ったプーチンだが、秩序も装備も訓練も補給も失われ、新兵たちには「大砲の餌食」になる「消耗品」としての運命が待つ>【木村正人(国際ジャーナリスト)】

基地に出発するため、家族と別れを告げるロシア予備兵。彼を待つ運命は……(9月28日) REUTERS/Stringer

 

 

 

 

[ロンドン発]ウラジーミル・プーチン露大統領は30日、モスクワのクレムリンで上下両院議員らを前に演説し、占領するウクライナの東部ドネツク、ルハンスク、南部ザポリージャ、ヘルソン計4州(ウクライナ国土の約15%)の併合を宣言した。最大100万人を徴兵できる予備役動員を正当化し、エネルギー危機を悪化させ、米欧とウクライナを分断させる持久戦に持ち込む狙いがある。

 

 

 

  【動画】新兵たちが送り込まれる無秩序で過酷すぎる現場…兵舎はまるでリアル「イカゲーム」の世界 

 

 

 

 

ロシア国営通信社タス通信によると、4州で9月23~27日に行われたロシア編入を求める住民投票で「ドネツク人民共和国」は99.2%(投票率97.5%)、「ルハンスク人民共和国」は98.4%(同94.2%)、ザポリージャ州93.1%(同85.4%)、ヘルソン州87.1%(同78.9%)の支持を得た。投票結果を受け、各州の親露派はプーチン氏にロシアへの編入を要請した。 これに対し、ウクライナ側は「民意の捏造だ」と反発し、国連のアントニオ・グテーレス事務総長も「いわゆる『住民投票』は紛争中にウクライナの憲法や法律の枠組みの外で行われたもので、真の民意ではない。 武力の威嚇や行使により、他国の領土を併合することは国連憲章と国際法に違反する。危険なエスカレーションだ」と厳しく非難した。 プーチン氏はこの日の演説で「ドネツク、ルハンスク両人民共和国、ザポリージャ、ヘルソン両地域の数百万人の選択の背景には私たちに共通する運命と千年の歴史がある。人々は精神的な絆を子や孫に受け継いできた。彼らはロシアへの愛を貫き通した。この感覚は誰にも壊されない。ソ連最後の指導者はわが偉大な祖国を引き裂き、ソ連はなくなった」と語った。

 

 

 

 

 

 ■「部分動員」発表から大量のロシア人が国外脱出 

 

「過去は取り戻せない。文化、信仰、伝統、言語によって自分たちをロシアの一部と考え、何世紀にもわたって一つの国家で暮らしてきた祖先を持つ何百万人の決意ほど強いものはない。本当の歴史的な故郷に帰ろうという決意ほど強いものはない」。プーチン氏は4州を併合した後、キーウ政権にすべての敵対行為を停止し、交渉のテーブルに戻ることを求めた。 「特別軍事作戦に参加する兵士と将校、ドンバスとノヴォロシア(黒海北岸部)の兵士、部分動員令の後に愛国的義務を果たすため軍隊に参加し、心の叫びから自ら軍の登録と入隊のためやって来た人々に語りかけたい。彼らの両親や妻や子供たちに、誰が世界を戦争と危機に投げ込み、この悲劇から血まみれの利益を得ているのかと言いたい」(プーチン氏) クリミア半島とロシア本土を結ぶ「陸の回廊」が完成すれば戦略的な意義は大きい。しかしヘルソンでウクライナ軍に押し込まれているプーチン氏は政治的にこの戦争に勝利する道しか残されていない。4州をいったんロシアに併合してしまえば、領土割譲禁止を明記したロシア憲法に基づき、不人気な部分動員に関して領土防衛のためという大義名分が成り立つ。 プーチン氏は9月21日、国民向けビデオ演説で核兵器による威嚇を改めて行うとともに、予備役30万人の動員を表明した。英国防情報部は29日「プーチン氏が『部分動員』を発表してから1週間で招集を逃れようとするロシア人の国外脱出がかなりあった。2月にロシア軍が展開した部隊全体(推定約13万人)の規模を上回る可能性が高い」とツイートした。 「国外脱出組には裕福な人や高学歴の人が多く含まれる。動員される予備役と合わせると労働力の減少や『頭脳流出』加速による国内経済への影響は一段と大きい」(英国防情報部)。活動停止に追い込まれた露独立系メディア「ノーバヤ・ガゼータ」のジャーナリストによる「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」は部分動員で最大100万人の徴兵が可能だと伝える

