統一教会「霊感商法事件」捜査の深すぎる闇 司直の手はなぜ教団本体に届かなかったのか
印鑑販売会社「新世」の霊感商法事件を受け、記者会見で頭を下げた徳野英治会長(当時)
統一教会(註)が日本で巨額の資金を調達していることに、改めて大きな注目が集まっている。特に問題となっているのが、霊感商法だ。「あなたの不運は、地獄で苦しんでいる先祖の霊が原因」などと無辜の市民を不安に陥れて、高額商品を買わせる。犯罪性が極めて高いことは言うまでもない。
【写真】車イスに乗り、こちらを睨みつける桜田淳子。「神の真理こそが、人間の問題を解決できるもの」と発言していた(1993年4月撮影) ***
今もなお霊感商法による深刻な被害が発生している。一体、警察は何をしているのか。無為無策で、跳梁跋扈を許しているだけなのだろうか──。 いや、そうとも言えない。2000年代に警察は、統一教会を霊感商法の問題で一斉捜査。マスコミも大きく報じたことがある。 2009年5月、福岡県警は韓国籍で60代の女を、特定商取引法違反の容疑で逮捕した。容疑者は健康器具・印鑑販売会社での勤務実績があった。 容疑者は福岡市内に住む50代の女性を「先祖の因縁が深い。運を開くためにあと2つの水晶彫刻が必要。購入しなければ地獄に落ちる」と脅し、約300万円の売買契約を結ばせた。 県警の取り調べに容疑者は統一教会の信者だと供述。県警は教会施設を家宅捜索し、パソコンなどを押収した。ちなみに統一教会はマスコミの取材に対し「販売会社と教会は無関係」としらを切り通した。 毎日新聞は同年5月7日の西部版夕刊に「霊感商法:統一教会福岡を捜索 自称信者、“開運水晶”販売容疑で逮捕――県警」の記事を掲載した。
政権交代の影響
この記事では、特定商取引法違反容疑で統一教会の関連施設に家宅捜索を行うことを《異例》とした上で、他県でも類似の捜査が始まっていることを伝えた。 《長野県警や新潟県警が印鑑販売などの特定商取引法違反容疑で会社社長らを逮捕するなど、摘発を強化する流れにある》 担当記者は「報道されただけでも、他に大阪府警が捜査を行いました」と言う。 「福岡、長野、新潟、大阪の4府県警はいずれも、統一教会の関連団体が霊感商法で高額な印鑑を売りつける事案を摘発しました。警察庁が指揮を執り、各府県警が連携していたのは明らかでした」 更に興味深いのは、逮捕に踏み切った時期だ。当時の首相は麻生太郎氏(81)だったが、この年の8月に行われた総選挙で自民党は敗北、下野することになる。 「警察は以前から内偵を続けていましたが、まさに民主党政権が誕生する直前、統一教会の強制捜査に乗り出したのです。現在、自民党と統一教会の密接な関係が問題になっているのはご存知の通りです。警察は国政の状況も睨みながら、捜査の指揮を執っていたことが分かります」(同・記者
信者獲得の手段
そして同年6月、“本丸”である警視庁が動く。警視庁公安部は11日、東京都渋谷区の印鑑販売会社「新世」の社長ら7人を、特定商取引法違反の容疑で逮捕した。 朝日新聞は同日の夕刊に「不安あおり印鑑販売容疑 統一教会関与か 社長ら逮捕」の記事を掲載した。 この記事によると、容疑者らは渋谷駅前で勧誘した女性5人に姓名鑑定を受けさせ、「先祖の因縁が家族に出ている。このままでは家族が不幸になる」などと不安を煽り、最終的に1本16~40万円の印鑑13本(被害総額416万円)を売りつけたという。 他にも、警視庁公安部の捜査結果として、「新世」の売上が2000年から09年までの間で約6億7000万円に達したという驚きの金額を伝えている。これが全て統一教会の“富”となったのだ。 「『新世』は霊感商法で巨額の利益を得ていただけでなく、信者獲得の手段としても霊感商法を利用していたことが判明しました。家宅捜索で信者獲得のためのマニュアルが押収されたのです。印鑑の購入者を『ビデオフォーラム』と呼ばれる統一教会への勧誘施設に連れて行き、教義を教えるビデオを見せたりしていました」(同・記者)
会長交代
