ジャパニーズ・ハイエンドの俊英・TAD。ヘッドホンとスピーカー再生の両面から“Evolution”シリーズの真髄に迫る
2022/03/17土方久明
■「Exclusive」ブランドの流れを組む、日本を代表するハイエンドブランド
その日の僕は、まるで遠足前の子供のようなワクワクした気持ちになっていた。なぜなら、日本を代表するハイエンドブランドとして世界的にも独自のポジションを確立している、TAD「Evolutionシリーズ」の試聴の日だったからだ。
TADのDAコンバーター「TAD-DA1000TX」(1,540,000円/税込)※受注生産でブラックも有り
同社の潮流は、パイオニアのハイエンドブランドとして一世風靡した「Exclusive」に始まる。そこから、1979年にパイオニアのプロフェッショナル向けとしてTADブランドが発足、現在も現行機となる銘ユニット「TD-4001」で世界を驚かせた。2002年からは民生用ラインナップにも注力し、初号機となるスピーカー「TAD-M1」を発売。2007年からは「テクニカル オーディオ デバイセズ ラボラトリーズ」として独立、グローバルな市場で日本を代表するハイエンドブランドとして存在感を高めている。
1979年に発売された高域ユニット「TD-4001」はいまも現役。ベリリウム振動板は当時からの技術が受け継がれている
「Evolutionシリーズ」はトップモデルとなる「Referenceシリーズ」に続くミドルクラスとなるラインナップ。今回は、DAコンバーター「TAD-DA1000TX」、SACD/CDプレーヤー「TAD-D1000TX」、2chパワーアンプ「TAD-M1000」、そしてスピーカーの「TAD-E2-WN」の4モデルを紹介しよう。
■根本的な音質対策と物量投入で、DAコンバーターとしての性能を徹底追及
事前の話では、DAコンバーター「TAD-DA1000TX」はヘッドホンアンプ部にも非常に力を入れられているというのだ。そのため、今回はあえてヘッドホン再生を最初に試した後、CDプレーヤーとパワーアンプも用いたスピーカー再生のサウンドを探ってみたい。
まずは「TAD-DA1000TX」のヘッドホンアンプとしての実力をチェック!
TAD-DA1000TXは昨年9月に発売されたばかりの新鋭モデルで、技術的なポイントは大きく4点ある。まず1点目は、新開発の第三世代USBエンジンの搭載だ。独自開発のアシンクロナスUSB伝送エンジンを採用しており、USBから伝送される信号の状態を本体側で制御することで、パソコンやネットワークトランスポートなどから正確にデジタル信号を受信する。
「TAD-DA1000TX」のリアパネル。USB typeBのほか、AES/EBU、Coaxial、光デジタル入力などを搭載する。出力はアナログRCA/XLRを各1系統
さらに、本回路に使われるクロックは精度が高く、ジッターの低減にも大きく寄与。しかも、第3世代となったUSBエンジンは、FPGA内部回路を見直し、11.2MHzの信号入力時の動作遅延を大幅に削減することに成功、合わせてローレベルの歪特性も改善された。
第3世代となるUSBエンジンを新規開発。フロアノイズ値の大幅な低減を実現、11.2MHzのハイスペック音源までもスムーズに再生することができる
ここで注目なのは、TAD-DA1000TXがUSBの根幹である入力回路周りの対策を徹底していること。現在のデジタルオーディオの花形であるUSB-DACでは、様々な音質対策が行われているが、入力の根本にここまで手を入れたモデルは数少ない。
2点目は、心臓部となるデジタル回路の充実した内容である。クロック回路のクオリティは、サンプリングレートやビット深度の高いハイレゾの普及により改めて注目されているが、TAD-DA1000TXはTAD最上位のSACD/CDプレーヤー「TAD-D600」と同等クラスの「超高C/NマスタークロックUPCG」を採用した。
