気がついたら葉山で16年ーー長澤まさみとも共演、農業に勤しむ謎の米俳優
「コンフィデンスマンJP」シリーズで「あの外国人、誰?」と話題になったアメリカ人俳優、マイケル・キダ。この春、主演映画も公開されるなど注目度は増すばかり。長年拠点としている神奈川・葉山では、10キロのランニングを欠かさず、2000坪の畑で無農薬野菜づくりに精を出し、波のいい日にはサーフィン。「毎日、何かに夢中になって生きている」。芸能活動とスローライフ、どちらもじっくりと噛み締めるように楽しむ男の人生訓とは。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
「月9」って何? 出てるの……?
デーブ・スペクター、ロバート・キャンベル、オスマン・サンコン。最近ならばパックン、チャド、厚切りジェイソン……。 日本の芸能界で活躍する外国人といえば、日本びいきの文化人か、またはお笑い出身のタレントが多い印象だ。NHKの朝ドラ『マッサン』で主演を務めたシャーロット・ケイト・フォックスは記憶に新しいが、「俳優」として日本で成功した例は、さほど多くはないだろう。 そんななか、「コンフィデンスマンJP」シリーズで、主人公・長澤まさみ演じる「ダー子」のバトラー(執事)役を演じ、「あの人誰?」とネットでも話題に上るようになった俳優がいる。 彼こそがマイケル・キダ。「3.11」を題材とした話題の映画『永遠の1分。』(3月4日全国公開)では、主役を演じた。ドラマやバラエティーへのオファーも続いている。俳優歴はまだ5年ほどだという。 「実は、日本の芸能界について、まだあまりよく分からない状態でオーディションを受けたんですよね。合格した後、本読みに行ったとき、初めて長澤さんを見て、こんなに綺麗な人がいるんだなって。小日向文世さんに、『この番組はいつ放送されるんですか』って聞いたら、『月曜日の9時だよ』。帰ってから奥さんにそれを言ったら、『えっ? 月9? えっ、なんでマイケルが出れるの?』ってびっくりしてました(笑)」 想像以上に大勢のスタッフが動く現場で撮影が始まると、メインの俳優たちがどれだけトップレベルなのか、すぐにわかった
「セリフもまったくなくて、まっすぐに、ピンと立っていることが僕の演技。ワインを注ぐときだけ、超緊張(笑)。でもそこで、ゆっくりと周りを観察することができたんです。この人はこう演じるのか、カメラマンはこう動くのか、って。俳優の仕事に、どんどんのめり込んでいきました。撮影の間、楽屋でみんなと話すことも楽しくて仕方がなかった」 現在、42歳。30代の後半、日本で俳優という天職に出合えたというマイケル・キダとは、いったいどんな人物なのだろうか。
「なんちゃって俳優」じゃないか、って落ち着かなかった
アメリカ、ニューヨーク州出身。学生時代はオハイオ州で過ごし、大学では心理学とイタリア語を学んだ。イタリア留学の後、大学院に進み、心理学のカウンセラーになろうと考えていた。 「カウンセラーになったらもう、仕事の毎日になる。その前に3年間くらい、海外へ“経験”を稼ぎに行こうかな、と。ソウルに1年間いて、それから日本に来たら、たまたま、葉山のインターナショナルスクールが講師を募集していたので、面接に来てみたら……この景色に、いっぺんに惚れ込んでしまいました。友達もどんどん増え、結婚もして、気がついたら16年。たぶん、日本の中で、一番面白い人たちが集まってる町なんじゃないかな」 教員職を辞した後、飲食店を共同経営する傍ら、英語や農業、料理のレッスンをしていた。そこで番組の担当者と知り合い、NHKの情報番組「TOKYO EYE 」に出演したのが、この世界に入るきっかけだ。バラエティー番組やCMでも声がかかるようになり、地元のテレビ局では生放送の料理コーナーも担当した。 「はじめはタレント業も、お小遣い稼ぎになるかな、っていう感覚だったんです。俳優の仕事をするまでは、ね」
「コンフィデンスマンJP」シリーズは好調で、映画も続いた。 人生の大きな川に流されるように、マイケルは俳優の仕事を次々と得ていく。 「子どもの頃から目指していたわけではないし、最初はなんだか、僕は『なんちゃって俳優』じゃないか、って落ち着かなかった。でも、アメリカのPodcastでも、有名な俳優たちが『最初はみんなそうだよね』って話していて。『自分を信じていないと、演じることなんてできない。気がついたら俳優になっているんだよね』って。だから、僕もどんどん、本気で俳優という仕事に向き合うようになりました。難しい、でも、だからこそチャレンジしがいがあります」 数年前から、脚本の執筆にも挑戦している。 日本のドラマも改めて見直し、『ビーチボーイズ』にはまったことから、『マイケル版、大人のビーチボーイズ』の脚本も1シーズン分書き終えている、と胸を張る。いつか自分の書いた作品で、監督もしてみたい。これが、一つの目標だ
あっという間に売り切れる、「マイケル 農園」の野菜たち
