窃盗や暴力被害増える米小売店、高まる「武装警備」ニーズ
4月のある土曜の晩、マンハッタンのアッパーイーストサイドにあるスーパーマーケット「グリステデス」に強盗団が押し入り、従業員2人を銃で脅して結束バンドで縛ったあと、数千ドル分の商品を盗んで逃走した。グリステデスでは最近、この店に限らず窃盗被害が相次いでおり、食肉やアイスクリームから洗濯用洗剤、ボディーソープまで、さまざまな商品が毎週のように陳列棚から盗まれている。 そこでオーナーのジョン・キャツィマティディスは警備体制の強化を決め、警官出身の屈強な警備員を雇い、銃を携行させてグリステデスと同じくスーパーの「ダゴスティーノ」の計30店舗に常駐させることにした。そのためのコストは自身が負担するか、商品の値上げによって客側に転嫁するという。 「店舗が狙われやすい時期になっているんです」とキャツィマティディスはフォーブスの取材に語り、こう続ける。「うちの店で盗みを働いたり、うちの従業員に手を出したりすればただでは済まないと知らしめたい。盗みたいならどこかほかへ行けとね」 学校など公共の場に武装した警備員を配置することの是非をめぐって全米で議論が加熱するなか、国内各地の小売店はすでに武装警備の強化に乗り出している。米国の多くの大手小売業者やショッピングモールを顧客にもつ警備大手のアライド・ユニバーサルによると、スーパーに派遣する武装警備員の需要は昨年7月以降108%急増している。 同社のスティーブ・ジョーンズ最高経営責任者(CEO)は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が起きてから、小売店が直面する「課題や警備には「顕著な変化」が生じていると説明する。そのため「各店とも警備姿勢の見直しを余儀なくされ、警備の層を厚くせざるを得なくなっている」という。 どういうことか。パンデミックの発生後、小売店はマスクの着用義務や対人距離の確保に関するルール、サプライチェーン(供給網)の混乱など新たな課題に対処しなくてはいけなくなった。
だが、店舗を訪れる客のなかにはこうした措置や状況にいら立つ人もいて、従業員との衝突につながるケースもある。実際、客にマスクの着用を求めた店舗スタッフが腕を骨折したという例もある。
一方、プロの窃盗団が店舗のガラスを破って押し入り、相当額の商品を奪って逃げる事件も増えている。
業界団体の小売業経営者協会(RILA)とバイ・セーフ・アメリカ連合によると、昨年、店舗を標的とした組織犯罪が増えたと回答した小売業者は全体の7割近くにのぼった。窃盗の年間被害総額は690億ドル(約10兆円)に達するという。盗品は多くの場合、オンラインで転売されている
小売店による武装警備の強化
こうした状況に、小売店側は武装警備の強化で対応しようとしている。 アイオワ州を中心に285店舗を展開するスーパーチェーン「ハイビー」は昨年12月、武装警備員を増やすことを明らかにした。同社が公開した説明動画には、黒い制服を着て、銃や手錠、催涙スプレーなどを携行した警備員が店内を巡回する様子が映っている。ハイビーによれば、特定の事件をきっかけとした措置ではなく、全米で小売店での窃盗が増加している状況を受けた対応だという。 別のスーパーチェーン「ショップライト」は、パンデミックの初期に外出制限などに備えて買いだめする客が押し寄せたため、一部の店舗で武装警備員を増やした。警備員は入り口に常駐し、店内の巡回などにもあたった。 店舗の現場で働く従業員からも、警備体制の強化を訴える声が上がり始めている。たとえばコロラド州では、労働組合員らがスーパーの「アルバートソンズ」と「クローガー」の店舗に武装警備員を置くよう働きかけている。また、一部のスターバックスの店舗でも従業員側が警備員の配置を求めている。 一般に店舗スタッフは、身の安全のため窃盗犯らに直接立ち向かわないよう指示されている。ただ、家電量販大手ベストバイのコリー・バリー最高経営責任者(CEO)は昨年、店舗での盗難の増加は従業員の採用や維持も難しくしかねないと懸念を示している。 警備会社には依頼が殺到しているもようだ。UFIセキュリティーで販売・マーケティング部門を統括するショーン・ミーアンによると、警備強化に関する小売店側からの問い合わせは過去1年に50%強増えたという。 ただ、武装警備員は免許を取得する必要があり、軍や警察での勤務経験も求められることから、給与は高くなる傾向にある。折からの労働力不足も重なり、こうした警備員への需要を満たすのはさらに難しくなっており、警備会社側は賃金の引き上げやボーナスの提示などによる人材誘致に躍起になっている。
Lauren Debter