アメリカの若者が「社会主義化」している? 「格差是正」を熱狂的に叫ぶ若者たち

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 イギリスの調査会社ユーガブやアメリカのメディア・アクシオスの調査によると、アメリカのミレニアル世代(1981年~ 96 年生まれ)、Z世代(1997年~2012年生まれ)の4~5割が「社会主義」という言葉に好意的だという。

 

 

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その上のX世代、ベビーブーマー世代でも30%超で微増傾向ではあるが、若者における社会主義人気の大きさや伸びは顕著だ。  キリスト教国として「宗教は民衆のアヘンである」とする共産主義勢力に強い忌避感を抱き、自由と民主主義と市場経済を是としてきたアメリカにおいて、なぜ若者世代が「社会主義」に好意的になってきたのか。ニューヨークにて多数の若者に取材して『「社会主義化」するアメリカ 若者たちはどんな未来を描いているのか』(日本経済新聞出版)を著した日本経済新聞社米州編集総局部長の瀬能繁氏に訊いた。

アメリカの若者はボリュームも大きければ声も大きい

 ――少子化で若者世代が少ない日本と比べると、アメリカは若者(ミレニアル世代+Z世代)が全人口の約4割を占め、いまやアメリカ社会で最大の人口集団であり、政治に与える影響も大きいとのことですが、ほかに若い世代を考えるときにベースになるファクトにはどんなことがありますか。  瀬能 Z世代はデジタルネイティブで、SNSを駆使して仲間を募り、意見を積極的に発信する「アクティビスト世代」でもあります。「おかしい」と思ったことはすぐに声をあげる。銃規制や気候変動のような大きな問題から、大学における「この教授のこの授業はおかしい」といった身近な問題まで。学校ではクレームを受けた教師は授業ができなくなるほどだと聞いています。ボリュームが大きいだけでなく、声も大きい。  加えて人種的な多様性が増している。ベビーブーマー世代やそれ以前の「沈黙の世代」では白人の占める比率は 70%超だったのがミレニアル世代では 55%、Z世代では 51%、2013年以降生まれのポストZ世代では5割未満になり、ブルッキングス研究所によれば、ヒスパニック、黒人、アジア系といった非白人で投票資格のある有権者の割合は2020年の 33%から 36 年には 41%まで上昇すると予測されています。  この人種的な多様性と彼らのリベラルさにはおそらく相関関係がある。もともと非白人の民主党支持率は高いわけですが、かつてのように学校や生活が人種別に分かれていることは少なくなってきており、生まれたときから白人も黒人もヒスパニックもアジア系もいっしょに遊び、学校に行くような環境が増えてきています。したがって白人の若者に取材しても「自分たちからみても黒人は差別されている」とBLM(Black Lives Matter=黒人の命は大切だ)にも賛同する意見が多い。  ――そうした人口動態から、長期的に民主党に追い風が吹くのではないかと瀬能さんは書かれていましたよね。しかし、トランプ支持の陰謀論者にも若い人は少なくなかったのでは?   瀬能 もちろん、人口動態だけですべてが決まるわけではありません。一般的には、現職の大統領が所属している政権与党に対する不満から逆風が吹くのが中間選挙なんですね。ですから次の選挙では下院はおそらく共和党が勝つ。人口動態はアメリカ政治に働くいくつかの力学のうちのひとつにすぎない。  また、前回の大統領選でも、ミレニアル世代、Z世代の白人の約5割はトランプさんに入れています。ただ、黒人、アジア系、ヒスパニックでは相対的に低い。おそらく黒人初のオバマ大統領が誕生したことの反動で、白人のなかに多数派から少数派に転落していくことへの恐怖や危機感がトランプ政権誕生を押し上げた要因だと私は解釈しています。それでも長い目で観れば、白人優越主義的な発想を持つ大統領はトランプさんが最後になるのではないか。  私が取材した白人の若者も「プログレッシブ・コンサバティブ」、つまり気候変動や銃所有に対するスタンスを軌道修正した現代的な保守が出てくるだろう、共和党から今後トランプとは違うタイプのリーダーが出てくるはずだ、と期待も込みで話していました

 

 

 

アメリカの若者が支持する「民主社会主義」とは?

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 ――アメリカの若者が支持する「社会主義」はわれわれがイメージする旧ソ連や中国、北朝鮮やキューバのそれとは違うそうですね。民主主義を前提にして労働者が主役となる「民主社会主義」だと。  瀬能 自称「社会主義者」の若者と議論すると、彼らのイメージにある社会主義とは「生産手段の国有化」「共産党の一党独裁」あるいはマルクス・レーニン主義といったものではありません。彼らには「格差が開き、気候変動に解決策を示せていない現代の資本主義は問題がある」という感覚があって、それを是正するものとしての「社会主義」をクールだと言っている。社会主義と言っても民主主義を犠牲にしたものはありえず、中国やキューバのようになってほしいとは思っていない。  そもそもヨーロッパの多くの国や日本の政権と比べると、アメリカは民主党ですらかなり右寄り、再配分よりも市場経済重視なわけです。それをもう少し左へ、つまり真ん中(中道)に戻したいというイメージと捉えればいいと思います。  たとえばG7のなかで誰でも国が提供する医療サービス、国民皆保険の恩恵を受けられないのはアメリカだけです。医療サービスには多額の費用が必要で、低所得者にはかなり厳しい。左派で人気の高いバーニー・サンダースやアレクサンドリア・オカシオ=コルテスが訴える「メディケア・フォー・オール」はようするにヨーロッパや日本、カナダ並みの公的な医療制度にアメリカを近づけようという主張で、それが若者を中心に支持を集めている。  2019年3月にハーバード大学ケネディスクール政治研究所が 18 歳~ 29 歳を対象に実施した世論調査の結果によると、政府が提供する医療保険を通じてすべての国民が医療サービスを受けられる「国民皆保険」について 47%が賛成、「医療保険は全国民の権利で、支払い手段がないならば政府が負担すべきだ」については 52%が賛成しています。  また、1980年代にレーガンが保守革命を推し進めた時期には各州で大学に対する補助金が打ち切られ、同時に学生争奪戦に勝つために大学側が多額の設備投資をして環境を充実させたことで学費の高騰が生じ、今では多くの若者が日本円にして数百万円単位の借金をしないと大学に行けません。こういう現状に対しても、自分たちの問題として憤っている。今挙げたケネディスクールの調査では「家計の年収が 12 万5000ドルまでの生徒の公立大学の授業料の無償化や、全世帯を対象にした2年間のコミュニティ・カレッジの授業料無償化」については 51%が賛成と回答しています。  ――きれいごとでリベラルな主張をしているというより、ダイバーシティは身の回りにある現実なのでそれを踏まえた対応をしてほしいし、格差是正も自分たちが現に被っているハードさだからどうにかしてほしいという皮膚感覚から来ていると

