真空管アンプが未体験の方にも聴いて欲しい一台
トライオードの“集大成”と言える管球アンプ。JUNONEのプリメイン「JUNONE 845S」を聴く
土方 久明
トライオードのハイエンドブランドとして誕生した「JUNONE」は、2014年に電源を別筐体とした左右独立モノラル構成の全段バランス構成を採用したプリアンプ「REFERENCE ONE」登場させた。同社では、このプリアンプに相応しいパワーアンプの開発を計画していたが、同機で使用している部品の供給中止などの事情により、開発を一旦断念。今回の「JUNONE 845S」を新規に開発する運びとなった。
本機は845シングルのプリメインアンプで、22W+22Wの出力を誇っており、JUNONEブランドらしく、新開発のソケットや内部のパーツにもこだわった製品が投入されている。トライオードプレミアムショップのみでの取り扱いとなる本機の実力を、土方久明氏がレポートする。
真空管プリメインアンプ「JUNONE 845S」:¥880,000(税抜)
■JUNONEブランド初となるシングル・プリメインアンプ
真空管アンプメーカーは国内外に幾つも存在するが、トライオードはその中でも一目置かれている存在である。昨年から今年にかけて発売されたKT150真空管搭載のプリメインアンプ「MUSASHI」や直熱三極管300B搭載の「TRZ‐300W」、さらにパワーアンプ「TRX‐P300S/WE300B」などがオーディオファイルに好評だ。
トライオードの製品は音質、安定性に優れ、コストパフォーマンスが高いことで知られている。そんな同社が、高級グレードのオーディオパーツを随所に使って、コストの制約や妥協を排した製品作りを行い、さらに代表の山﨑順一氏の名前を冠した特別なブランドがJUNONE(ジュノン)である。
そのJUNONEから、この度ついにブランド第2弾となる真空管プリメインアンプ「845S」が登場した。
■セパレートモデルを一旦断念し、プリメインアンプを新規開発
まずは845Sの登場経緯を解説したい。話はブランド第一弾のプリアンプ「REFERENCE ONE」に遡る。同機は、設計が非常に難しいとされる真空管式のプリアンプ回路を実装し、絶対的な左右のセパレーション、電源回路の徹底したノイズフリー化を苦労して達成した。しかし現在はメインボリュームの供給中止と、電動ボリューム、クラッチ回路の調達が不可能となり惜しくも販売を終了している。
実は、山﨑氏にはトライオードの旗艦パワーアンプである「TRX‐M845」をベースとした新モデルを開発して、REFERENCE ONEとペアを組む計画があったのだという。しかし、同機の販売が中止に追い込まれたことでセパレート化を一旦断念し、新しくプリメインの845Sの開発を決意したのだ。
■バイアス調整メーターなど使い勝手の良い設計を採用
845Sはその名の通り、真空管845のアドバンテージであるパワフルな音を生かす、22W+22Wの出力を実現したA級シングル回路構成を持つ。真空管の構成は、初段が12AX7と12AT7によるSRPP、ドライブ段がPSVANE WE300B、そして出力段に845を使用している。
845Sに採用されているPSVANE WE300Bと845。中国のPSVANE製で同社の基準に合格した選別品が採用されている
シャーシ後部にある3つのトランスは、真ん中が内部で100Vから1kVに変換して給電する電源トランス。両側にあるLチャンネル/Rチャンネル出力トランスは、スピーカーケーブルを介してダイレクトにスピーカーを駆動する。
フロントパネルにはバイアスメーターが装備され、シャーシ天面にあるバイアス調整ボリュームを動かしてのバイアス調整、さらに天面にあるハムバランサーボリュームによってハムバランス調整も可能としている。真空管アンプというと、これらの調整が若干難しいイメージを持たれる方もいると思うが、最近のトライオードのアンプに関してはその心配は無用である。また、ボリューム段をバイパスするMAIN IN入力端子を利用するとパワーアンプとしても使えるようになる。
本機のトピックとして、845真空管を乗せる新型ソケットを開発した事が挙げられる。「以前はGE製、ジョンソン製などのしっかりしたソケットが市場にあったが、今は姿を消してしまった。現在発売されているソケットは嵌合性が甘く1kVを流すには不安があるということで、協力工場との協議により、頻繁な抜き差しや長期使用でもグラつく事がない高精度のソケットを開発した」と山﨑氏は語る。
