米国サンフランシスコ国際空港が約2600億円の増築・改修で「脱炭素化」へ
アラップ・トータルデザインの舞台ウラ(88)
菊地 雪代
アラップ東京事務所
成田空港が2050年度までに二酸化炭素(CO2)排出量を15年度比で半減させるとの目標を発表した。世界の他の空港ではどのような取り組みが行われているのだろうか?
米国にあるサンフランシスコ国際空港(SFO)のハーベイ・ミルク第1ターミナル。アラップは、2015年末に設計チームの一員として選定された(写真:Austin Webcor)
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米国カリフォルニア州にあるサンフランシスコ国際空港(SFO)の第1ターミナルは、1960年代に建設された。その後の数十年間、特に2000年以降は航空需要が高まり、増築や改修が必要となった。以降、飛行スケジュールや空港運営に影響を与えないような改修方法が検討されてきた。
ハーベイ・ミルク第1ターミナルと名付けられた新ターミナルは、約11万m2の広さだ。建設は16年に始まり、その一部である9つの新ゲートが19年7月にオープンした。00年5月にはさらに9つのゲートを含む第2ステージがオープンし、21年半ばに7つのゲートが稼働する予定だ。増築や改修にかかった全体の総工費は約24億米ドル(約2600億円)。23年に最終の2つのゲートが完成した際には、1日当たり約400便の運航と、年間利用者約1700万人に上ることを予測している。
大きな窓は、アメリカの建材スタートアップ企業であるビューの、「ビュー・ダイナミック・グラス」を使用したエレクトロクロミック・グレージング(ダイナミック・グレージング)を選択した。電圧や電流をかけることで、必要に応じて透明と着色の状態を切り替えられる。まぶしさを抑え、日射による熱取得を低減できる(写真:Austin Webcor)
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SFOの運営者は以前から持続可能性に関心を寄せており、空港の「戦略的計画2017~21」では、21年までにネットゼロエネルギーとすることを目指してきた。この計画の一環として、SFOは廃棄物ゼロ、温室効果ガスの排出量を50%削減(1991年比)、節水を最大限に行い、新規および既存の施設を地球にとっても人にとっても“健康的”、いわばサスティナブルなものにしたいと考えた。
さらに同社は「ZERO(Zero Energy and Resilient Outcomes)委員会」を設置し、SFOにおける進行中、あるいは計画中のあらゆる空港プロジェクトをレビューした。レビューの観点は、ライフサイクルコスト、トリプルボトムライン(企業活動を経済面のみならず、社会面、環境面からも評価しようとする考え方)、その他の機器システム分析である。
空港特有のエネルギー負荷の高い設備がある。例えば、エプロンや誘導路を照らすハイマスト照明、ターミナル経由で充電される機器充電ステーション(手荷物運搬車や航空機の牽引車用)、手荷物運搬システム(BHS)、駐機中の航空機への電力供給などがあり、それらを詳しく分析した(写真:Arup
手荷物運搬システムを見直し
本ターミナルでは、手荷物運搬システムに着目した。これまでターミナル全体で6つのバラバラなシステムを使用していたが、調整が複雑な上、エネルギー消費量も膨大だった。
一般的に多くの空港では、ベルトコンベア式BHS(Baggage Handling System)を採用している。ベルトコンベアは、可変電圧可変周波数制御と呼ぶ装置で駆動し、1つのモーターで20mから30mの長さのベルトを動かす。このベルトコンベアのどこかに1つでも手荷物があれば、モーターを動かし電力を使うことになる。
SFOの改修で新たに採用したシステムICS(Individual Container System)では、1つの手荷物を長さ2mのコンテナトレイに入れる仕組みとなっている。トレイはベルトコンベアではなく、個別に制御したローラーモジュールで搬送し、モジュール上にトレイがなければ、電力が流れない。ICSのエネルギー消費量は、従来のBHSと比べて半分だ。
また、ICSは1つのラインで1時間に最大約3000個の手荷物を処理でき、搬送速度も速い。荷物の移動距離が長い大規模空港では特に有効だ。なお、人間1人が半日仕分けして処理できるのは1500個程度などといわれている。
