ブレイクスルー感染、日本はイスラエルの二の舞になるのか?
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---------- 欧米に比べてワクチン接種が遅れていると言われてきた日本だが、国を挙げた取り組みが功を奏して、ワクチンの1回接種率は米国やイスラエルを追い抜き、2回接種率でも米国を追い抜き、イスラエルに並んだ。ワクチン接種率の上昇が影響してか、デルタ変異株(インド型変異株)による感染第5波も収束方向に向かいつつある。 しかし、気がかかりな材料もある。ここにきて、ワクチンを2度接種したにもかかわらず感染する「ブレイクスルー感染」が国内でも相次いで報告されているのだ。世界に先駆けてワクチン接種を進め、感染を制圧したかに見えたイスラエルではブレイクスルー感染が相次ぎ、9月上旬には1日当たり新規感染者数は過去最悪を記録した。日本もイスラエルのようなブレイクスルー感染の大流行が起きるのだろうか。 ベストセラー『新型コロナワクチン「本当の真実」』の著者が最新データをもとに分析した。
---------- 武漢から流出!?新型コロナウイルス人造説の科学的な根拠はあるのか
私が『新型コロナワクチンの本当の「真実」』という作品を執筆してから、2ヵ月が経過しました。刊行されたのは8月18日ですが、実際の編集作業が完了したのは8月上旬でした。その内容は概ね現在の感染状況を説明できるものですが、刊行当時と大きく状況が変わったのがイスラエルにおける感染の再燃です。 イスラエルでは2020年12月中旬からアルファ型変異株(英国型変異株)が猛威を振るい、感染者が急増しました。そのため、同国は世界に先駆けて、12月末からファイザー製のmRNAワクチンの集団接種に踏み切りました。1回目の接種直後は感染者が減らず、ロックダウンを導入したものの、それでも事態は改善しませんでした。ところがワクチンの2回目の接種が始まって約2週間後から感染者の増加が頭打ちとなり、やがて急激に減少し始めました。 ワクチンの接種率が約6割の時点(4月11日)で、1日当たりの新規感染者数は122名。これはピークだった2021年1月20日の1万213名のほぼ80分の1でした。さらに4月後半の段階では、ワクチン2回接種後に感染するという「ブレイクスルー感染」の頻度は非常に低く、医療従事者においてすらわずか0.3%程度でした(https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2109072)。 このように、イスラエルは、一度は新型コロナウイルスをワクチン接種によって制圧したかのように見えたのですが、一時の効果に気をよくして社会的制限をすべて撤廃したこともあり、6月末から新規感染者が急増し、8月末には毎日1万人を超える状態になりました。そして9月1日には、2万523人と過去最悪を記録しました。 これはもう「感染爆発」といっていい状況です。3回目のブースター接種を開始するなど迅速な対応もあり、9月下旬には、1日の新規感染者は5000人台に減少しましたが、完全な収束にはほど遠い状況です。 ワクチン接種で世界のトップを走り、一時は新型コロナウイルスを征圧したかのように見えたイスラエルにいったい何が起きたのでしょうか
社会的規制の解除とデルタ変異株の流行
感染爆発を招いた要因は2つあります。前述した各種規制の解除とデルタ変異株(インド型変異株)のまん延です。 6月1日、イスラエル保健省は、同国内に新型コロナウイルスに関する各種規制のほぼ全てを解除しました。それまでは、コンサート会場などの施設などへの入場に際し、ワクチン接種証明を求めたり、職場などにおいて収容人員を規制し、ソーシャルディスタンスを求めたりしていたのですが、これらの規制をすべてやめてしまったのです。 当時の感染状況を考えると、規制当局が感染はほぼ収束したと判断したのも無理からぬことでした。イスラエルでは、ピーク時には1万人を超えていた新規感染者数が、5月23日はわずか12人にまで減少、重症患者数はピーク時に1228人だったものが59人まで減少していました。実効再生産指数も1を切っており、感染が再拡大する兆しはありませんでした。 その間、ワクチン接種は粛々と進められ、5月23日時点では、70歳以上の高齢者は90%以上が2回接種済み、接種が最も遅れて始まった20代でも77%が1回目の接種を終えていました。