VWディースCEO退任 テスラ礼賛の破壊的改革とEVシフトの行方
沸騰・欧州EV(27)
ロンドン支局
7月7日、フォルクスワーゲンのザルツギッター工場でドイツのショルツ首相を案内する同社のディース最高経営責任者(CEO)。このわずか2週間後にCEO職の解任が発表される (写真:Mari Kusakari)
ドイツのフォルクスワーゲン(VW)という欧州最大規模の企業において、希代の改革者がその役職を追われることになった。
ドイツの各種報道によると、7月21日昼ごろ、VWの監査役会のハンス・ディーター・ペッチュ氏が、ヘルベルト・ディース最高経営責任者(CEO)に面会を求め、事実上の「解任」を告げた。翌22日の午後4時半、監査役会メンバーが招集され、9月にCEOを交代することを決定した。
監査役会はVW傘下の高級車ブランド、ポルシェCEOのオリバー・ブルーメ氏を、VWの次期CEOに任命。同時に、日経ビジネスのインタビューにも登場したアルノ・アントリッツ最高財務責任者(CFO)
(参照:VWのCFOに聞く EVとエンジン車、利益率はいつ同じになる?)
が、最高執行責任者(COO)を兼ねる人事も発表した。
ディース氏はこの決定に備えていたかのように、監査役会が開催されていた頃に交流サイト(SNS)のリンクトインにメッセージを掲載する。「VWは2021年上期に多くのことを達成した」と述べ、多くの実績を羅列した。VWからCEO交代が正式に発表されたのは、ディース氏がリンクトインを更新した直後だった。
2週間前に電池工場の開所式でショルツ独首相をアテンド
ディース氏は直近までVWの顔としての活動を続けていた。特にEVシフトを熱心に進め、筆者も現場でその姿を直前まで目撃していた。
7月7日、ドイツ北部のVWのザルツギッター工場。同社本社があるウォルフスブルクから南西約50キロにある同工場に多くの関係者が集まり、巨大電池工場の開所式を催した。
電池工場の開所式典の後に談笑するショルツ首相とディースCEO
ドイツが官民一体でEVシフトを進めることを印象付けるためか、この式典にはショルツ独首相も参加した。そのショルツ首相に寄り添い、工場の建設予定地や電池ラボなどを案内したのが、ディース氏だった。もちろん、ショルツ首相の後に講演したのもディース氏だった。
ディース氏はVWの生え抜きではない。15年7月に独BMW取締役からVWグループの取締役として迎えられた。その直後に同社はディーゼル車の排ガス試験中だけ有害物質の排出を抑えるソフトウエアを搭載していたことが発覚し、社会的な信用が失墜する。ディース氏はVWの信頼回復と経営改革の中で頭角を現し、18年4月にCEOに抜てきされた
テスラはベンチマーク」発言の波紋
これまで、ディース氏は何度も解任の危機にさらされてきた。EVはエンジン車に比べて部品点数が少ないために、生産台数当たりの必要人数が減るとみられている。また、将来の投資に備え雇用削減の可能性に言及するディース氏は、従業員の目の敵にされてきた。実際、何度も解任の瀬戸際まで追い込まれた。
同社の取締役会の人事権を持つ監査役会は従業員代表が約半数を占める。20年6月にはその最古参だった従業員代表のベルント・オスターロー氏がディース氏の解任を強く要請した。このときディース氏は監査役会への謝罪という異例の声明を出し、VW乗用車ブランドCEOの解職を受け入れる代わりにグループCEOの座にとどまった。
その後も危機を乗り切り、21年7月には監査役会がディースCEOの任期を25年10月まで延長することを発表した。VWグループCEOの職にとどまったのは、大株主であるポルシェ家とピエヒ家の支持があったからだ。それが今回、両家の支持を失い、ついに監査役会はディース氏に有無を言わさず見切りをつけた。その理由はいくつかある。
解任の1つの理由は、ソフトウエア開発の遅れだ。ディース氏はEVシフトと同時に、ソフトウエアの開発強化を進めてきた。20年1月にグループのソフト開発部門を結集し、新会社「カリアド」を設立した。それまで大手サプライヤーに委ねることが多かった自動車のOSの自社開発をもくろんだ。
だが、開発は思うように進んでいない模様だ。ソフト開発の遅れから、ポルシェのSUV(スポーツ多目的車)「マカン」のEVモデルを発売する時期が大幅に遅れている。また、自動運転機能を搭載する次世代車の開発にも影響が出ているという。
「ドル箱」だった中国でも苦戦している。10年以上にわたり中国事業が同社の成長を支えてきたが、最近は収益が下落基調にある。肝いりのEVも中国では販売が伸び悩んでいるようだ。
ただ、根底には従業員との深刻な対立がある。従業員とは長く緊張関係にあり、21年7月に任期の延長が決まった後も、リストラ計画を巡り従業員と対立していた。
21年9月のドイツ・ミュンヘン国際自動車ショーで、VWのディースCEOは記者と対話形式のイベントを開催した
こうした中でディース氏は型にはまらない言葉を語り、従業員だけでなく、幹部にもあえて過激な言葉を使ってきた節がある。カジュアルな服装をまとい、SNSを積極的に活用するなど発言もオープンだった。
ドイツ紙への寄稿では、自身の経営を振り返りこう語っている。「古くてひからびた構造を打破して、VWをもっと機敏でモダンな会社につくり変える」。ディース氏がVWの組織風土について破壊的な改革を志向していたのは間違いない。その中でも象徴的だったのが、テスラに対する発言だ。