他人の人生を狂わせてしまって後悔しない日はない」――入江慎也が語った騒動と相方・矢部への思い

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Yahoo!ニュース オリジナル 特集

撮影:キンマサタカ

2年前に芸能界を騒がせた闇営業問題。その中心人物とされたカラテカ・入江慎也(44)は、吉本興業から契約解除され芸能界を離れた。入江がその後、身を投じたのは清掃業界。現在は社員2人を抱え、経営は順調に見える。騒動から2年。経営者となった入江は何を思うのか。そしていまだに「解散していない」というコンビ「カラテカ」の相方・矢部太郎への思いも聞いた。(取材・文・撮影:キンマサタカ/撮影:小川久志/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

清掃業務は早朝から始まる

中古の作業車で現場に到着した入江。手分けして清掃用具を下ろしていく(撮影:キンマサタカ)

 

 

10月下旬、都内の高級住宅街。瀟洒なマンションの前に到着した1台の白い作業車から、静かに3人の男が降りてきた。リアハッチを開け、清掃用具の荷下ろしが始まる。用具を担いだ3人はマンションの階段をのぼり、目的の部屋のインターホンを鳴らした。 部屋に入り2人に指示を出すと、残る小柄な男は別の部屋に向かった。彼こそが入江慎也。2年前に闇営業問題で騒動の渦中にいた男は、現在都内で清掃会社を経営している。この日はエアコンクリーニングの依頼が入ったという。 「ハウスクリーニング全般をやりますが、季節の変わり目にはエアコン清掃の依頼が多いですね」

エアコンの清掃作業は手際が肝心だがそれ以上に丁寧さが求められる(撮影:キンマサタカ)

 

 

黙々と清掃用具を広げていく。この日のクライアントからの依頼はこれで2回目。半年前に続く訪問となったのは前回の清掃を評価してもらったからだという。 作業が始まったのは午前8時15分。 「深夜まで飲み歩いて朝方に帰宅することが多かった昔からは考えられないですよね。でもすっかり慣れました」 手慣れた様子でエアコンのカバーを外し、養生テープを貼っていく。メインのエアコンを2人の若手に任せると、入江自身は別室のエアコンに取りかかる。エアコンは型式によって取り扱いが異なる。今回のように型が古いものや、埋め込み一体式は難易度が高いという。若手は戸惑いながら作業を進めているが、入江はほとんど指示を出さない。

「するべき仕事はひと通り覚えているんです。でも現場に出るとやっぱり戸惑うことがある。そういう時はこちらから声を掛けないことにしています。自分で考える行為が重要なんですよね。とはいえお客様にご迷惑はおかけできないので、迷った時は自分でどうするか考えた後で合ってるか確認に来るよう伝えてあります。数ある清掃会社からうちを選んでくれたのでね、どうにか一人前になってほしいんです

 

 

 

 

後悔しない日はない

インタビューは都内にある事務所で行われた(撮影:小川久志)

2年前、テレビは朝から晩まで芸人の闇営業問題一色だった。渦中にいた男たちの人生は大きく変わった。そして、その当事者であった入江は世間から責任を問われ、事務所からは契約を解除された。

「高校時代の矢部はとにかく面白かったですね」(撮影:小川久志)

「自分のことよりも、他人の人生を狂わせてしまった。今でも後悔しない日はないです」 幼い頃から憧れていた芸人という仕事を追われ、その上、想像をはるかに超える大バッシング。自身が売りにしていた「合コンキャラ」「後輩キャラ」への反発がとめどなくあふれ出すのを感じた。世間が自分を芸人として認めていなかったことにも改めて気がついた。 芸人になることを夢見ていた入江は、高校の同級生だった矢部を誘ってお笑いの道へ進んだ。学生時代からリーダーシップを握っていたのは入江だった。 しかし、プロになってから入江は相方の真の才能に気づく。 「コンビの主役は自分だと思ってたけど、ぜんぜん違ったんです。どこに行ったって、相方のことを聞かれる。矢部くんって面白いよねって」

自分の限界を感じ、同時に相方の才能に嫉妬したという(撮影:小川久志)

相方は仕事がどんどん決まっていく。葛藤した入江はどうにか先輩に可愛がってもらうために、プライベートを犠牲にした。無償で引っ越しの手伝いに行き、合コンを頻繁にセッティングし、食事に誘われたらいつでも家を飛び出せるよう、都心に家を借り……。先輩が喜ぶことならなんでもした。まさに太鼓持ちだ。 先輩たちがテレビに出始めると自然と入江もテレビに呼ばれるようになった。そこで先輩たちのエピソードを話すとうけた。 「この辺りからチャラいキャラクターで認知されるようになったんです。自分の武器はこれだと思いました」

