売れすぎて入手困難に! なぜ無名ブランドの「ガトーショコラ」は人を魅了するのか
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2020年10月の発売以来、9カ月連続で完売状態が続いている
ガトーショコラ「THE chocola(ザ・ショコラ)」(1本 3800円)。
当初は、オンラインと名古屋の実店舗で本数限定にて販売されていたが、この反響を受けて21年7月3日に東京進出、自由が丘駅から徒歩約2分の好立地に2店目をオープンした。
とはいえ、自由が丘店も毎週金曜、土曜、日曜日のみの営業、1日50本の限定発売となり、連日閉店前に完売しているという。予約販売のみの名古屋店は半年待ちの状態だ。 仕掛けるのは、
20年に創業したばかりの「SERENDIPITY(セレンディピティ)」(東京都目黒区)の代表であり、
オーナーシェフの澤田明男氏(38歳)だ。
澤田氏に、開発の経緯や企業戦略を聞いた。
「驚きの食感」を追い求めた、究極のガトーショコラ
ザ・ショコラの公式Webサイトには、「あなたの常識を覆す究極のガトーショコラ」とキャッチコピーが書かれている。食べる前から「どんな味なのだろう」と興味をそそられるが、同時に期待値がグッと上がり、良くも悪くも転びそうな印象を受ける。 実際に食べてみると、確かに期待を裏切られる感覚があった。 まず、フォークでうまくすくえないことに驚く。口に入れると、しっとりを通り越して、「溶ける」と形容したほうがフィットするような食感だ。カット後、撮影のため食べるまでにやや時間を要したせいで、室温で溶けてよりやわらかく感じたのかもしれない。この食感こそ、ザ・ショコラの最大の特徴であり、澤田氏が訴求したい魅力だ。 「半年間にわたって何百回の試作を重ね、ようやくできあがったのが現在のザ・ショコラです。可能な限り、あらゆる製法や原料を試したところ、食べたときに一番驚きが大きかったものを選びました。超微粒子のメレンゲが、チョコレートの雲を食べているようなシュワッとした食感を生み出しています」 3種類のカカオをブレンドしたオリジナルのチョコレートは、苦味と甘み、果実味のバランスが良く、やや大人向けのテイスト。ワインやシャンパンなどとも合いそうだ。 パッケージにもこだわりが見える。ギフトとしての利用を見込み、シックな黒のボックスにシルバーの泊をあしらい、高級感を演出している。 「ガトーショコラの概念をくつがえすような食感に感動し、誰かに贈りたくなるようなスイーツを目指しました。みなさんが想像する『おいしい』に寄り添うより、驚きが先にくるほうが誰かに伝えたくなるし、認知が広がるだろうと考えたんです」 商品名の頭に付けた「THE(ザ)」はブランド名を表し、「一番の」という意味を持つ。看板商品のザ・ショコラのほかに、「THE pudding(ザ・プディング)」(1個 3500円)も販売する(現在はオンラインと名古屋店のみ
発売直後に話題を呼び、即完売した理由
ザ・ショコラは、現在も買いづらい状況が続いているが、発売直後の売れ行きはすさまじかったようだ。オンラインは毎回、発売から数分で完売、名古屋店の販売分はまたたく間に予約で埋まった。 「当初、名古屋店では毎週水曜日、20本の限定発売としたのですが、想定以上の予約があったため、体制を変更し大幅に本数を増やしました。それでも半年待ちになっており、7月の時点で来年2月のバレンタインの予約が入っています。オンラインであれば断然早く手に入りますが、店舗で購入したい方が多いようです」 ここまでの反響があった理由は、「常識を覆す究極のガトーショコラ」というキャッチコピーへの期待に加えて、澤田氏を支持する多くの人の存在とメディア露出の影響があった。 調理学校を卒業してから、料理人一筋でイタリアンレストランやホテルでシェフを務めてきた澤田氏は、「チョコレートアーティスト」としての顔も持ち併せる。作品を投稿しているインスタグラムには18600人のフォロワーがおり、どの投稿にも1000や2000を超える「いいね」が付いている。 1万~10万人のフォロワーを持つ人は一般的にマイクロインフルエンサーと呼ばれ、比較的フォロワーとの距離が近く、エンゲージメント率が高い傾向が見られる。澤田氏もまさにそうで、彼はフォロワーを「身内」と呼び、フォロワーとのコミュニケーションに熱心な姿勢がうかがえる。 「シェフとして働くかたわら、15年からチョコレートアーティストとして作品を創るようになり、コツコツ投稿して認知が広がりました。毎回、数十から数百のコメントをいただき、そのすべてにお返事しています。18年、35歳のときにチョコレートアーティストとして独立したときは、フォロワーさんの存在が一番の支えでした」 ザ・ショコラの試作期間には、フォロワーを招いて試食会を行い、彼らの意見も取り入れたそうだ。フォロワーは30~50代の女性が中心で、ザ・ショコラの購買層もまったく同じだ。 フォロワー増加には、AbemaTVの人気番組「いきなりマリッジ 結婚に本当に必要なこと4」への出演も関連している。知人から誘われて出演を決めた澤田氏は、「結婚願望があったし、断る理由がなかった」と語る。番組は諸事情により打ち切りとなり、澤田氏が婚姻届を提出することもなかったが、絶好のPRの機会になったのは確かだという。 インフルエンサーの友人、知人も多く、彼らが積極的にザ・ショコラを告知してくれたこと、反響の大きさからテレビのバラエティ番組をはじめ、マスコミの露出を多数獲得できたことも認知拡大につながった。複数の話題性が重なり、新ブランドながら発売後すぐに人気に火が付いたようだ