写真は個別のトレイによる手荷物運搬システム、ICS(Individual Container System)。大幅に電力使用量を削減できる。トレイを使うため、手荷物のストラップや車輪がコンベアに引っかかるといった、故障・不具合が発生する可能性が低くなる(写真:Arup)
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従来の手荷物運搬システムでは、常駐するスタッフが保管室に送られた手荷物の仕分けを行うため、ヒューマンエラーが発生する可能性がつきまとった。
ICSでは、各トレイにRFID(Radio Frequency Identification)タグを埋め込んでいる。手荷物のIDとトレイのIDを結び付けることで、RFIDタグを介してコンテナを追跡できる。これにより、例えばセキュリティー検査で不合格になった手荷物は自動的に保管庫に送り返すなど、複雑な作業を自動化でき、荷物の行方不明事象や、作業にかかるスタッフ数を減らすことも可能だ。
アラップは、BHS設計者および設置者であるボイマーと密接に協力した。米国の空港でこのようなシステムが採用されるのは初めて。ボイマーはBHSに対して環境製品宣言書と健康製品宣言書を提出した。これも業界初の試み(資料:Arup
冷暖房システムの変更で快適性も向上
さらに省エネ対策の必要があったのは、冷暖房システムだ。24時間運用の搭乗ゲートでは、かなりの電力を消費する。
本改修では、置換換気システムを採用した。大きな柱の仕上げボード裏や壁パネル内を介して低速度で低温の空気が送られる。低速なので、ファンの搬送動力が少ない。供給した空気は人の活動域の高さで温まって上昇するため、部屋全体を冷やす必要がなく、特に冷房時のエネルギー消費を抑えられる。空間全体を冷やすために、天井から大量の冷気を送り込むような一般的な冷房との違いは明らかだ。
搭乗待合室は輻射式冷暖房を採用し、天井に輻射パネルを設置した。エネルギー消費量を大幅に削減できるだけでなく、空調ファンが不要となるので省スペース化とコスト削減を実現した。乗客の快適性が向上したのはもちろんだ。
輻射式冷暖房用の天井パネルを設置する際に考慮したのは音響だ。熱環境と音響の両面でバランスの取れた天井仕上げを見つけるのは難しい。一般的には、金属製の天井パネルに穴を開けて、背後に吸音材を設置する。しかし、穴が多すぎると、輻射に必要な金属面が減ってしまう。SFOでは意匠設計者とともに、新たなパンチングパネルを開発した(写真:Austin Webcor)
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内装材については、厳しい室内空気排出基準に合わせて材料選定を行った。例えば、カーペットは、1m2あたりの地球温暖化係数を分析し、サンフランシスコ環境コードに準拠しているかを確認。さらに歩行量に対する耐久性のバランスを考慮した。他の建材についても、人の健康への影響や、環境負荷、建設時の温室効果ガス排出量などを考慮して選定している(写真:Austin Webcor
ウェザーシフトで未来の気候変動に備える
持続可能な建物を作るためには、将来の気候の変化を推測して、あらかじめ準備ができないものか、と考える。このプロジェクトでは、今後数十年の気象パターンを把握するために、WeatherShift(ウェザーシフト)というツールを使用した。アラップとIntegrated Environmental Solutions、Argos Analyticsと共同で開発したツールで、地域の気候変動予測を基に、年間の気象プロファイルを作成し、将来の建築性能のシミュレーションに役立てるものだ。
一般的には、過去100年間の降雨量の測定データに基づいて計算したIDF(降雨強度、降雨時間、頻度)曲線を考慮して設計する。しかし、気候変動が急速に進んでいるため、過去100年に基づく計算では、信頼性に欠けると考えられるようになった。
設計時に参照する気象データを未来のものに「シフト」することで、建物やインフラ、都市のマスタープランが将来の気象に耐えられるかを検証できる。その結果を基に、計画にはレジリエンス(機能維持・回復)を見込める他、改修などの頻度も減らして、ライフサイクルコストを最小限に抑えることが可能だ。
今回は主に、将来増加が予想される降雨量が、空港エプロンの雨水排水システムにどのような問題を与えるかを確認するためにウェザーシフトを使った。結果として、窪地とパイプの排水システムが集まる結節点の一部を補強する必要性があった。パイプを18インチから24インチに変更し、そのコストは5000米ドル未満。問題が起こってから対応することを考えると、非常に価値のある投資になった。