 

 

 

「ボルシチに入れる肉にウジがわいた」

子供の多い父親や持病のある人、すでに招集年齢を過ぎている人が徴兵されたり、医師や他の高度な専門家がライフル部隊に入隊させられたり、動員現場は大混乱を極めている。プーチン氏自身、29日の安全保障会議で混乱を認めざるを得なかったほどだ。こうした「違法動員」は多くの地域で起こり、被害者家族の悲惨な体験は口コミで一気に拡散している。 米シンクタンク、戦争研究所(ISW)は「クレムリンはロシア国民を落ち着かせながら、戦い続けるために十分な人数を動員する困難な仕事に直面している」と指摘する。ウィリアム・バーンズ米CIA(中央情報局)長官は「目標の30万人が動員できても後方支援を確保できず、新しく動員された兵士に十分な訓練と装備を提供することもできない」と言う。 ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ紙によると、ロシアの最貧共和国の一つで、すでに300人近い戦死者を出したダゲスタンでは徴兵制廃止とウクライナに出兵している家族と連絡が取れるよう求める反戦集会が開かれた。抗議の意思表示として高速道路も封鎖された。部分動員とは言ってもダゲスタン共和国の小さな村にとっては「総動員」に等しい。 ■無益な攻勢のため死ぬ運命にある消耗品 英国の戦略研究の第一人者でイラク戦争の検証メンバーも務めた英キングス・カレッジ・ロンドンのローレンス・フリードマン名誉教授は最新の有料ブログで「『キャノン・フアダー(大砲の餌食)』は無益な攻勢や露出した陣地の防衛のために死ぬ運命にある消耗品としての新兵のことを言う」と書いている。 現在ではウクライナでの危険な戦いに駆り出される不幸なロシア兵を表現する言葉として使われる。プーチン氏が部分動員を発表するや否やツイッターに「#キャノン・フアダー」というハッシュタグが立った。動員の狙いは軍の慢性的な人手不足を解消することにある。しかしロシア軍は兵士を指導できる将校の大半を失ってしまったとフリードマン氏は指摘する。 「ナチスとの戦いでヨシフ・スターリンは『量は質をもたらす』と語った。しかし大砲を備えた防御陣地への量の攻撃は『大砲の餌』を作り出す。その一方で防御に使えばウクライナの反攻計画を複雑にし、ロシア軍がすでに十分に潜伏している地域の攻略を難しくする可能性がある。ロシア軍司令部はより多くの兵員を投入して時間を稼ごうとしているのだ」 バルト海を通ってロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム1、2」でガス漏れの発生が相次いでいる。エネルギー価格の高騰でイタリア総選挙ではかつてプーチン氏を称賛した右派3党の連合が勝利し、発足したばかりのトラス英政権がダッチロール状態に陥った。戦争が長引けば長引くほど欧州では厭戦気分が強くなるのは避けられない。

 

 

 

 

 

 ■「ボルシチに入れる肉にウジがわいた」

 

 しかしプーチン氏最大の応援団であるロシア国営放送の女性記者は動員がいかに無秩序に行われているかを伝え、1905年に黒海艦隊の戦艦ポチョムキンで起きた反乱に言及した。日露戦争の余波で起きたこの反乱はセルゲイ・エイゼンシュテイン監督の映画『戦艦ポチョムキン』(1925年公開)で描かれ、日本でも有名だ。 「ボルシチに入れる肉にウジがわいたと乗組員が抗議すると医者は食べても全く問題ないと言い放った。乗組員がスープの不味さを訴えたところ、艦長に撃たれた。艦長は海に投げ込まれ、乗組員は艦を乗っ取る。『腐った肉はもうたくさんだ』という叫びから反乱は始まった。小さな不満が大きな怒りと絶望を呼び起こすことがある」(フリードマン氏) 戦艦ポチョムキン・モーメント(瞬間)が来るのが早いか、欧州の厭戦気分ががまんの限界を超えるのが早いのか。厳しい冬を前にしたこの数週間が文字通り、勝負の分かれ目になる。結果を急いで無理に攻めれば、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領もプーチン氏と同じ轍を踏む恐れがある

 

 

 

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