ウクライナ軍がハルキウ奪還、戦史に残る「敵陣突破」が成功した理由

 

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ウクライナ・ハルキウ州イジュムで、破壊されたロシア軍戦車の横を走行するウクライナ軍車両(2022年9月24日、写真:ロイター/アフロ)

 

 

 

 

 

 (数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)  9月21日、ロシアのプーチン大統領部分動員を発表しました。その理由は、当然ロシアの兵力不足にあります。  ロシアは、発表されている30万人の動員ではなく、100万人を超える大規模動員により戦況を打開することを狙っていると見られ、すでに兵役経験者を中心に各地で動員が始まっています。  しかし、ウクライナはすでに次の手に着手している可能性があり、ロシアの動員は手遅れかもしれません。  以下では、今回の動員の背景と予想される戦争の展開について考察します。

 

 

 

 

 ■ ウクライナによるハルキウ攻勢、塹壕主体の防御陣地を突破  9月6日に開始されたウクライナ軍によるハルキウ反攻は、現時点ではまだ詳細が明らかではありませんが、戦史に残る突破、包囲戦術だったことは間違いありません。 ハルキウの位置  

 

 

 

(* 配信先のサイトで本記事中の地図が表示されない場合は、JBpressのサイトでご覧ください。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71992)

 

 

 

 

 作戦の初動は、ロシア軍がハルキウ東方に構築した第1次世界大戦時のような塹壕を主体とした防御陣地の突破でした。そのため、戦車を中心とした機甲部隊による攻撃だったとする見方もあります。しかし、私は別の方法だったのではないかと考えています。  確かに、塹壕主体の防御陣地を突破する際にはハルキウ方面にあった戦車を集中させたと思われますが、その後の機動は、タイヤを装備した装輪車が中心だったと思われます。戦車やBMP(旧ソ連が開発した歩兵戦闘車)のような無限軌道(履帯、クローラー、トラックベルト、キャタピラなど)を装備した装軌車の進撃としては、ウクライナ軍の機動は速すぎたのです。  ウクライナ軍が装備するT-72戦車でも、時速60kmを超える速度を出すことができます。しかし、装軌車両での機動の速度が低いのは、車両自体の最高速度とは別次元の話です。  装軌車両の機動、特にある程度速度を出した走行での長距離機動では、履帯を中心とした足回りのトラブルが不可避です。履帯が切れることもありますし、履帯が外れてしまうことは珍しくありません。  

 

 

 

2015年に行われた陸上自衛隊の総合火力演習でも、徹底的に整備されたはずの10式戦車の履帯が外れ、戦車回収車によって牽引できる状態になるまで長い時間を要しました。演習の状況が終了し、装備品展示の準備が始まっても、その場から動くことができませんでした。履帯を取り付け自力走行できる状態になるまでには、さらに長い時間が必要です。  

 

 

(参考動画)https://www.youtube.com/watch? v=4CzOonUdW1E  

 

 

 

 

そのため、訓練として戦車の耐久レースが行われたり、一般道を利用した長距離移動訓練などが実施されています

 

 

 

 

 

この際に重要なことは、発生するトラブルをいち早く解消することです。これができない場合、トラブルの発生した車両を残置し、部隊は先行することになりますが、一両だけ残された車両は、格好の獲物になります。ロシア軍の車両が、ウクライナ軍に多数鹵獲(ろかく)されているのには、こうしたことも関係しています。  これを避けるためには、トラブルの発生した車両を修復し、部隊として行動する必要がありますが、作戦に参加する車両が多ければ多いほど、停止する頻度が増え、部隊の速度が遅くなるのです。  タイヤを装備した装輪車両の場合、最高速度が装軌車両に比べて著しく速いということはありません。しかし、長距離機動におけるトラブルの発生確率には大きな差があります。結果として、部隊として機動した場合に速度が速くなるのです。  ただし、装輪車は大口径砲の反動を受け止めることが難しく、一般的に火力では装軌車に劣るという欠点があります。それを補っていたのは、航空戦力だったと思われます。その証拠に、ウクライナ軍がハルキウ東方で突破を図った際、ロシア軍は対処のために地対空ミサイルのS-300とブークを機動させ、対処していました。  Su-25のような有人機は、ウクライナ南部の戦場に投入されている可能性が高かったと思われます。そのため、ウクライナ軍がハルキウ方面に投入したのは、バイラクタルTB2などの攻撃型ドローン(UCAV)が中心だった可能性が大です。 ■ ウクライナ軍が実施した「シェーピングオペレーション」  それでも、一部から突破を図り、背後に回ることで包囲する戦術を実現することは、苦しい戦いを続けてきたウクライナ軍にとって困難だったはずです。