全国民の58.5%が1回目、55.0%が2回目の接種を完了していたのです。 また、イギリスではワクチンの2回接種がデルタ変異株の発症予防にも有効であることが医学情報のトップジャーナルのひとつ『New England Journal of Medicine』の7月21日号オンライン版(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2108891)に発表されています。 それによると、ファイザー製ワクチンを2回接種した場合、発症予防効果は、アルファ変異株で93 .7%、デルタ変異株で88.0%という数字でした(『新型コロナワクチン 本当の「真実』でもこのデータを紹介しています)。 ただし、このデータは、イギリスがまださまざまな社会的制限の解除をする前のものです。少なくともその時点では、ワクチン2回接種の効果は、武漢株の発症予防効果94%にはやや劣るものの、デルタ変異株に対しても有効率が高く、十分に発症を予防できていたことを示しています
重症化予防効果は相変わらず高い
イスラエルでは、感染者の増加にともない、ワクチンの追加接種を受ける人が見られるようになった photo by gettyimages
しかし、イスラエルではデルタ変異株が国内に入るとともに、新規感染者が再び急増しました。そして、ワクチンを2回接種したにもかかわらず感染してしまう「ブレイクスルー感染」が相次いだのです。一時は新規感染者の半分ぐらいがワクチン2回接種者、つまりブレイクスルー感染であるとも報道されました。 さらに、一部の新聞報道では、デルタ変異株で88%近くあると思われていた感染予防効果が5割を切るかもしれないとのことでした。これらのことから、反ワクチン派の人たちは「イスラエルではブレイクスルー感染が頻発してワクチン効果がほとんど見られていない。やはりワクチンは効かない」と繰り返し発言しています。 しかし、一方で、8月末のイスラエルからの疫学データを見ると、ファイザー製ワクチンの重症化予防率は60歳代以上で86%、40~59歳では94%とのことなので(https://doi.org/10.1101/2021.08.24.21262423)、感染予防効果はかなり下がりつつあるものの、重症予防効果はかなり高いレベルで保たれていることがわかります。 そうなると、イスラエルでは実際のところ何が起きているのでしょうか? 本当の「真実」を知りたいものです。
ブレイクスルー感染の実態は?
ワクチン2回接種者(ブースター接種なし、年齢16~59歳)10万人当たりのブレイクスルー感染者数(●の中の数字が感染者数)
このことを知るためには、8月11日に発表されたイスラエル保健省のデータが役に立ちます。それを見ると、規制解除をする6月1日まではブレイクスルー感染はきわめて稀だったのですが、6月後半からその回数が増え始め、8月初旬になると急激に大きく増えています。 前述のごとく、別の報道では、集団内で多数の人が感染するいわゆるクラスター感染が起きると、感染者の半分以上がクラスター感染であるというケースもありました。 さらに、ブレイクスルー感染の中身を見ると、ワクチン接種完了時から時間が経っている人ほど感染しやすく、逆に接種後の時間が短い人ほど感染しにくい傾向が明らかに見られます。つまり、当初高かったワクチンの感染予防効果が時間とともに明らかに低下していて、そのためにブレイクスルー感染の回数が大きく増えていることがわかります。 そしてブレイクスルー感染による重症者も一部出ています。これだけを見ると、かなり心配な状況のように見えます。 ところが、同じ8月11日のイスラエル保健省のデータをさらに良く見てみると、これまで見えていなかったことが見えてきます。それは、ブレイクスルー感染の頻度が実は思っていたほどは高くないということです。 上記の保健省のデータでは1月24日から8月8日の週までに起きたブレイクスルー感染の回数と人口10万人あたりの頻度が2回目に接種をした月ごとに示されています。それを見ると、8月1日からの1週間でブレイクスルー感染を起こしたのは10万人あたり1226人、つまり1%ぐらい、多くてもおそらく一桁台の低い頻度なのです。 つまり、前述したクラスター感染の場合のように、感染者を分母にするとブレイクスルー感染の割合は高くなるのですが、2回接種者を分母とするとブレイクスルー感染の割合はぐんと低いことがわかります。 