電源ケーブルは、先日単品発売したディップフォーミング無酸素銅採用の高品位モデル「TR‐PS2」が付属され、さらに音量調整とミュートができる高品位なアルミ削り出し製リモコンが付属する。
入力端子は、パワーアンプとして使用する場合のMAIN IN端子のほか、RCAが4系統搭載されている。スピーカーのインピーダンスは4-8Ωに対応する
ヴォーカルは表現力がリアル。ジャズは圧倒的な鮮度で再生
音元出版の試聴室で845Sの実機と対面すると、トライオードのスタンダードモデルと比べ大きく迫力がある。しかしシャーシとトランスのデザインマッチングが取れており、オーディオ機器としてとにかく格好が良い。実はこのデザインになるまで5台以上のサンプルを製作したらしい。
今回はスピーカーにモニターオーディオの「PL200 II」を用いた。試聴ソースはCD、アナログ、ハイレゾと幅広く利用したのだが、聴き手に猛烈に訴えかけてくる圧倒的な845Sの音質には驚嘆した。
フロントに搭載されている845のバイアス電圧確認用のメーター。左側のスイッチで、左右の真空管の切り換えができる様になっている
CDで聴いたメロディ・ガルドーの最新作、サンセット・イン・ザ・ブルーの日本版ボーナストラック『Little Something』は、イントロのギターが鳴った瞬間に感動に震えた。なんというリアルかつダイナミックな音だろうか。彼女とスティングのヴォーカルは、背丈が感じられるようなリアルな表現力。バックミュージックは全帯域が力感とスピードに満ちている。
ハイレゾファイルからは、ヤン・リシエツキ『メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲』を再生したが、小レベルの音が大雑把にならず、サウンドステージや各楽器の持つ微妙なニュアンス表現が素晴らしい。
最後に聴いたアナログディスク、マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』(オリジナルモノ盤)は、中域を中心にエネルギーが集中し、圧倒的に鮮度が良い音である。筆者は試聴取材という事を完全に亡失してボリュームをどんどん上げ、カインド・オブ・ブルーの世界に身を任せた。
独ムンドルフ製のM-CAPコンデンサーなど高品質なパーツが惜しみなく投入されている。大型の出力トランスと電源トランスが外側に搭載されているため、チョークトランスやブロックコンデンサーはシャーシ内部にマウントされている
トライオードのアンプは創業当時より、多くのオーディオファイルが楽しめるようコストパフォーマンスの良さを貫いてきたが、安いパーツを探すのではなく、経験の中からチョイスされたパーツをロットでストックするなど並々ならぬ努力で安価を実現してきた。
対して、山﨑順一氏の名前を冠したJUNONEブランドの本アンプは、その制約を取り払い、できる限りの高品質パーツを使用して内部構成、音質、デザインまで同氏が納得のいくように作り上げている。
最後にまとめると、845Sは「MUSASHI」と「TRZ‐300W」の良い部分を集めたような音で、筆者が個人的にも真空管アンプの導入を意識するほど魅力的だった。真空管は音が柔らかいと思っている方や、トランジスターアンプしか経験したことのない方にも注目して頂きたい出色の真空管アンプである。
<Specification>
●回路型式:A級 シングル●使用真空管:845×2、PSVANE WE300B×2、12AT7×2、12AX7×2●バイアス方式:固定バイアス●定格出力:22W+22W(8Ω)●周波数特性:25Hz-36kHz (-3dB)●SN比:85dB●入力端子:RCA×4、MAIN IN×1●入力感度/インピーダンス:LINE:220mV/100kΩ、MAIN IN:1,500mV/10kΩ●スピーカー出力端子:1系統(4-8Ω)●消費電力:330W●外型寸法:430W×277H×410Dmm●質量:45kg●付属品:真空管ボンネット、電源ケーブル(TR- PS2) 、リモコン●取り扱い:(株)トライオード