新たな音の世界に誘う「X3Rテクノロジー」

精巧を極めたフラグシップ。ゼンハイザー ダイナミック型イヤホンの究極系「IE 900」を聴く

 
 
 
山本敦
 
ゼンハイザーがまたひとつ、新たな扉を開いた。ダイナミック型ドライバーと精巧にデザインされたアルミハウジング。自然かつ原音に忠実な「パーフェクトサウンド」のために最先端の音響技術とクラフツマンシップを融合させた究極のフラグシップ「IE 900」の秘密に、山本敦が迫る。


カナル型イヤホン「IE 900」:¥OPEN(予想実売価格:162,800円前後) photo by阿部良寛


高域表現をさらに磨くべくドライバーとハウジングを刷新

ゼンハイザー「IE 900」は、設計と開発、および基幹部分の製造まで、すべてをドイツ本社で行う約4年ぶりの新たなフラグシップだ。2018年後半から開発が始まり、ゼンハイザーが誇る最先端の音響技術やノウハウを注入しながら、完成まで約3年をかけて練り上げた。ハイレゾ帯域をカバーする超広帯域ダイナミック型ドライバーと、アルミニウム製ハウジングの設計が刷新された渾身作。シンプルな外観だが、その中身は深い。

ここからは、開発を担当したJermo Koehnke(以下、ケーンケ氏)のコメントを引用しつつ、詳細をみていこう。


「HD 820」をはじめ、数々のフラグシップ級アイテムを手掛けてきたハイエンド・オーディオ・プロジェクトチームのJermo Koehnke(ヤルモ・ケーンケ)氏が本誌のインタビューに応えてくれた


IE 900には、ゼンハイザーが新たに独自に設計・開発・製造した7mm口径の超広帯域ダイナミック型ドライバー「TrueResponse トランスデューサー」が搭載されている。従来のフラグシップ「IE 800S」や「MOMENTUM True Wireless 2」など、ゼンハイザーの高級イヤホンではずっと7mm口径のドライバーが搭載されてきたが、今回はじめて導入されたドライバーは、どこが違うのか。ケーンケ氏は次のように解説してくれた。

「新しいドライバーの振動板には、減衰特性に優れるポリマー系素材を採用しています。また、これまで熟練したエンジニアが手作業により組み上げていたドライバーの製造ラインに、最新鋭の産業機械を導入してオートメーション化を実現しました。このことが奏功して生産の歩留まり率を下げず、一貫して精度の高いパーツを量産できるようになりました。改良試作も迅速にできるため、日々細かなチューンアップを果たせます」(ケーンケ氏)

ポイントはそれだけではない。本機に初搭載された「X3Rテクノロジー」は、ハウジング内部のエアーフローを制御する仕組みまで含めた総称となっている。

「美しいハウジングは、ゼンハイザーのイヤホンとして初めて、アルミニウムブロックから削り出して成形しています。剛性が高く、優美な外観も魅力的ですが、音質向上に大きく寄与する重要なパーツになっています。


精巧なアルミ削り出し筐体。ちなみに、1ペアを作るのに5軸CNCミリングマシンで約40分かかるのだとか。左右のイヤホンは手作業で組み合わせ、ばらつきのないように測定をおこなうなど、丁寧に組み上げられていく


ハウジング内にはマスキング効果による音響エネルギーの乱れを整えてスムーズなサウンドを実現するために、エアフローを制御する機構を新設しました。3つの溝になっている音響室が、それぞれに異なる高音域の不要な共振成分を押さえ込む<トリプルレゾネーターチャンバー>が、そのひとつです。これによって、ハウジングを試作した段階ではピークが立っていた高音域を、極端なピークやディップの少ない、よりスムーズな傾向に整えることができました。

そのほかノズルの前に自然に広がるサウンドを創出するための機構<アコースティックヴォルテックス>も新たに組み込みました」(ケーンケ氏)

幾度となく微調整を繰り返しながら、ついに可聴帯域の高音域に洗練されたなめらかな質感をもたらし、広大な音場を描き出せるパフォーマンスを獲得したという。また、イヤホンを組み上げる工程で入念な音質テストが実施できるように、ドライバーユニットとノズルの間に音響調整機構も設けたという。

左右のチャンネルマッチを含めて仕上がりの品質がバラつかないように品質管理体制も徹底強化したことが、傑出したプレミアムイヤホンの誕生につながったとケーンケ氏は誇らしげにコメントしてくれた。

機能面ではあらゆるユーザーが快適なフィット感を得られるように、イヤーモニターの開発から得た知見を活かしながら装着スタイルに耳掛け式を採用。バランス/アンバランス仕様の計3種類を同梱する交換用ケーブルは、パラアラミド繊維を編み込んで折り曲げや引っ張りに対する耐性を高めている。数千回の折り曲げ試験にも耐え抜く強さだという。また、イヤホン側の端子は耐久性を高めた「Fidelity Plus MMCX コネクター」としている。