精度の高いデジタル伝送の要とも言えるクロック発振器も専用に設計
本クロックは、5Gなどの高速デジタル通信基地局で採用されるテクノロジーをベースに、物理特性を上げつつ、ヒアリングにより仕上げられている。
3点目は、手がこんだ電源部。電源トランスの内部巻線を直出しにして、引き出し線との接点を削減。非磁性のメッキとOFC純銅によるターミナルを出し線や基板マウントに採用するなどして、磁性歪を徹底的に排除。電源トランスの不要な振動を抑えるため、トランスの取付台座に6mm厚の真鍮製ベースを利用する。
現在のDAコンバーターは、PCMやDSDなどのスペック的には差異が付けづらいこと、さらにデジタルフィルターなどの機能をアピールポイントとする傾向がある中、根本的な音質対策と物量投入がここまで実施されたTAD-DA1000TXの内容は異例ともいえるし、「地に足をつけた」と表現できる内容に感心するしかない。
そして最後の4点目は、その物量を投入したシャーシ周り。8mm厚の無垢材アルミニウムをシャーシに搭載しつつ、重量のあるパーツを下底部に配置して、新型のインシュレーターを採用している。これにより、シャーシの低重心化による荷重ポイントの適正化と、設置面から伝わる振動の防止を統合的に実現した。
足元のインシュレーターは3点支持。内部はスパイク構造となっており、床からの振動の影響を受けにくくしている
■良質なプリ機能を搭載、さらにヘッドホンアンプ部にも注目!
ここでポイントとなるのは、本モデルは可変のアナログ出力機能を持ち、パワーアンプと直結できることだ。良質なハイレゾ音源が持つ絶対的な情報をプリアンプレスでストレートに受け取ることができる。そう書くと「DAコンバーターのボリュームはビット落ちが…」と言われてしまいそうだが、同社によると、ボリューム表示値が「8」までは、原理的に音質劣化が発生しないという。ちなみに、試聴時にもこのボリューム値を試してみたのだが、「このレベルは音楽リスニングでは使わないのでは」と思うほど小ボリュームだったので、実質的には全く問題にならないはず。
ボリュームコントロールはリモコンで
そして、さらなる注目点として、本機はヘッドホン出力品質にかなり注力しているということが挙げられる。フロントパネル右側に6.5mm標準ジャックを搭載するが、なんとヘッドホン回路は、電源、ボリューム回路、DAコンバーター、ディスクリート出力バッファまで全て専用回路となっているのだ。
シャーシ周りのビルドクオリティの高さも印象的で、ヘアライン加工されたシルバーのシャープなパネルが3次元的に組み合わされている。シャーシ表面にはネジが見えず、後ろから見てもこんなカッコいいデザインの製品はなかなかないと思う。フロント上部にはTADのロゴが彫り込まれており、所有欲を掻き立てる最高のデザインだ。
フロント部に彫り込まれたTADのロゴもカッコいい!
■音の立ち上がりやスピード感が良く、突出した音楽性の高さを感じる
今回はこのTADの最新鋭技術とこだわりが詰まったDAコンバーター「TAD-DA1000TX」を主軸に、あえてヘッドホンの試聴からスタートすることにした。試聴環境については、トランスポートにfidata「HFAS1-S10」を使い、USBケーブルでTAD-DA1000TXと接続した。
まずは、僕の大好きなグラドのヘッドホン「RS1x」から試す。試聴曲はポップスの女性ボーカル、アデル「Easy on me」(44.1kHz/24bit)と、山本剛 「MISTY for Direct Cutting」(DSD11.2MHz)をチョイス。
GRADO「RS1x」とゼンハイザー「HD 800S」でヘッドホンアンプの実力をチェック!