リピーターは約20%。名古屋店は顔見知りばかり
あっという間に人気ブランドに仲間入りした「THE」だが、名古屋店の半年待ちを解消するための増産を見送り、澤田氏は慎重な姿勢を保っている。ほとんど人を雇わず少数精鋭の体制を貫き、店頭には澤田氏がほぼ一人で立ち続けているという。 「商品だけでなく、コミュニケーションでもお客さんを喜ばせたいと思っていて、それが私の最大のモチベーションです。スイーツの分野にキャリアを寄せたのも、『料理よりスイーツのほうが喜んでもらいやすい』から。接客でもその方針を貫きたいので、ブランドの人気が強固になるまでは私が一人で接客を続けるつもりです」 ザ・ショコラを販売する店舗「THE LAB(ザ・ラボ)」では、足を運んだ顧客に対して、無料のチャイラテを配っている。これも、「顧客に感動を与えたい」という澤田氏の思いの現れだ。 「カルディが無料提供しているコーヒーに感銘を受けて、チャイラテの無料提供を始めました。店舗前に列ができてしまうこともあるので、何か飲み物があったら良いかなという思いもあって。このチャイラテも評判が良くて、近いうちに店頭展開する予定です」 接客では、持ち前のフレンドリーな性格を生かして顧客と良い関係を築いているようだ。 「自信のある商品なので、しっかり魅力を伝えたいし、まず接客で相手の心をつかみたいと思っています。一人で店頭に立ち続けたおかげなのか、名古屋店はリピーターさんばっかり。オンラインでは約20%のリピーター率です」 「昔からずっと接客が得意だった」という澤田氏は、SNSとリアルなコミュニケーションをかけ合わせ、ファンの支持を得ているようだ。だからこそ、発売9カ月目の今でも変わらぬ人気を誇っているのだろう。
影で支える敏腕プロデューサーの存在も
「THE」には、澤田氏のほかに裏方に徹するプロデューサーがおり、彼の存在もブランドを構築するうえで欠かせないとのこと。その人物は、広告代理店「ORIGINALS(オリジナルズ)」の代表を務める藤本敏寛(ふじもと・としひろ)氏で、仕事を通じて出会ったそうだ。 「藤本に『澤田さんは人脈があるし、人柄もいい。絶対やれるよ』と背中を押してもらい、新たな一歩を踏み出すことができました。商品製作とコミュニケーションは私が担っていますが、ブランディングは藤本が仕切っています。ザ・ショコラのキャッチコピーやデザイン周り、店舗設計などを一手にまとめてくれ、本当に大きな存在です」 感性で動く澤田氏に対して、戦略的なビジネス展開を得意とする藤本氏は、不足部分を補うパートナーとして最適なのかもしれない。藤本氏にも話を聞くと、「飲食業界の過重労働や低賃金の課題を解決したい」と、澤田氏とは異なる視点が見られた。 「商品の質を担保するために価格設定を高価にし、本当にスイーツが好きな人のみをターゲットとしました。その結果、マーケティングコストの削減、生産効率の向上に加え、廃棄ゼロを実現。当社がロールモデルとなって、飲食業界の課題解決につながればと考えています。より広い視野では、一次産業から三次産業すべてのサプライチェーンが利益を享受できるよう、適正価格で仕入れを行い、生産者に還元することを目指します」(藤本氏) インスタグラムの訴求力に加え、メディア露出を順調に獲得できたために、これまで広告は一切使っていないそうだ。 澤田氏に今後の展開を聞いてみると、新作スイーツを試作中とのこと。しかし、「THE」は食に限らず、食にまつわるあらゆるものとコラボレーションして、横展開を図りたいと展望を語った。 「例えば、食事をするテーブル、イスなどのアイテムをTHEのブランドで展開し、一緒に販売していきたい。質の良いものをつくっていても、売ることに課題がある人は多いと思うんです。THEを使って良いものを広めていけたらと思っています」 取材を終え、店を後にする際、何度もおじぎをして丁寧に見送る澤田氏の姿が印象的だった。ザ・ショコラの人気は、商品力もさることながら、澤田氏が数年かけてコツコツと積み上げてきた「人とのつながり」が支えているに違いない。 (小林香織)
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