日本から“ワサビ”が消えるかもしれない」 最大産地で生産量が半減、米紙が見た日本の「ワサビ危機」

クーリエ・ジャポン

(写真:クーリエジャポン)

 

 

 

 

日本一のワサビ産地である静岡県では、ここ10年でワサビの生産量が半分以下になった。地元の生産者たちが抱える問題の数々を、米紙「ニューヨーク・タイムズ」が取材した。

 

 

  【画像】日本一のワサビ産地、静岡のワサビ田

 

 

 

ワサビ栽培に山積する問題

浅田充康はこの30年間、山の斜面にある青々としたワサビ田を、誇りをもって管理してきた。ここは、彼の父と祖父がワサビを育ててきた場所でもある。 しかし、まだ56歳という年齢で、浅田はすでに引退を考えている。寿司や蕎麦に必須の薬味であり、日本食に欠かすことのできないワサビは現在、多くの危機に直面しており、浅田はそれに疲れ果てているのだ。 気温の上昇により、浅田の育てるワサビはカビに弱くなり、腐りやすくなった。予測できない降水や豪雨による洪水、威力を増す台風などが、浅田を悩ませている。 彼のワサビ田を見下ろす位置にある鬱蒼としたスギ林は、戦後の林業政策の遺物だが、ワサビの生育に必要な湧き水の質を損ねている。標高の高い場所で栄養のある食べ物を得られなくなったイノシシやシカが山から降りてきて、ワサビ田を荒らすことも増えた。 それに、浅田の2人の娘は成人して結婚しているが、静岡県伊豆市にある約6070平方メートルのワサビ田を継ぐ気はないようだ。 「後を継ぐ人がいなければ、終わりですよね」と浅田は言う。 日本でワサビの栽培が特に盛んな地域の一つである静岡県には、浅田の他にも多くのワサビ農家がいる。彼らは皆、地球温暖化や放置された山林、そして若者の減少によって増え続ける課題と向き合わなければならない。 こうした問題はすでに、この地域で何世紀も続いてきたワサビ栽培の文化を蝕み、県の主要な農産物と観光の柱としての未来を暗くしているのだ。 農林水産省によると、この10年間で静岡県のワサビの生産量は55%近くも減少している。 静岡でワサビの加工を行い、チューブワサビやドレッシング、ワサビ塩、ワサビ漬け、ワサビチョコレートなども販売する創業147年の田丸屋の望月啓行社長は「危機感を抱いています」と話す。 「日本の食文化を守っていくために、ワサビを守ることは大事なのです

 

 

 

 

温暖化と第二次大戦後の林業政策による影響

ワサビは山から下ってくる湧き水を利用して育てられる。この湧き水が、刺激的な香味のグラデーションやかすかな甘みを育むのだ。最も有名な静岡の品種「真妻(まづま)」は、他の地域のワサビよりも1.5倍ほど高値で売れる傾向がある。 現地のワサビ農家たちによると、スギやヒノキの林が生い茂っていくにつれ、湧き水の質が徐々に悪化しているという。 第二次世界大戦後、日本政府は復興に向けて素早く育つ木材の供給源を作ろうと、山地にスギやヒノキばかりを植えた。 ところが、1960年代に安い輸入木材が国産品にとって代わると、これらのスギやヒノキは育つがままに放置され、結果としてワサビが成長するのに必要な湧き水をとどめたり、そこに栄養を与えたりする他の植物を駆逐してしまった。 「気候変動で水が足りなくなっているという話をよく聞きます。ですが本当の問題は、山地に水が長くとどまらずに流れ出てしまうことなのです」。そう話すのは、オーストラリア人の元ジャーナリストで、現在は奥多摩でワサビを栽培しているデイヴィッド・ヒュームだ。 地球温暖化によって、ワサビの生育環境はますます損なわれている。育ちきるのに1年以上かかる繊細なワサビという植物には、気温21度以下の環境が最も適している。だがここ数年、日本では熱波の影響で気温が30度を超える日が普通になり、ときには40度近くになることもある。そうなると、ワサビは腐りやすくなってしまう。

 

 

取材した日の午後、ワサビ農家の4代目、渡辺昌英(66)は青い長靴をはいてワサビ田に入った。小さな鍬を使って泥の中からワサビを掘り出すと、スイレンのような葉をつけた、緑のでこぼこした根茎が出てきた。 渡辺はワサビを流れる湧き水ですすぎ、葉や絡み合った根を切り落として、残った本体が傷んでいないかどうかを調べた。 「てっぺんから生えるはずの茎が生えてこないことがあります。これを『頭とび症』と言います」 また、根に腫瘍のようなものが見られることもあるという。気温の上昇に伴い、こうした病気はより頻繁に見られるようになった

 

 

 

 

 

ワサビの品種改良の難しさ

公的機関の研究者と地元の農家は、気温が高くなっても育つ丈夫なワサビの品種を開発するため、交配の実験を始めている。 キュウリやトマトといったほかの作物とは異なり、ワサビで難しいのは、種を採取したり苗を育てたりするのに高度な技術が求められることだ。ほとんどの農家は、実験室や温室で苗を作る専門の業者に頼っている。新しい品種を交配して作るのには、複雑な授粉の作業と、何よりも時間が必要だ。 「すべての工程を終え、どれが最良で一番丈夫な品種なのかを見極めるのに、5、6年、もしくは10年ほどかかるでしょう」と、静岡県農林技術研究所でワサビの生産技術部門を統括する久松奨は述べる。 また、研究者によって何百回と実験が行われ、暑さに強い品種が生み出されたとしても、それがおいしくてよく売れるとは限らない。 静岡県山葵組合連合会で会長を務め、19世紀からつづくワサビ田を代々管理している塩谷吉栄(65)は、県の研究所で開発された交雑種を植えてみたものの、「うまく育たなかったり、病気になったりした」と語る。 ワサビについて研究する専門家のなかには、現代のワサビ農家は長きにわたりごく限られた品種しか栽培してこなかったため、環境に適応する品種を開発できる可能性が低くなってしまっていると論じる人もいる。 「現在、一種類のワサビが市場を独占している状態です」と、岐阜大学でワサビの栽培について研究している山根京子は述べる。それにより、丈夫な交雑種を作るのが難しくなっているのだという。 それに、新しい品種を試してみる段階になるまで、農家がワサビ栽培を続けているかどうかもわからない。引退する年齢になっても、後継者が見つからないままの農家もある。 ワサビ農家の4代目である渡辺は、40年前に東京の大学で化学の学位をとった後、嫌々ながら伊豆に戻ってきた。彼の息子は東京の大学に通っており、仕事も東京で探すようだという。 「ワサビが消えてなくなってしまうおそれがあります」。そう渡辺は訴える

 

 

 

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