アデルの楽曲がスタートした瞬間から、かなり良質な音を鳴らすシステムであることを直感した。上下の帯域レンジ、SN比、ダイナミックレンジなど本質的な音の良さがあり、とにかく音の立ち上がりやスピード感が良いのだ。アデルは、エッジ感や刺激感はないのに、音像が非常にリアルなことが印象的だった。
次に聴いたのは、多くのヘッドホンマニアのリファレンス機として不動の地位を持つ、ドイツ・ゼンハイザー社の「HD 800 S」である。インピーダンスは300Ωと駆動力が要求されるが、こちらもかなり印象が良い。音調、音色としては、帯域バランスはフラットでとても見通しが良い音。山本剛は、DSD11.2MHzの優位性を如実に感じる分解能の高い音だが、聴感上のダイナミックレンジが広く、ピアノタッチの強弱や細かい諧調表現も秀逸で、太くて粘りのあるベースのリズムによって音楽性も実に見事だ。
結論として、TAD-DA1000TXのヘッドホンアンプ部の音質と駆動力については、単体の据え置き型ヘッドホンアンプ、しかもハイエンドレベルの製品と同等だと判断する。さらに音楽性の高さは、もしかしたらそれらより突出しているようにさえ感じる
■「TAD-D1000TX」はこだわりのディスクドライブも特徴
続いて、CDプレーヤーを活用したスピーカー再生についても紹介しよう。SACD/CDプレーヤー「TAD-D1000TX」は、TAD-DA1000TXをベースにSACD/CDドライブを搭載した新世代のディスクプレーヤーだ。パイオニア時代から、同社のディスクプレーヤーは音の良さが大変高く評価されていたが、その伝統と技術を継承する、こちらも注目モデルである。
CDプレーヤー「TAD-D1000TX」(2,310,000円/税込)。基本の回路部はDAコンバーターと共通。なお、ヘッドホンアンプは非搭載となっている
僕もそうだが、CD全盛時代を経験したオーディオファイルはドライブのメカニズムに注目する。しかし現在のCDプレーヤーは、パソコン用のドライブを搭載し数倍速なモデルも多い。そんな中でもTAD-D1000TXは、自社開発の独自SACD/CDメカを搭載することが最大の特徴だろう。サーボノイズを排するため、限りなく等速で読み出しを行う。
スムーズなローディングも心地よいディスクトレイ
さらに、ディスクトレイはアルミ素材から削り出し作成されたブラック仕様で、低振動・高剛性とレーザー光の乱反射の防止を両立し、読み取り精度を上げているという。
2chパワーアンプ「TAD-M1000」は、500W+500W(4Ω)の出力をプレゼンスするクラスD級アンプ。入力から出力段、さらにシャーシ構造面まで左右が完全に独立しており、電源部も電源トランスから整流、平滑、安定化回路の全てが、左右独立。2台のアンプがバランス接続されるBTL(バランスアンプ)方式を採用しつつ、正・負も完全対称である。実質的にはモノラルパワーアンプが1筐体に2台搭載されているようなステレオアンプと言えよう。
2chパワーアンプ「TAD-M1000」(1,540,000円/税込)
さらに本機のコンセプトは、大出力と高効率を徹底して追求していることだ。それを実現するために、たいへん容量の大きいトロイダル電源トランスと電解コンデンサーを備えたアナログ型電源回路と、クラスD出力段を組み合わせている。
足回りにも抜かりがなく、クロモリ鋼のスパイクを特殊鋼で強固に支えた異種素材を組み合わせたインシュレーターや、可動式スパイクベースの搭載により、オーディオラックからの振動を徹底的に押さえ込んでいる。
■ベリリウムを活用したユニットと木材を組み合わせたエンクロージャーが特徴
最後に紹介する“Evolution Two”こと「TAD-E2-WN」は、2.5ウェイバスレフフロア型スピーカー。キャビネット外寸は320W×1,085H×405Dmm、重量は32kgと、堂々としたディメンション。構造もよく考えられており、高剛性の樺合板ブレースと高内部損失のMDF材パネルという特性の違う木材を組み合わせて不要共振を低減する「SILENT エンクロージャー」構造を採用している。
「TAD-E2-WN」(1,628,000円/ペア/税込)