確かに数ヵ月前と比べると、ブレイクスルー感染の頻度は何倍かに増えているものの、それでもワクチン2回接種をした人の大部分は感染していないのです。 しかも、ワクチンの重症化予防率を見ると、デルタ変異株が流行しているにもかかわらず、前述のごとく、依然として80%台の後半から90%台という非常に高い有効率を示しています(https://doi.org/10.1101/2021.08.24.21262423)。つまり、反ワクチン派のいうような状態にはなっていません。 感染者を分母としたときにはブレイクスルー感染の頻度は非常に高いように見えるものの、ワクチン2回接種者を分母として見るとそのほとんどは感染していないということになります。 これは、ちょうど1枚の絵の全体を見るか、それとも部分だけを見るかというような違いです。どこを見るかで得られる印象が全く異なるのです。部分だけにとらわれずに、全体をじっくりと見ることです。すると、正しい全体像がやがて見えてきます。 同様のことが8月末にオランダのグループから投稿された査読前論文(https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.08.20.21262158v1)でも報告されています。 オランダで流行しているのはデルタ変異株で、デルタ変異株流行とともにブレイクスルー感染が目立つようになってきました。しかし、コロナ治療に関わる医療従事者でワクチン2回接種者2万4706人(平均年齢は25.5歳で、91%が50歳以下)のうちブレイクスルー感染が見られたのは161人で、その頻度は0.65%と、100人に1人以下、逆に言うと、ワクチン2回接種をした100人中のうち少なくとも99人は感染しなかったのです。また、感染した人たちは全員軽症で、重症化した人はいませんでした。 さらに、感染者でPCR検査をすると、ワクチン接種者と非接種者の間でCt値(PCR反応で陽性と判断したときの増幅サイクル数。ウイルスRNA量が多いほどCt値が小さくなる)には有意な差はなかったのですが、感染性ウイルスの検出率はワクチン非接種者に比べてワクチン接種者では明らかに低く、ワクチン2回接種により感染性ウイルスを排出することが抑えられていることがわかりました。 ワクチン接種者では粘膜面でIgA抗体やIgG抗体が出来ているので、気道でウイルスが抗体により包まれ、そのために感染性が落ちていたのかもしれません。 さらに、アメリカ・カリフォルニア州の医療従事者でも、ブレイクスルー感染が起きてもその頻度が非常に低いことが報告されています(https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMc2112981)。この地域ではデルタ変異株の流行が増えて医療従事者におけるブレイクスルー感染も増加したのですが、その頻度は0.57%と、100人に1人以下でした。 このように、感染者だけに注目をすると、ブレイクスルー感染を起こす人の割合が世界各国で増えていることは確かですが、一方で、ワクチン2回接種者を分母にとってブレイクスルー感染の割合を計算してみると、その割合は、実際は一桁、多くても100人に数人以内というのが多くの国で見られていることです。 そして、普段から感染防御対策をしっかり取っている医療従事者ではその頻度はさらに一桁低く、1000人に数人程度です
ワクチン接種は厚手の「トレンチコート」
イスラエルのCOVID-19の死亡者数(8月10日~9月8日、ただし12歳以下は除外)
このようなことから、私は次のようなたとえを使って新型コロナウイルスとワクチン効果の関係について説明しています。 すなわち、新型コロナウイルスは、決して鉄砲の玉や弓矢や槍のような強い殺傷効果をもつものではありません。むしろ、雨滴みたいなものです。少々なら浴びても大丈夫です(=感染はしません)。 しかし、たくさん浴びると、からだが濡れる(=感染する)、あるいは、悪くするとずぶ濡れになる(=重症化する)ことになります。この場合、雨滴がどこから来るかというと、既に感染している人の口から飛び出してくるのです。 ということは、集団の中で感染者の数が多ければ多いほど、その集団に降る雨の量が多くなり、ワクチン接種者であってもブレイクスルー感染の頻度も増えるようになります。