俳優業の傍ら、農業にも精を出している。 この日訪ねたのは、葉山でマイケルが耕す、約2000坪の畑。眺望も素晴らしい山の上だが、どのようにして土地を見つけたのだろう。 「ご縁ですよね、近所の農家さんのご好意です。もともとは、ぼうぼうに草木が生い茂ってて、人も入れないみたいな山でした。そこを全部僕が開墾して、一から土づくりをして。四季を通じて200種類くらいの野菜と果物を育ててます。完全に無農薬。だいぶいいバランスの畑になってきました。苦労した分、栄養が多いからね。最近また300坪借り増しました」 マイケル農園の野菜・果物は、虫食いもあるが、味がいいと評判だ。地元のマーケットなどで不定期に販売すると、あっという間に売り切れてしまう。
「最近は天候が昔とだいぶ変わってきちゃった。雨の降り方が激しくて、土が流れやすくなってるんです」
畑のアトリエのような作業小屋で、コーヒーを入れてくれるマイケル。
最近は豆の焙煎をするのが楽しいという。
一昨年の台風で傾いてしまったこの小屋を、一人でジャッキアップしたというから驚く。
柱を立てるのも、自分一人でやったんだよ、と笑った。
父親と大工仕事をしたり、庭で野菜を育てて料理をしたりすることが大好きな少年だった。
DIY精神は、そんな子ども時代に自然と身についたものだ。
「たとえばテーブルが欲しいと思ったら、まず、どうやってつくろうか。どこで買おう、とは考えない。両親がそういう人だったからね。母親には、裁縫を教えてもらった。10代の頃は、洋服づくりに夢中になって、オリジナルブランドを立ち上げたりもしました」
これからもずっと、日本に住むと決めています
今年はいくつか大きな仕事も決まり、俳優としてステップアップをしようとしているマイケル。さらに売れっ子になったら、今の葉山のスローライフを手放すことになるのではないだろうか。 「この暮らしを変えるつもりはないです。いくら俳優業が良くなっても、自分と家族のバランスが取れていないと、続けられないと思う。山に上がって畑仕事をして、海でサーフィンをして、仕事があれば出かけていく。お金持ちになることが、僕の目標ではないし。今のこのバランスが、僕にとっては最高の幸せ」 映画やドラマの撮影で、長期間家を離れることになったら、畑はダメになってしまうように思える。 「僕の畑は自然農法だから、水もほとんどあげないし、植えたら後はよろしくね、っていう。数カ月畑に行けないくらい俳優業が忙しくなったら、アルバイトのお給料を払えるくらいになるかな?(笑) しばらく人がいないってわかると、『お、あいつ来てないな』ってカラスがバンバン来て食べちゃうからね」 芸能の仕事は不安定だ。今年売れても、来年サッパリ……は、ザラ。
また、一昨年来のコロナ禍にも振り回されたように、何が起こるかわからない。 「だからね、畑はやめられない。放ってもおけるけど、手をかけようと思えば、いくらでもやることがあるから。俳優の仕事がなくても、畑に行って一日作業したら、ビールがおいしく飲める。そういう気持ちが、自分を支えているんです。僕はとにかく、じっとしていることが苦手。いつでも、何かに夢中になっていたい
余計なことは考えず、目の前のことに集中する。それは「現在の時間を味わう感じ」だとマイケルは言う。
「40代になってまだ2年だけど、もう5年くらい経ったように感じる。それくらいいろんな変化があったし、向き合っているという自信があります。料理も同じだよね。何か別のことを考えて食べるよりも、素材の味を確かめながら食べたらもっとおいしい。だから仕事もプライベートも、じっくりと味わって生きたい」
ハリウッドで仕事をしている兄といつかコラボしたい、と意欲も示す。
「海外の人たち、みんな日本に憧れてるんですよ。
日本というだけで、素晴らしいコンテンツだと思う。
日本の監督、俳優、カメラマン、音声マン、照明技師……すごい人たちがたくさんいます。
その人たちの魅力を、もっと世界中に知らしめたい。
いい作品を、日本でつくりたいんです。
僕はこれからもずっと、日本に住むと決めていますから」
マイケル・キダ(Michael Keida) 1979年、アメリカ・ニューヨーク州生まれ。俳優・タレント。よく間違われるが、キダは日本の姓ではない。16年前に来日し、葉山に暮らす。特技は農業、DIY、料理。サーフィン、スノーボード、ヨガ、ダンス、SUPなどいずれもプロ級の腕前。テキーラソムリエ、スキューバダイビングの資格も持つ。8年前からタレント業を始め、バラエティやCMなどに出演。「コンフィデンスマンJP」シリーズのバトラー役に抜擢され、俳優として本格的にデビュー。ヒット作『カメラを止めるな!』のクリエイターたちが手がける新作映画『永遠の1分。』では、映画初主演を務める。文才にも長け、初めての著書『Do It Yourself 自分の人生のつくりかた』(飛鳥新社)も発売されたばかり
気がついたら葉山で16年ーー長澤まさみとも共演、農業に勤しむ謎の米俳優(Yahoo!ニュース オリジナル 特集)