デザインについても、木目柄のサテン調塗装仕上げが施されており、落ち着きと高級感を両立。オーディオルームからインテリアにこだわったリビングまで、幅広い環境になじみそうだ。
「TAD-E2-WN」の端子部。バイワイヤリングにも対応する
2.5ウェイのユニットについてだが、トゥイーターは同社上位モデルの「TAD-E1TX」や「TAD-ME1」に採用された2.5cmベリリウム振動板トゥイーターを、指向性コントロールが可能なウェーブガイドにマウント。高域の限界周波数が60kHzと広大なのもアドバンテージである。
2基搭載されるウーファーについては、アラミド織布コーンと針葉樹パルプ抄紙コーンをラミネートした、新開発のMACC(Multi-layered Aramid Composite Cone)振動板を採用している。
また、ポート内部をホーン形状として中低域のレスポンスを高めた「Bi-Directional ADP システム」によるバスレフポートや、良質な音像定位とサウンドステージ表現を求めた良質な2.5ウェイのフィルターも特徴だ。
また、天面エッジ部がラウンドしたいかにも音の回析が少なそうなフロントバッフルと、タイムアライメントを考えて少し後ろに傾斜したデザインで、TADらしさを主張する。
■フルTADは迫力満点。音像表現とステージ表現に高い能力を発揮する
それにしても、フルTADの風景は迫力満点だ。「どんな音がするのだろうか」と僕は心が高鳴った。スピーカー再生では、先ほど聴いた2曲に加え、SACD/CDプレーヤーTAD-D1000TXを利用する形で、筆者とっておきのSACDタイトル、マッコイ・タイナー「LAND OF GIANTS」(TELARK SACD-63576)を再生したが、こちらも印象が良い。
フルTADのシステムでスピーカー再生の実力もチェック
ひと言でいうと、オーディオ的な再生能力やソースに忠実な帯域バランス、そして質感は従来のTADの個性を残しながら、その枠から脱却したような音楽性の高さがある。オーディオ的/音楽的という分け方をする必要がないほど良質な再生音で、アデルは記録されている音楽の情報を細かなディテールまで聴かせてくれるし、その結果、2本のスピーカー中央には口元の動きが分かる彼女のボーカルがピンポイントに定位する。バックミュージックは広大で、本スピーカーの音像表現とステージ表現の高い能力を聴き取ることができた。
マッコイ・タイナーは、アーティストと自分の距離を近づけてくれるリアルな表現だし、ピアノの生々しさやドラムの力強さも良く聴き取れる。
また、良いなと思ったのは、リアルな音像と奏者の音色的な個性が正確に再現されているなど、スピーカー再生とヘッドホンの音調の方向性が揃っていることだ。つまり、両面で徹底的に音が詰められているのである。
今回はフルTADという環境を実現したが、このシステムの奏でる再生音は、ヘッドホン環境ならびにスピーカー環境の両面で、筆者の期待を大きく上回るものだった。
特に予想以上に良質だったのは、ヘッドホン再生時の音の良さだ。グラドやゼンハイザーなどの高級ヘッドホンと本モデルの組み合わせは、ハイエンドヘッドホンだけが実現できるサウンド世界を聴かせてくれた。
スピーカー再生では、分解能やDレンジへの追従力など完成度の高いサウンドを聴かせてくれ、国産オーディオの未来が明るいことを明示してもらったような体験ができた。
若いユーザーを中心にTADファンが増えていると語る土方氏
最後となるが、最近のTADは従来からのベテランオーディオファイルだけではなく、若手オーディオファンからの注目度も上がっており、僕のTwitterのフォロワーのツイートを見ていると、実際に「いつかはTADの製品を」と、憧れを持つ若手が増えている。
彼らはヘッドホンもスピーカーも十分に楽しみたいと思うアクティブな人が多いが、もし本システムの試聴機をお店で見つけた場合は、そのような若い方にもぜひ聴いてほしい。今回の取材は筆者にとって大満足の試聴となり、製品の企画や開発に携わった多くのスタッフに最大限の賛辞を伝えたい。
(提供:テクニカル オーディオ デバイセズ ラボラトリーズ
ジャパニーズ・ハイエンドの俊英・TAD。ヘッドホンとスピーカー再生の両面から“Evolution”シリーズの真髄に迫る (2/2) - PHILE WEB