ケーブルは着脱式。接合部には、ハイクオリティなオーディオ品質、安定感と耐久性を追求した「Fidelity Plus MMCXコネクター」を新採用している。イヤーチップはシリコンとフォームの2種を同梱。特殊な仕様で固定位置を2段階から選べるのもうれしい

 

 

 

中高域の煌めき感と、なめらかさが格段に向上した

それではIE 900のサウンドをレビューしていこう。普段からゼンハイザーのIE 800Sを愛用している筆者だが、大きな成長を遂げていることに驚かされた。これは演奏家のパフォーマンスをいっそう生々しく描き出せるイヤホンだ。

ボーカルや楽器の音に歪みがなく芯がブレない。S/Nの高さは、同じクラスのイヤホンの中でも群を抜いている。とりわけ中高域の鮮やかさと煌めき、低音の切れ味鋭いスピード感。ジャズピアノの輪郭線の描き込みは、IE 900のほうが一段と力強い。音像の立体感、充実したエネルギーの伝達力と限界を感じさせないダイナミックレンジのゆとりは、堂々とした王者の風格すら漂わせる。

オーケストラの演奏を聴いてみると、香り立つ雄大なスケール感の再現と、繊細なニュアンスの描き込みの両方に長けたイヤホンであることがよくわかる。弟機の「IE 300」が魅せる素直な若々しさに対して、冷静さと激しさが同居するIE 900のサウンドには聴く人を瞬く間に虜にする魅力がある。もちろんバランス駆動できるプレーヤーとの組み合わせを推奨したい。熱いメロディが涼やかに駆け抜けるような、音楽リスニングの悦びと出会えるからだ。

ちなみにパッケージの中にはシリコンとフォーム、2種類のタイプが異なるイヤーチップが各3サイズ、そしてシリアルナンバーを刻印するプレート付きキャリングケースなどが同梱されている。


2.5mm4極と4.4mm5極、そして3.5mm、合計3種類のケーブルを同梱し、自由に付け替えることができる。イヤーチップはシリコンタイプに加え、より外耳道にフィットする低反発タイプ「ビスコース・メモリーフォーム」も初めて採用された


ケーンケ氏は「ゼンハイザーのプレミアムイヤホンを待ち続けていた皆様に、私たちが長い時間をかけて培ってきた技術の粋と、様々なノウハウの結晶であるIE 900を深く味わい尽くしてほしい」と、本誌の読者にメッセージを寄せてくれた。IE 900はプレミアムイヤホンの定義をまた次の新しい次元に導くカタリストになるだろう。

最後に、ゼンハイザーは補聴器や人工内耳などの聴覚ケア事業を手がけるスイスのSonova社にコンシューマー領域の事業を譲渡することを公式発表したことにも触れておきたい。このIE 900に代表されるプレミアムオーディオ製品は今後もゼンハイザーの名を冠して開発が続けられる。

これまでゼンハイザーが踏み入れられなかった領域にも力強い一歩を踏み出すような意欲に満ちたオーディオ製品が誕生することを期待したい。
 
新開発「X3Rテクノロジー」。より自然でなめらかな高域を

 


IE 900に新たに搭載された「X3Rテクノロジー」。7mm径ドライバーは新設計で、コーティングのないポリマーブレンド振動板を採用して内部損失を高めて不要共振や歪みを抑えているほか、ボイスコイルをより軽量に、かつ巻き数も検討を重ねて最適化することで駆動力をアップさせている。


そして重要な役割を果たしているパーツのひとつが、エアーフローを最適化するために設けられた3つの溝「トリプルレゾネーターチャンバー」と、渦状のホール「アコースティックヴォルテックス」だ。マスキング効果や歪みを改善させて、極端なピークやディップのない、より自然でなめらかな高域を実現するメリットがあるという。


トリプルレゾネーターチャンバーを搭載したものと非搭載のものの比較グラフ。とくに高域特性(10kHz付近)が改善され、よりピークとディップの差が少ないクリーンなサウンドの獲得につながっているという。


<Specification>
●型式:ダイナミック型 ●ドライバー口径:7mm ●再生周波数帯域:5-48,000Hz ●インピーダンス:16Ω ●能率:123dB ●ケーブルの長さ:1.25m ●質量:約4g ●付属品:シリコンイヤーチップ(S/M/L)、ビスコース・メモリーフォーム・イヤーチップ(S/M/L)、ヘッドホンケーブル3種(3.5mm3極、2.5mm4極、4.4mm5極)、クリーニングツール、キャリングケースほか

本記事はプレミアムヘッドホンガイドマガジン Vol.16からの転載です。本誌の詳細および購入はこちらから

(協力:ゼンハイザージャパン

 

 

 

https://www.phileweb.com/review/article/202106/21/4363_2.html