「一生追いつけない」感じた限界

あのことを思い出さない日はないという(撮影:小川久志)

その「チャラい」キャラクターが作り手たちにハマり、どんどん露出を増やしていく入江。その一方でマイペースな相方に対する鬱憤も溜まっていった。 「もっと世界を広げろよってアドバイスをしたこともありました。自分は他人とつながって仕事が増えたから、お前ももっと外に世界を広げたほうがいいよって。今思うと本当に恥ずかしいです」 だからこそ、自分の仕事が減るのと前後して、矢部が漫画(『大家さんと僕』)で売れたときは正直悔しかったという。相方を輝かせるのは自分だと思っていたからだ。 相方が露出を増やすなか、入江に生まれたのは焦りだった。もっと売れたい。負けたくない。 でも、自分には自信がない。周囲には売れっ子と呼ばれる才能豊かな先輩ばかりで、常に圧倒されていたからだ。 「一生追いつけないと思ってました。売れてる後輩に対するコンプレックスもありましたね。とにかく焦っていたんです」 芸能界から消えたくない。その結果キャラが消費されていく悪循環。その頃になると「友だち5000人」が彼の代名詞になっていた。 人に会うことが仕事になってしまうと、たとえ興味がない相手でも会わないわけにはいかない。断ったら仕事がなくなる。 「僕は大喜利で笑いを取ったことはありません。テレビでも先輩の話をするしかない」 勢いのある後輩に「そんなことするために芸人になったんですか」と辛辣な言葉を投げかけられたときはショックだったという

 

 

 

 

 

 

 

きっと自分は調子に乗っていた

背の低い入江はエアコン清掃作業が苦手だという(撮影:キンマサタカ)

憧れた芸人の世界。どうにかしてこの華やかな世界にしがみつこうと必死だった。できる仕事はなんでもこなした。その結果、事務所を飛ばして闇営業の仲介をしたことが、先の騒動につながるのだが、会社にも先輩にも迷惑をかけたとこうべを垂れる。 「あの件に関しては本当に相手がどんな人間かよく分からずに、知り合いの人から紹介されて出会ってしまった結果でした。でも、自分が調子に乗っていたのは間違いありません。『最近ふわふわしてるぞ』と何度も注意されましたし、先輩たちはそうやって調子に乗って転げ落ちていった人をたくさん見てきたんでしょう。でも当時の僕は、せっかくのアドバイスも聞く耳を持たなかった」 その結果、先輩のためによかれと思ってやってきたことが、悲劇を招いた。誰かの人生を変えてしまうことの恐ろしさを知った。 「世間をなめていたんです。あのときのことは悔やんでも悔やみ切れないです。思い出すたび消えてしまいたい。迷惑をかけた人たちに何ができるのか、いまだに答えは出ません」

ここまでできたのは人に恵まれたから

「僕の話題が仕事先のテレビで流れていたことも」(撮影:小川久志)

仕事も信頼もすべてを失った入江は、なぜ清掃業を選んだのか。 「騒動の真っただ中は家の外に出られない状況が続きました。精神的にも追い込まれていたんですが、ある日、部屋の掃除をしたんです」 芸人時代にネタで使っていたフリップや小道具、過去の写真などを思い切って捨てた。驚くほどすっきりした。掃除は新しい人生を進む自分に向いているのかもしれないと思った。 インターネットで「目黒区 清掃」と検索して、近所の清掃会社に電話をした。アルバイトしたい旨を伝え面接に足を運ぶと、清掃会社の社長はびっくりしていた。 「騒動のことはひとつも聞かれませんでした。本気でやる気はありますか?と何度も聞かれました」

時給1100円、42歳の再スタート。年下の社員たちの下で、アシスタントをしながら仕事を覚えた。顔をマスクで隠して現場に向かった。 「今でもエアコンは難しいですね。高いところにあるので背の低い自分には不利ですし、機械だから壊れることもある。お風呂やキッチンの汚れが落ちるのは楽しいですよ」 きついこともあったが仕事を続けられた。それは人に恵まれたからだと振り返る

 

 

 

 

清掃業はやりがいのある仕事

作業終了。エアコンから出た汚水は真っ黒だ(撮影:キンマサタカ)