 作戦の進行中には、突破を図るウクライナ軍に対し、左右のロシア軍が圧力をかけることで、逆にロシア軍がウクライナ軍を包囲殲滅すると見ている親ロ派の方もいました。しかし、実際にはロシア軍には、この逆包囲を行う能力はありませんでした。  下は、戦争研究所(ISW)においてマップ作成を行っているバロス氏のツイートです。  Animated GIF showing progress of the Ukrainian counteroffensive in Kharkiv Oblast over the past 5 days for @TheStudyofWar. With the reported capture of Velykyi Burluk Ukrainian forces in Kharkiv are now 25 kilometers from the international border. https://t.co/z1pFd1B9fK pic.twitter.com/IUqwUjunca ― George Barros (@georgewbarros) September 10, 2022 ウクライナ軍による敵陣突破からロシア軍の背後に展開し包囲する作戦を可能としたのが、「シェーピングオペレーション」でした。  8月後半、ウクライナは南部で攻勢を強めていました。同月29日、CNNは、アメリカ政府高官の話として、この作戦がシェーピングオペレーションであると報じています。  シェーピングオペレーションとは、本格的な攻撃前に実施される軍事行動で、指揮統制、弾薬庫などの敵への攻撃だけでなく、地形を変えたり、第三者に働きかけることにより、計画された進攻に備え戦場を形作る(shaping)ものです。  このCNN報道がなされた時点では、南部でのさらなる攻撃を実施するため、準備攻撃を行っていることを示すものだと理解されていました。しかし、実際にはハルキウ方面での反攻を実施するものだったようです。  8月に入ってから、ウクライナ側は、政府高官が盛んに南部での反攻に言及する他、実際に戦車を含む機甲戦力を南部に移動させました。こうした大きな戦力の移動は、衛星でも確認できますし、ウクライナ領内にまだ多数いると思われるロシア側スパイの報告によっても、ロシア軍の知るところとなります。  そして、その対応としてロシア軍も戦力を東部から南部に移動させました。転用された戦力の中心は、ウクライナ軍機甲部隊に対応するためのロシア軍機甲部隊だったようです

 

 

 

 

 

 