 

 

 

Z世代は「年を取れば保守化していく」が当てはまらない?

 ――若い世代がリベラルだ、左傾化していると言っても、都市部の高等教育を受けた層に限られるのでは? という気もしますが、その点はいかがですか。  瀬能 たしかにコロナ禍ということもあって中西部などへ出向いて若者へ取材することはできていませんし、また、貧しい家庭に生まれ育って高校もドロップアウトしたような若者についても同様です。都市部の声を中心に聞いての印象だということは否定しません。  ただ学歴に関して言うと大学進学率が上がっており、ピュー・リサーチ・センターの2020年調査によると、18 歳~ 21 歳で高校を卒業し、短大を含む大学に入学した人の割合はミレニアル世代 52%、Z世代 57%。人種別にみると両世代でアジア系は7割超が大学進学、2018年調査ではミレニアル世代のヒスパニックの大学進学者は 34%、黒人47%なのが、Z世代になるといずれも5割を超えます。大学レベルの教育を受けている若者がそもそも割合的に多くなっている。  また高校生に目を向けてもモノを言う若者がたくさんいて、気候変動の問題でも学校をストライキしたり街でデモをしたりと大規模にやっています。私が取材した17歳の自称・保守主義者の高校生は「自分が民主党員になることはない」と断りながらも、それでも銃乱射事件が続く状態を放置しているのはよくないし、気候変動は自分たち世代でなんとかしないといけない、医療も普通の先進国程度の国民皆保険はあったほうがいいと思っている、と言っていました。  そう考えるとZ世代のかなりの割合は、保守派でさえ従来と比べればリベラル寄りと言っていいだろうと感覚的には思っています。  また、すでに30代後半にさしかかっているミレニアル世代は、2008年のリーマンショックによって就職氷河期を直撃したこともあって格差や社会的不公正に対して敏感で、Z世代以上に筋金入りのリベラルが目立ちます。統計的に言っても気候変動に対してはZ世代よりもミレニアル世代のほうが強い問題意識や関心がある。  一般的には「若いときはリベラルだけれども、年を取ると保守的、現実主義になっていく」と言われますが、ミレニアル世代、Z世代を見ているとそれは考えにくいのではないか。  たとえばアメリカ軍がアフガニスタンから撤収したことについてニューヨークで若い人たちと話すと「一刻も早くやめるべきだった。あんな泥沼の戦争に20年で2兆ドルも費やすくらいなら、アメリカ国内の老朽化している道路や橋にインフラ投資をするなり、ヒューマンインフラである教育や医療、福祉にもっとお金を使うべきだった」という意見が圧倒的多数です。日本人の感覚では「撤退だなんて人道的にけしからん」というほうが主流でしょうが、ニューヨークの「リベラルな若者」の感覚はまったく違います。  ――聞いていて「生活保守」ならぬ「生活左派」というか「生活リベラル」なんだなと思いました。頭で考えているというより、自分たちの生活感覚から出てきている気がします。一方で日本では対照的に、若い世代ほど自民党支持が多いと言われていますよね。  瀬能 イギリスでは野党の労働党が社会主義者といわれるコービンが党首だった時期があって、それを後押ししたのは10代~20代前半の若者で、彼らが熱狂的に格差是正策を支持していた。これは近年のアメリカと背景が似ていて、自分たちを苦しめる資本主義への異議申し立てだと思います。  それと比べると日本の若い人たちは相対的に元気がないように映りますが……これは私の知人の仮説ですけれども、日本の若者はイデオロギー的に保守化しているというより、皮膚感覚として負け組になりたくない、主流派に軸足を置いていないと不安だという意識の方が強いのではないでしょうか。  ――現状への不満や未来への不安は共通しているとしても、声をあげれば数の論理から言っても変えられると思えるアメリカの若者は主張をし、日本では若者は年長世代にボリュームでは絶対負けるので戦わずに長いものに巻かれることを選ぶのかもしれないですね。  瀬能 若い人が希望を持ち、自分たちの手で世の中を変えていけると信じられる環境をつくることが政治の責任であり、年長世代の責務です。決して「日本の若者がダメだ」ということではなく、アメリカの若者と比較すると、そこに日本的な課題があるように思います。

飯田 一史(ライター