逆に、感染者が少なければ、降雨量は少なくなり、それに応じてブレイクスルー感染の頻度も低くなります。 このように考えると、ワクチン接種を2回受けるというのは、いわば防水加工したトレンチコートや少し厚めのレインコートを着るようなものです。少々の雨なら十分に防げるのです(=感染は防げるということです)。ところが、大雨になると、からだが濡れてしまいます(=感染してしまいます)。だから感染者が多い地域や場所ではブレイクスルー感染が起こりやすくなるのです。 一方、ワクチン接種を受けていない人たちの場合はいわば丸裸の状態ですから、少しの雨でも濡れてしまい(=感染してしまい)、雨が多くなると、当然ずぶ濡れとなり、重症化することとなります。 この話をすると、「なるほど、わかりやすい」と言う方が多いのですが、一方で「ワクチン接種が薄っぺらなレインコートぐらいの役目しかないのなら、着ないほうがましだ。むしろ感染して免疫を得たほうがよい」などと言う人もいます。しかし、それは私が言うレインコート、トレンチコートの意味をまったく取り違えています。 私は、ワクチン効果がコンビニで売っているビニールの薄っぺらな雨合羽みたいなものだなどとは言っていません。もっとずっとしっかりした防水加工済みのトレンチコートあるいはレインコートみたいなものだと言っているのです。 ちなみに、トレンチコートのトレンチとは英語で塹壕(ざんごう)のことです。トレンチコートとは塹壕戦が多かった第一次大戦の時にイギリス軍が用いた悪天候用の防水型軍用コートのことです。 おしゃれ好きな方はバーバリーとかアクアスキュータムというブランドネームをお聞きになったことがあるかもしれません。いずれもトレンチコートを作って有名になった紳士服メーカーです。非常にしっかりした厚手のコートを作っています。これを着て、さらに上襟を立てると、少々の雨でも濡れません(古い方は、名画『カサブランカ』の主演男優として有名なハンフリー・ボガードがしばしば映画の中でトレンチコートを着ていたことを覚えておられるかもしれません)。 いずれにせよ、私が言うトレンチコート、レインコートは厚手の撥水性、防水性のもので、少々の雨は受け付けないものです。コンビニで売っている安手の雨合羽のことではありません。 ワクチンの重症化予防について、アメリカ·ペンシルバニア大学医学部のジェフリー・モリス教授が興味深い分析をしています(https://www.covid-datascience.com/post/what-do-new-israeli-data-say-about-effect-of-vaccines-boosters-vs-death-critical-severe-disease)。 モリス教授は、イスラエル保健省のデータを統計学的に仔細に検討した結果、ワクチンは間違いなく重症化抑制にも死者数抑制にも貢献していると結論づけています。 モリス教授の解析結果を見ると重症化予防率は、12歳以上で77.2%、12~60歳で89.3%、60歳以上で69.4%という数字が出ています。つまり、60歳以上の高齢者では重症化予防効果が下がっていますが、12~60歳では相変わらず高い重症化予防率を維持しています。 まとめると、新型コロナワクチンを2回接種したからといって完全に感染や発症を免れるわけではありませんが、国が行動制限を全面的に解除せず、徐々に緩和していくようにすれば、ブレイクスルー感染の発生はある程度抑えることができるはずです。 また、発症や感染予防効果は低下しているものの、依然として重症化予防については高い有効率を維持しています。ブレイクスルー感染の恐怖やリスクをあおり立てる報道が目につきますが、決して悲観的に考えるような状況にはないので、油断することなく、これまで同様の生活をおくっていただきたいと思います。 後編『「ワクチン接種すると感染者が増える」はフェイク』(10月13日公開予定)に続く ---------- 新型コロナワクチン 本当の「真実」 現代新書 著・宮坂 昌之 免疫学の第一人者として絶大な信頼を得ている著者が、最新の科学的エビデンスをもとに新型コロナワクチンの有効性と安全性を徹底分析。ワクチンに対する疑問と不安がすべて解消する新型コロナワクチン本の決定版! ----------
宮坂 昌之(大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授