アメリカの現実

 

 

 

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年収700万円でも生活が成り立たない──自分の血漿を売らなくてはいけないアメリカの中間層

クーリエ・ジャポン

インフレによる生活苦から、自分の血漿を売らなくてはいけないほどに追い詰められるクリスティーナ・シールには、12歳の娘と15歳の息子がいる Photo: Emily Kask / The Washington Post

 

 

 

 

現在世界中で物価が急激に上昇し、各地で多くの家庭が困窮している。そんななか、アメリカのあるシングルマザーの家庭は、それまで約700万円の年収で安定した暮らしを送っていたにもかかわらず、インフレで生活費が不足し、血液中の血漿(けっしょう)すら売らなくてはいけない状態に追い込まれているという。一体何が起きているのだろうか──。

 

 

  【画像で見る】血漿を売らなくてはいけない教員とは…

 

 

 

 

 

ひとり親家族を苦しめる物価高

4月下旬のある日の午後、クリスティーナ・シール(41)は仕事を終えてクリニックにやってきた。駐車場はいつも通りほぼ満車だった。 彼女はここ半年近く、火曜と木曜に自分の血漿(重要な抗体やタンパク質を含む血液中の液体成分)をクリニックに提供するようになっていた。 彼女は毎日プロテインシェイク2杯と鉄分のサプリを1錠飲んで体調を整える。そして血漿を採った後には、注射痕が残らないようビタミンEオイルを塗る。当初はこれを異様に感じていたが、すぐに日常になった。「子供を養うために、自分の血漿を売るまでしなくてはいけない状況になるとは……」と彼女は語る。 彼女を追い詰めたのはインフレーションだ。米国労働統計局は、消費者価格指数は2022年4月までの過去1年間で8.3%上昇し、1981年12月以来最大の年間上昇率だったと発表した。 昨年9月頃、シールは毎週の出費が急増していることに気がついた。それまで150ドルで買えていた食品は200ドルになり、車のガソリン代は40ドルから70ドル、光熱費も150ドルから200ドル、そして300ドルへと上がった。 そして、地元の公立学校で特別支援教育の教師として働き、年収5万4000ドル(約700万円)を得ているシングルマザーのシールは、15歳と12歳の2人の子どもを養えなくなった。 それまで、郊外にある質素で整然とした家の月1050ドル(約13万6000円)の家賃と250ドル(約3万2500円)の車の支払いには困らず、少し余裕もあった。しかし、昨年のクリスマス前後には、請求書の支払いにクレジットカードを使わざるを得ず、借金が約1万ドルに増えた

 

 

 

どこにもない中間層に対する支援

彼女は、息子をボクシング、娘をバレーボールの練習に送り届けるためのガソリン代が払えなくなった。ピーナッツバターとジャムの粗末なサンドイッチを食べさせるしかなくなったが、彼女が受けられる支援はほとんどなかった。 「思いつく限りの政府のプログラムに応募しました。でも食料費補助など、どんなプログラムの恩恵を受ける資格もないのです。私のような中間層が使えるプログラムは何もありません」と彼女は言う。 そんな昨秋、彼女はある解決策を見つけた。血漿を毎週2回提供すれば、月に400~500ドルを得られるのだ。 シールは一人ではなかった。友人や同僚の教師たちも物価上昇に対応するため、何らかの選択を迫られた。車を売って燃費のいい車に買い換えた人、リボンなどの手作りの品をオンラインで販売した人、デイケアや家庭教師の副業を見つけた人もいた。 18年間教員を務めてきたシールは、それぞれ独自のアプローチを必要とする子供たちと仕事で接している。副業で一日中家を空けるというのは、自分の子どもたちに不公平だと思った。

貧困層に依存して拡大してきた血漿市場

その日、血漿クリニックの待合室はほぼ満席だった。壁に貼られたポスターには、「4回目の寄付で20ドルの燃料ボーナス」、「友達を紹介すると50ドルのボーナスがもらえます!」などとあった。 血漿採取の針は彼女が想定していたより太かった。まず血を抜き、機械を使って血漿を赤血球、白血球などから分離し、点滴で戻すというプロセスだ。初めに針を刺してから、通常45分ほどで終了する。 その間、唯一不快なのは、生理食塩水が体内に流れ込んでくるときに腕からゾクゾクと冷たいものが伝わることだった。その後食欲が出るものの、食べると吐き気がする。彼女は疲れ切って家に帰ると数時間眠る。「火曜日と木曜日の夜は本当に疲れ切っています」 血漿は、救命医療技術や研究に用いられ、世界的に需要が高い。その3分の2は、血漿提供に企業が対価を支払うことが許されているアメリカから供給される。 ミシガン大学の調査によると、

 

2006年からアメリカの血漿提供は4倍に増え、

2019年の有償提供は5350万件に上った。

 

2025年には2016年の2倍以上の480億ドル(約6兆2500億円)の産業規模

になると予測されている。

 

 しかし、この産業は、経済的困難に直面している人々に依存しているようだ。2021年のミシガン大学の調査によって、貧困がもっとも深刻な地域に血漿提供センターがあることが多いと明らかにされた

 

 

 

害が出てもやめられない提供

シールは、職場の同僚からは、血漿を抜くと体が弱って病気になるからやめるように言われている。「家族のために必要なことをしているのです。子供たちのためなら命を捧げられます。だから余分な血漿を提供してもいいんです」 彼女は、2月の定期検査でタンパク質の値が低すぎるため、クリニックから血漿の提供はできないと言われた。それゆえにプロテインを数本飲み、大食いをし、再びセンターに戻った。3週間後、センターの医師は彼女の復帰に同意した。 しかし、4月上旬には胃に激痛が走り、彼女は緊急治療室に運ばれた。医師によると、胆嚢か潰瘍の可能性があり、手術で治すしかないという。しかし、それには1000ドル近くの自己負担が必要だ。そんな余裕のない彼女は、食後によく腹痛に襲われているものの、週2回のタスクを無理に続けているのだ。 その日、シールは、クリニックからの50ドルの振り込みを得てセンターを後にした。木曜日には80ドルが支払われる予定だ。その裏で、ガソリン代も70ドルから80ドルになっている──。

Kyle Swenson

 

 

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