これにより、ハルキウ方面のロシア軍から機甲戦力が消え、ウクライナ軍がハルキウ攻勢を実施するための形作り(シェーピングオペレーション)が行われたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ハルキウ方面からロシア軍の戦車を引き抜く  このシェーピングフォームには、3つの意味がありました。  第1として、ハルキウ方面のロシア軍から戦車を中心とした機甲戦力が引き抜かれたため、攻撃力の不足する装輪車両を中心とした攻勢でもウクライナ軍が優勢を確保できる戦力バランスが形作られたことです。  第2は、突破を図ったウクライナ軍を包囲しようとするかもしれない両翼のロシア軍から、包囲するために必要な機動力を失わせたことです。  塹壕を利用した歩兵中心の防御陣地は、非常に高い防御力を持ちます。しかし、塹壕から飛び出して移動することは困難ですし、移動できたとしても、その場合には塹壕による防御力はありません。結果として、突破したウクライナ軍を包囲殲滅することができなかったのです。  第3は、戦車が引き抜かれ、残った車両がBMPなどの防御力の劣る車両となったため、UCAVによる不十分な攻撃力でも、ロシア軍車両を破壊できるようになったことです。  ウクライナ軍のバイラクタルTB2による初の戦車撃破は9月3日に確認されました。それまでは、より高価値な目標を狙っていたこともありますが、TB2が搭載するMAM(小型精密誘導爆弾)では、戦車の強固な防御力に対して必ずしも有効ではなかったことから、戦車はあまり狙われていなかった、あるいは攻撃したものの撃破に至らなかった可能性があります。  ウクライナ軍は、南部での圧力を増大させることによって、ロシア軍にハルキウ方面の戦車を南部に機動させ、ハルキウ攻勢を成功させるための形を作った(シェービングオペレーション)のです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 主導権はウクライナ軍側に  主動を確保することは、戦争において極めて重要なことです。このハルキウ攻勢により、もはや戦争の主導権がウクライナ軍側にあることが明らかになりました。  2月24日にロシアによる侵攻が始まって以降、戦力に劣るウクライナ軍は、ロシア軍の意図した攻勢に対して、その都度、対応をしてきました。これは、主動ではなく受動的な対応です。戦力不足から、どこを攻めるという主動的な選択ができなかったためです。  このハルキウ攻勢は、南部でシェーピングオペレーションを実施してロシア軍に受動的対応をさせた上、ハルキウ方面で、その受動的対応さえ不可能な主動的作戦を実施したことになります。  さらに、ハルキウ攻勢により、ロシア軍は大量の装備を損失しました。損傷車両を修理するための集積場だったと思われる複数の場所で、修理中の多数の車両が放置されていました。これらは、ウクライナ軍によって鹵獲され、ウクライナ軍装備となるでしょう。ウクライナ軍にも損失があったと思われますが、明らかにロシア軍の方に多量の出血を強要しました。これにより、さらに戦力バランスはウクライナ軍に傾いたことになり、ロシアに主動的作戦を実施する能力を失わせました。  プーチン大統領が発令した部分動員は、この戦力バランスを再びロシア軍に傾かせることを意図したものと言えるでしょう。30万人の動員では不十分だと思います。しかし、100万人のロシア兵がウクライナの地に押し寄せれば、戦力バランスはロシア軍側に傾くかもしれません。

 

 

 

 

 ■ 今後の展開~ヘルソン奪還の可能性  しかし、それは間に合わないかもしれません。もちろん、動員しただけでは戦場に投入できないため訓練が必要ということもありますが、それだけではありません。  上で述べたように、主導権はすでにウクライナ軍側にあります。動員された戦力が到着しないかぎり、ロシア軍が新たな攻勢作戦を行うことはできないでしょう。その間に、主導権を持つウクライナ軍は、ウクライナ軍にとって望ましい作戦を発動することができます

 

 

 

 

 

 

その作戦がどのようなものなのかは、当然現段階ではわかりません。ですが、可能性を示すことは可能です。  可能性の1つは、ヘルソンの奪還です。ヘルソンはウクライナの南部ヘルソン州の重要都市であり、ウクライナを南北に貫く大河ドニエプル川の西岸にあります。現在、ロシア軍がドニエプル川西岸に確保している占領地は、このヘルソン周辺だけです。 ヘルソンの位置  ウクライナ軍はドニエプル川にかかる橋や浮橋を定期的に攻撃し、ヘルソンを占拠するロシア軍の補給を阻害しています。それでも、まだ多数のロシア兵がヘルソンを防衛していると見られ、奪還は容易ではないと思われます。しかし、もしウクライナがヘルソンを奪還すれば、ヘルソン方面は、橋を落としたドニエプル川が障害となるため、ロシア軍は、砲撃は可能かもしれませんが、再侵攻することはまず無理になります。  そして、ヘルソンを奪還すれば、ウクライナ軍はヘルソンを包囲している戦力を、ドンバスやルハンシク、あるいはマリウポリやメリトポリなどに振り向けることができるようになります。  ロシア軍が動員による戦力増強を図る前に、ウクライナ軍がヘルソン方面の戦力を転用した他方面では、双方の戦力バランスはさらにウクライナ軍側に傾くことになるのです。  これは、あくまで可能性の1つですが、9月26日現在、ウクライナ軍はザポリージャから南部のトクマク方面の圧力を強めているようです。これは、ヘルソン奪還を図るためのシェーピングオペレーションかもしれません。

数多 久遠

 

 

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