屋根に設置した太陽光発電パネルによる自家発電に加えて、グリッドから再生可能な電力を購入することで、空港の長期的な温室効果ガス削減目標を達成している(写真:Arup)
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エアサイド計画については、最新の航空機の組み合わせに柔軟に対応できる航空機駐機計画を作成した。大型のエアバスA380と将来のボーイングB777-9Xに対応した、2対1のマルチ・エアクラフト・ランプ・システム(MARS。小型機2機分か大型機か、どちらにも対応可能な搭乗ブリッジ)を備えた6つのゲートを含む。
SFOでの初の試みとしては、従来の駐機スポットの後部に加えて、前部にも車両サービスロード(VSR)を設置した。これによって、地上支援機材(GSE)が転回する回数を減らし、作業効率が向上する。衝突などのリスクも減るため、航空機整備の安全性も上がる。
SFOは、温室効果ガス削減戦略の一環として、航空会社や地上サービス業者に対して、航空機の地上支援機材(GSE)の車両を従来のディーゼルから電気式(eGSE)に移行するよう奨励している。SFOでは、小型ゲートに4台分、大型ゲートに10台分の充電ステーションを設置する予定だ(写真:Arup)
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ところで、この空港ターミナル名の由来となっているハーベイ・ミルク(Harvey Milk)氏をご存じだろうか?
米国では空港や、空港ターミナルに地元出身の著名人の名前を付けることが多い。同氏は、カリフォルニア州史上初めて、LGBTQであることを公表して選出された市会議員だ。彼の生涯をつづった映画は09年に日本でも公開された。18年、サンフランシスコ市郡は彼に敬意を表して、ターミナルに「ハーベイ・ミルク」という名称を授与した。
新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、ハーベイ・ミルク第1ターミナルの改修工事は一時期減速したが、施工者が検査やマスク着用などのルールを早急に整備し、工事を推進してきた。空港利用者が激減したことによって、逆に工事が予定より早く進んだ場所もあるという。一部の内装工事は、急いで仕上げる必要がなくなったため、工事を遅らせた。想定利用客の約1700万人に戻るまでには、数年かかるだろうと見込んでいる。
ハーベイ・ミルク第1ターミナルは、LEED認証v4 BD+C(新築)のゴールドレベル取得を目指している。改修後は、以前のターミナルに比べて収容力が70%増加し、エネルギー使用量は70%減少する見込みだ(写真:David Knight、 Arup)
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プロジェクト概要
- 所在地:米国カリフォルニア州
- クライアント:San Francisco International Airport
- 規模:約11万m2
- 意匠設計者:HKS-Woods Bagot -Eds-KYA Joint Venture (ただし、ハーベイ・ミルク第1ターミナルの搭乗エリアB部分のみ。ターミナル・センターと呼ぶ区画は、Gensler-Kuth Ranieri joint venture)
- 施工者:Austin-Webcor joint Venture (ターミナル・センターはHensel Phelps)
- (搭乗エリアBとエプロン部の計画における)土木、建築設備設計、環境設備設計、防火安全設計、音響とAVのコンサルティング、空港計画と分析:Arup
- 増築や改修にかかった全体の総工費:約24億ドル(約2600億円)、そのうちアラップが担当した搭乗エリアBの改修費は約7億2000万ドル(約785億円)
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菊地 雪代(きくち・ゆきよ)
アラップ東京事務所アソシエイト/シニア・プロジェクト・マネージャー。東京都立大学大学院工学研究科建築学専攻修了後、設計事務所を経て、2005年アラップ東京事務所に入社。一級建築士、宅地建物取引士、PMP、LEED評価員(O+M)。アラップ海外事務所の特殊なスキルを国内へ導入するコンサルティングや、日本企業の海外進出、外資系企業の日本国内プロジェクトを担当