フランスでも「ヒキコモリ」問題が拡大中、ただし日本とは大きな違いが
<「ひきこもり」という言葉をフランスに輸出し、現地でも研究と支援活動に従事する精神科医・古橋忠晃が経験したこと>
今年9月、フランス語圏精神神経学会にて(左は学会運営理事のパトリック・マルタン教授) COURTESY TADAAKI FURUHASHI
外国でも「寿司」「弁当」「漫画」「オタク」「改善」といった単語は、日本語のまま使われている。「ひきこもり(HIKIKOMORI)」もその1つで、近年、新聞記事や医学関連の講演会で見たり聞いたりする機会が増えた。
「ひきこもり」の語をフランスに輸出し、現地のひきこもり現象を研究する
のが、名古屋大学総合保健体育科学センターの精神科医である古橋忠晃准教授(48)だ。
1980年頃まで、日本の精神医学はドイツやフランスの影響を強く受けていた(今はどちらかと言えばアメリカだ)。古橋もフランスの精神医学を学び、学生時代にはパリのソルボンヌ大学でフランス語を勉強した。「フランスの哲学や小説が好きだったし、精神科医になってからもずっとフランスの精神医学を勉強し、現地に行くことも多かった」と、古橋は言う。 「2008年だったと思うがパリに行き、そこで学生相談をやっている人たちと話す機会があった。そのとき『名前は付いていないが、家にこもってゲームばかりしている若者たちがいる。一体何だろう』という話になった」
■各国でひきこもりについて講演
当時、古橋は名古屋大学で学生診療を始めて3年たった頃で、ひきこもりの学生を何人も見ていた。フランスの例も「ひきこもり」ではないかと発言したところ、「『そんなものは聞いたことがない。共同研究をしよう』ということになった」と古橋は言う。 以来、パリと日本を行き来して研究を進める一方、17年からはフランスでひきこもりと思われる130人ほどの人々と面談し、少なくとも80人以上の医師にアドバイスを実施。自身の監修で、東部ストラスブールに相談窓口を立ち上げ、フランスやイギリス、スウェーデン、オランダ、モロッコなどでひきこもりについての講演会も開催してきた。 フランス語で、自分の家から出ない人を説明する単語はいくつかある。ではなぜ「ひきこもり」がぴったりなのか。「閉じこもるという意味のフランス語はいろいろあるが、空間的なイメージが強い。ただ、ひきこもりは空間的な現象ではないと私は思う。彼らは『社会との関係を結べない人たち』であり、そのニュアンスは既存のフランス語になかったのだろう」と、古橋は説明する
病気か? それとも生き方か?
フランスでは、ひきこもりに否定的なニュアンスがないことが日本との大きな違いだ。ひきこもりは悪いことではないとなれば、彼らももっと社会に戻りやすくなる。「日本でひきこもりというと、常に病気という観点で見てしまう。フランスで教えられたのは、『ひきこもりは病気か? 生き方ではないのか』という考え方があり得ること。そこが素晴らしい」 コロナ禍でも、1年に数カ月はストラスブール大学病院の地域で看護師と共に患者を訪問している。ひきこもりを自宅に訪ねるのは難しいと思われるかもしれないが、訪問診療の根付いているフランスでは「面談を断られたことがない」と、古橋は言う。 なかには、フランスの精神科医には会いたくないが「外」から来た日本人の古橋なら会ってもいい、というひきこもりもいるという。 日本とフランス、それぞれの文化を考察しつつ、よりよい解決策を探っていく――古橋の取り組みはまだ続く。
西村カリン(ジャーナリスト
フランスでも「ヒキコモリ」問題が拡大中、ただし日本とは大きな違いが(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース