自衛隊によるアフガニスタンからの「邦人輸送」、実は「大きな問題」があった
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緊迫続くアフガニスタンからの邦人輸送
8月17日、カブールで記者会見を行うタリバン[Photo by gettyimages]
政府は、イスラム教原理主義タリバンが全権を掌握したアフガニスタンに残る日本人や現地スタッフを国外に退避させるため、航空自衛隊のC2輸送機1機とC130輸送機2機を首都カブールの空港へ向けて派遣した。 【写真】もうすぐ、日本人が「絶滅危惧種」になる日がやってくる 2013年に起きたアルジェリアのテロ事件を受けて自衛隊法が改正され、陸上輸送が可能となったが、今回は空港外での移動支援は実施しない。 空港外のゲートに国外脱出を希望する群衆が押し寄せ、タリバンが威嚇発砲する事態に陥る中、現地の日本人や現地スタッフが空港にたどり着くまで輸送機は待機を続けることになる。 空港の安全確保は米軍に依存しているが、米軍の駐留はバイデン米大統領が撤収を命じるまでの限られた期間でしかなく、空輸の成否は予断を許さない。 在アフガニスタン日本大使館の職員12人は英軍の輸送機に同乗して国外へ脱出済み。国際機関で働く日本人職員や大使館などで働いていた現地スタッフは取り残された。19日にあった自民党外交部会では彼らを残したことに批判の声が相次いだ。 この日の部会で、防衛省側は「自衛隊派遣の根拠法となり得る自衛隊法84条の3『在外邦人等の保護措置』、84条の4『在外邦人等の輸送』とも日本人が1人でもいないと派遣は不可能」と説明し、消極的な姿勢を示していた。 しかし、アフガニスタン問題をオンラインで議論する主要7カ国(G7)首脳会議が24日に迫り、各国が軍隊を派遣している状況から「日本だけ何もしなくてよいのか」との焦りや「他国に頼ると後回しにされる」などの懸念が浮上。菅義偉首相が22日になって急きょ、自衛隊機派遣を決めた。 C2輸送機の定員は110人、C130輸送機は92人なので相当な人数の現地スタッフやその家族も同乗させることができる。外国人を輸送すれば、初めてだ。
これまでとは、危険性が異なる
アフガニスタンへ派遣されたC130輸送機の同型機(防衛省提供)
だが、今回は過去に実施した邦人輸送とは難易度が違う。 そもそも邦人輸送とは、危険が差し迫った外国にいる日本人を自衛隊が艦艇や航空機で安全な国や地域へ輸送することで、政府専用機を導入したことがきっかけとなり、1994年11月の自衛隊法改正で初めて規定が盛り込まれた。 過去には以下の通り、4回の実施例がある。 (1) 自衛隊のイラク派遣に際し、現地の治安が悪化し、2004年4月15日、陸上自衛隊が派遣されていた南部サマワで取材をしていた報道機関の日本人10人をC130輸送機でクウェートまで輸送した。 (2) 2013年1月16日、アフリカ北部のアルジェリアで日揮の石油プラントが武装勢力に襲撃され、日本人が巻き込まれて死亡。日本政府は政府専用機を派遣して、日本人の遺体9体とその家族ら日本人7人を日本に輸送した。 (3) 2016年7月1日、バングラデシュの首都ダッカのレストランが襲撃を受け、日本人が死亡。政府は政府専用機を派遣して、日本人7人の遺体とその家族を日本に輸送した。 (4) アフリカの南スーダンにおける大統領派と副大統領派の戦闘激化を受け、2016年7月14日、航空自衛隊の輸送機を派遣して大使館職員4人を首都ジュバからジブチまで輸送した。 過去には、さほどの危険がない中でも実施されている。利用されたのはすべて航空機だが、2013年に起きたアルジェリアのテロを受けて自衛隊法が改正され、車両による陸上輸送が追加された。 しかし、いずれの国も自国の治安は軍や警察が担う。自衛隊を派遣して日本人を陸上輸送しようにも相手国が自衛隊の受け入れを認めなければ、実施するのは不可能に近い。 空港や港湾は入国するまでは外国なので、航空機や艦艇は比較的容易に派遣できるが、一歩、外へと踏み出せば相手国の領域になる。今回、陸上輸送を実施するとなれば、タリバン側の同意が必要との見方があり、政府は現実的ではないと判断したもようだ
陸上輸送が除外された理由
陸上輸送に使われる陸上自衛隊の高機動車(陸上自衛隊のホームページより)
アフガンへの輸送機派遣は、自衛隊法84条の4「在外邦人等の輸送」が根拠法令だ。「当該輸送を安全に実施することができると認めるとき」とのただし書きがあり、緊迫する現地情勢を受けて武器を持った陸上自衛隊中央即応連隊の隊員約100人も同乗している。空港までやって来た日本人らを輸送機に安全に誘導するのが任務だ。 ただし、彼らが武器使用できるのは、自分自身や自己の管理下に入った人を守るためか、機体の防護やハイジャックなど機内で起きた緊急事態に限定される。仮に空港へ向かう日本人が襲撃されたとしても空港外に出て武器を使うことはできない。 安倍晋三政権が安全保障関連法の一部として追加した自衛隊法84条の3ならば、「在外邦人等の保護措置」を認めている。この規定にも現地が安全であること、武器使用にあたり当該国の同意が必要なことなど、混沌とするアフガン情勢下では確認が困難な条件が含まれる。派遣した自衛隊を危険にさらすことにもなり、政府は現実的ではないと判断した。 ただ、自衛隊は陸上輸送を想定して特殊車両を購入し、国内外で邦人輸送訓練を繰り返している。 2016年2月16日、タイで開かれた東南アジア最大級の訓練「コブラ・ゴールド」で陸上自衛隊は窓に防弾ガラスを張った高機動車を持ち込み、「大地震が発生、政情不安に陥った国に取り残された日本人らを避難させる」との想定で訓練を実施した。 避難する日本人を載せた高機動車が小銃で武装した隊員の乗った車両に守られ、深緑色の車列が猛スピードでタイ空軍基地内を走り抜けた。 前年の2015年12月17日には豪州から購入したばかりの「輸送防護車」を使って、相馬原演習場(群馬県)で「政変で治安が悪化した国で日本大使館に集まった邦人を避難させる」という想定の訓練が行われた。 民間人役の自衛官15人を輸送防護車に乗せ、空港へ向かう途中、群衆に取り囲まれたり、爆弾による攻撃を受けたりした。群衆に威嚇射撃をするのか、相手に向けて撃ってもよいのか、隊員らは瞬時に難しい判断を迫られた。 自衛隊が武器を使えば、相手との間で銃撃戦になり、任務の危険度は格段に増す。自衛隊は何をどこまですべきなのか。明確な指針を打ち立てられないまま、今回のアフガニスタン派遣を迎え、陸上輸送は除外された。 自衛隊機による邦人輸送には空振りもある。 1998年5月、インドネシアの政情不安を受けてC130輸送機6機が現地へ向けて派遣されたが、退避を希望する日本人は民間機などで脱出し、邦人輸送は実施されなかった。前年の1997年7月にもカンボジアへC130輸送機が派遣されたが、やはり邦人輸送は実施されないで終わっている。 だが、現在のアフガニスタンには日本人が取り残され、出国を希望する現地スタッフがいるのは確実だ。 現地の治安情勢は予断を許さない。タリバン戦闘員は空港に続く道路に検問所を設け、「どこへ行くんだ」「家へ戻れ」と銃を向けて脅している。空輸すべき日本人らの空港までの移動が「自助」となり、安全に自衛隊機までたどり着けるのか見通せない。
半田 滋