女性販売員の信者5人が各100万円の罰金、社長ともう1人が起訴された。全員が統一教会の信者であることを認めたという。 更に同年7月、朝日新聞が「給与名目で信者へ数千万円振り込み 統一教会にう回献金か 印鑑商法事件」のスクープ記事を報じた。 「記事は、『新世』が約100人の信者に給与名目で年7000万円を払っていたという内容でした。うち約70人は、会社での勤務実態はなかったそうです。100人の信者は名目上の給与を受け取ると、全額を統一教会に寄付して献金していました。朝日新聞の報道により、『新世』と統一教会が不可分な関係であることが浮き彫りになったわけです」(同・記者) 朝日新聞の記事が出てしばらくすると、日本統一教の会長が辞任を発表した。『新世』と統一教会との関係は認めなかったが、信者の関与を謝罪した。 「当時、全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)の調査で、日本統一教会の実権は韓国人幹部が握っていることが分かっていました。日本人会長の交代は、いわば“トカゲの尻尾切り”でしかなかったのです。後継の会長は国際勝共連合の理事長を長く務め、政界に深い人脈を持っていることで知られていました。危機感を覚えた統一教会が新会長の政治力に期待したことがよく分かります」(同・記者
捜査終結
東京地裁で初公判が開かれたのは09年9月10日。既に政権交代は実現しており、同月16日から鳩山由紀夫氏(75)を首相とする内閣がスタートする予定になっていた。 「検察側は冒頭陳述で、霊感商法は統一協会の宗教活動であり、最終目的は信者にして全財産を献金させることだと指摘しました。全国弁連も評価するほど踏み込んだ内容で、関係者の間では、『この刑事裁判を足がかりに、統一教会本体に対する捜査が行われるかもしれない』と期待する声も出ました」 東京地裁は11月、『新世』の社長に懲役2年執行猶予4年、罰金300万円の判決を下した。 裁判長は、《信仰と混然一体となったマニュアルなどによって違法な印鑑販売の手法を販売員に周知させていた》、《相当高度な組織性が認められる継続的犯行の一環》などと厳しく指弾した(註2)。 霊感商法を特定商取引法違反で摘発した刑事事件で、統一教会との関連性を認定した初めての判決となった。警察や検察だけでなく裁判所も、統一教会の反社会的活動を強く問題視したことが分かる。 統一教会は控訴せず、判決が確定した。だが、その後、捜査の手が先に伸びることはなかった。
政治家の介入
統一教会の本部に家宅捜索が入ったり、教団の日本人や韓国人の幹部が取り調べられたりすることもなかった。 「歴史にイフがない」と言われることは分かっていても、もしあの時、統一教会の幹部に捜査のメスが入れば──と考えてしまう人は少なくないだろう。 当時の捜査をよく知る全国弁連の山口広弁護士は、「現在の観点から、警視庁の捜査に対し様々な意見が出るのはもちろん理解できます」と言う。 「しかし、捜査を間近に見ていた人間としては、警視庁の捜査に驚いたことも事実です。極秘資料が家宅捜索で見つかり、統一教会が霊感商法の指揮を執っていたことが白日の下に晒されました。東京地裁の判決も、統一教会を断罪する厳しい内容でした。捜査機関や裁判所が本気になれば、これほどの成果が上がるのだと実感したものです」 だが、それ以上は捜査が進まなかった。山口弁護士によると、複数の要因があるという。 「民主党政権下とはいえ、やはり警察に顔が利く政治家の介入はありました。こういう場合、世論のバックアップが鍵になります。マスコミは捜査を大きく報じましたが、率直に言って、世論の反応は鈍かったと思います。2000年代は『統一教会は過去のもの』と考えている人も少なくなかったのです
地裁判決の価値
1992年に桜田淳子(64)が合同結婚式に出席した時、日本のマスコミは連日のように統一教会の問題を報じた。 だがその後、オウム真理教が数々の凶悪事件を起こした。そのため2000年代に入ると、統一教会への関心が相当に薄れていたのだ。 2009年11月に東京地裁が有罪判決を下しても、その後、捜査機関の動きは鈍かった。そして12年12月16日、総選挙で民主党は大敗する。 同月26日に安倍晋三氏(享年67)を首相とする内閣がスタート。統一教会に対する捜査が“これで終わる”と考えた関係者は少なくなかった。 しかし山口弁護士は、だからこそ今、東京地裁の判例に光を当て直すべきだと指摘する。 「今も統一教会による霊感商法で被害が生まれています。過去の話ではないのです。警察が捜査を行うにしても、メディアが統一教会の問題を追及するにしても、2009年の東京地裁判決は様々な示唆を与えてくれるはずです」 註1:現在の名称は「世界平和統一家庭連合」だが、本稿では「統一教会」とした。 註2:新世の印鑑販売、社長に有罪判決 東京地裁「信者獲得目的」(朝日新聞:2009年11月11日) デイリー新潮編集部
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