A・ボールドウィンに「弾は入っていない」と銃を渡した助監督は、以前から悪名高い人物

ニューズウィーク日本版

<安全管理を軽視する助監督を野放しにしてきたせいで、ボールドウィンは人を死なせてしまうことになったのか>

2017年のエミー賞授賞式でのアレックス・ボールドウィン Mike Blake-REUTERS

 

 

 

 

米ニューメキシコ州サンタフェの映画撮影現場で21日、小道具の銃で誤射が起きて2人が死傷した。事故の前、助監督のデーブ・ホールズは俳優のアレック・ボールドウィンに問題の銃を渡し、弾丸は入っていないと説明していたという。 

 

 

 

人を撃ってしまって取り乱すボールドウィン 

 

 

 

この事故について、本誌は映画やテレビドラマの撮影で使われる火薬の専門家で小道具製作も手がけるマギー・ゴールに話を聞いた。 今回の誤射は助監督のホールズが「安全な労働環境の維持を怠った」ためというのがゴールの見方だ。かつて同じ撮影現場で働いた際も、ホールズは現場の安全に十分に配慮していなかったという。 ゴールによれば、ホールズが関係した映画の撮影セットは「閉鎖空間」になる傾向があった。「消防車のための通り道や駐車スペースも用意されず、出口はふさがれて......安全のための打ち合わせもなかった」 またゴールは、「映画業界では、銃の安全に関する適切な知識や経験の欠如が常態になっている」と述べた。 誤射が起きたのは西部劇映画『ラスト(原題)』の撮影現場。ホールズはボールドウィンに、弾丸はこめられていないと言って小道具の銃を渡したという。 警察によれば、ボールドウィンはこの銃の引き金を引き、撮影監督のハリナ・ハチンズが死亡、ジョエル・ソーザ監督が負傷した。 <セットに実弾を持ち込むこと自体が問題。 ゴールは今後、ホールズと仕事をしたことのある人々の多くの証言を集めた正式な報告書の作成を求めていくという。 「セットにおいて銃の安全性がおざなりにされていい理由は絶対にない。たとえそれが、発砲できない小道具の銃でもだ」とゴールは述べた。 NBCニュースによれば、セット内での武器の安全性に関して関係者が正式に告訴されたかどうか、映画の制作会社は把握していないとしているという。 本誌は制作会社にコメントを求めたが、回答は得られなかった。 撮影現場で実弾を扱うことは「完全な犯罪事件」と捉えるべきだとゴールは考えている。銃は本物であれ小道具であれ、セットへの持ち込みは一定のルールの下で行うべきだという。 例えば、現場に経験豊かな小道具担当者や免許を持ち経験も積んだ武器担当者を配置するとか、けっして銃を人に向けない、といったことだ。また、リハーサルなら発砲できないレプリカを使うこともできたはずだとゴールは言う。 「どんな場合であれ、セットの近くに実弾を持ち込むべきではない」とゴールは言う。 次のページ助監督は以前から安全意識が低かった

 

 

 

 

ゴールは、火薬担当の責任者が撮影現場から救急搬送されたかつての事例にも触れた。この時ホールズは、火薬担当者の不在にも関わらず、撮影を再開しようとしたという。 ホールズはその時、撮影クルーに対して「ゴールが続行していいと言った」などと言っていたという。 実際にゴールが言ったのは、撮影再開は「炎や火花がセットからすべてなくなってからだ」ということだった。 ゴールはホールズについて「年上の愛想のいい第1(助監督)で、普通に個性が感じられる人」というのが第一印象だったと語る。だが「そうしたうわべの顔はすぐに消え去った」。 ゴールが最後にホールズと一緒に仕事をしたのは2019年のフールーのドラマ「イントゥ・ザ・ダーク」の撮影現場だった。この時、ホールズはセット内に武器があることをスタッフに知らせるのを怠ったという。 「撮影クルーが武器の存在に気づいた理由はただ1つ、小道具担当の助手がデーブに武器の存在を認めさせ、毎日の状況について報告するよう要求したから」だった。 <安全性を懸念する現場の声にも耳を貸さず> 「(助手は)銃が撮影で使われる日は、それがどんなものか――ゴムやプラスチック製の発砲できないレプリカなのか、弾丸を抜いて撃てなくしてある本物なのかについてクルーに知らせるとともに、その銃をセットに持ち込んで出演者に渡す前に誰でもチェックできるようにしていた」とゴールは述べた。 またこの助手は、俳優たちがセットから出る前に持たされた銃をきちんと返却するよう目を光らせていた。デーブに対しては「銃を返却していない俳優たちを現場から帰したり、安全に関する連絡を怠っている、としょっちゅう苦言を呈していた」という。 ゴールは別の現場の話として、セットが嵐に遭い電気コードが雨に濡れたり、ライトが泥に埋もれたりしている時にも、ホールズは撮影を再開したと報じられているという。 今回の誤射に関してゴールは「劣悪な状況や低予算に加え、製作幹部やかじ取り役として雇われたスタッフの経験や配慮の不足もあって起きた事故だ。もし彼らが十分な経験者で知識もあったとすれば、ひどい怠慢があったことになる」 警察によれば捜査は続行中で、これまでに起訴された人はいないという。

ファトマ・ハレド