「清掃業を始めたときに『禊ぎなのか?』と言われたことがあります。世間の皆様に対して、反省しているということを見せるために選んだ仕事だと思われてしまったのでしょう。でも、僕は禊ぎで清掃の仕事を始めたわけじゃない。やりがいのある仕事だと思っていましたから」

これからは現場だけではなく営業にも力を入れたいと語る入江(撮影:小川久志)

入江の会社の名前は「ピカピカ」。ピカピカのセカンドキャリア1年生。心機一転の意味も込めた。 ピカピカには現在、冒頭に登場した2人の若手社員がいる。 2人は入江と一緒に働きたいと応募してきた。元役者と元フリーター。入江が彼らに最初に教えたのは挨拶の仕方だったという。 「ごちそうさまは大きな声で。うれしいことがあったらきちんとお礼をする。その瞬間に満足してはコミュニケーションが終わってしまいますよね」 彼らには芸人時代に培ったコミュニケーションの大事さを教えている。 「お金を頂戴しているお客様の前では、我々は等しくプロです。清掃についてはもちろんですが、コミュニケーションにおいてもプロとして振舞ってほしいんです」 エアコンの清掃依頼が来たら、その先のアフターケアも説明する。客が何を欲しているかを会話の中から探す。売り上げが達成できない理由を人のせいにしない。それは彼らに自力で稼いで幸せになってほしいからだ。

ピカピカはまだまだ零細企業の枠を出ないが、日々の仕事で充実感はある。 「生活は本当に変わりましたね。今は朝6時になると目が覚めちゃう」 自分が倒れたら会社はあっという間につぶれてしまう。2人の若者を雇用した責任も感じている。責任感とは、これまでの入江にはなかったものかもしれない。 「ここで一人前になって仕事が楽しいと思ってほしい。そして様々な境遇の若者に清掃の世界に飛び込んできてほしいですね」

この部屋をきれいにしたんだぞと胸を張りたい

矢部が描いたイラストを使った作業終了通知メモ(入江のInstagramより)

今でも入江はことあるごとに相方の矢部に連絡をする。最近は仕事で使うイラストを描いてもらった。もちろん事務所を通して。

「清掃終了カードに使う絵をカラーで描いてもらいました」 新しい部屋に入ったときに「清掃が終わっています」というメモが置いてあるのを見たことがあるかもしれない。これは業者がきっちりと清掃を終えた証しである。 「誰もいない空室の掃除は、人といることが好きな自分にとっては、とても孤独な仕事なんですね。朝から夜まで誰とも会わないこともありますから」 俺がこの部屋をきれいにしたんだぞって胸を張りたい。せっかくだから矢部の描いたイラストをつけて部屋に残すようにしたのだ。 「そっと無言でやるのが美学かもしれません。でも、掃除した人に思いを馳せてほしいんです

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが喜んでくれる仕事

清掃業への決意を語る入江(撮影:小川久志)

清掃業を盛り上げたい。若者がやりがいをもってできる仕事にしたいと入江は遠くを見据える。

コンビを解散していないという入江(撮影:小川久志)

一方で、コンビでの活動はしていないものの、カラテカはまだ解散していない。お笑いはいつかまたやりたいけど、難しいだろうとは思っていると入江は正直に語る。 清掃業に専念すること2年。毎日を愚直に積み重ねたら、今の自分を変えるきっかけを作れるかもしれない。時間がかかってもいいから迷惑をかけた人にお詫びしていきたいと思っている。今は自分が歩んできた道を信じて進んでいくしかない。 「あの過ちがあって、今、自分は違う人生を歩んでいます。決して消えることのない後悔を抱きながら今を生きている。毎日勉強の日々ですけど、誰かが喜んでくれる仕事に出会えたことは幸せだと思っています」

ーーー 入江慎也 1977年生まれ。1997年に高校の同級生だった矢部太郎と「カラテカ」を結成。2019年に吉本興業から契約解除され、芸能界を離れる。株式会社イリエコネクション代表取締役。2020年7月にハウスクリーニング「株式会社ピカピカ」を設立。21年には大阪支店と、千葉支店、神奈川支店をオープンさせた。11月に著書『汚部屋がピカピカになると世界が変わる!業者の(秘)家そうじ』(主婦の友社)が発売予定。 キンマサタカ 1977年生まれ。大学卒業後にサブカル系出版社に入社し、書籍編集から営業まで幅広く担当する。2015年に編集者として独立。株式会社パンダ舎を設立し、多くの書籍を手がける。ライター・写真家としても活躍し、岩井ジョニ男のインスタグラムをプロデュースしたことで話題に