音楽家の有機的なつながりをソフトウェア上で可視化
Roonの最新アップデートを徹底検証。独自AI「Valence」で音楽との出会いを強力にサポート
佐々木喜洋
■RoonがVer1.8に進化。UIを刷新、機能面も大幅強化
音楽再生ソフトの定番、Roonが2月9日にアップデートされてバージョン1.8となった。Roonはハイレゾを含む音楽再生専用のアプリケーションの中でも近年人気が高く、海外では展示会などでも標準的に使用されているソフトウェアだ。
Roonの最新アップデートver1.8。2021年2月現在の現在の価格は、買い切りで$699.99、月額のサブスクリプションで$12.99/month、1年間契約で$119.88/year。なおアップデートはインターネットに接続していれば自動的に行われる
PHILE WEBでも過去なんどか取り上げ、一昨年には開発者たちが来日した際にヘッドフォン祭で講演したこともある。Roonはユーザーフォーラムが盛んなことでも知られているが、CEOのEnno Vandermeer氏はリリースに先立って公開された解説動画の中で、フォーラムに集まる様々な意見を参考にしたこのリリースはかつてない刷新になったと語っていた。
一昨年来日したRoonの開発チーム。Enno(左)とDamian(右)
端的に言うと今回の改善のポイントは大幅な画面の刷新によるより洗練された画面と操作性の改善、そして進化した知的機能Valence(ヴェイランス)を活用した機能の追加である。以降で詳しく見ていくことにしよう。
■美術館からインスパイアされたデザイン、洗練されたフォントを使用
まず今回もっとも目を引く改良はUIが完全に新規設計されていることだ。いままでトップ画面だったOverview画面はホーム画面となり、以前のOverviewと最近聴いた曲、ニューリリースのおすすめ、Discoverなどがまとめられたものになっている。ユーザーが最近どのように音楽を聴いてきたかを示す統計が表示されて自分で聴く傾向も分析できるし、後述のValenceもこれを参考にしている。
ホーム画面には、最近聞いた楽曲のほかお気に入りアーティストの最新リリース情報、自分がよく聴く音楽の統計情報、レコメンドなどがまとめて表示される
画面の意匠デザインは美術館からインスパイアされていて、美術館の空気感を再現する現代的なデザインだとしている。またボールドを多用したフォントが工夫されたタイポグラフィーや品のある音楽雑誌をイメージしたレイアウトだともしている。
自分がよく聴くジャンルの音楽や、聴いている時間などの統計情報も明らかにしてくれる
また画面がどの箇所においても縦スクロールが可能になっているのもフォーラムの声を吸い上げたものだ。さらにプラットフォームになるべく依存しないようにPCでもタブレットでも、そしてスマホでさえなるべく操作性の共通化が図られた。
スマホ/タブレット/PCで共通の動きで使用できるようUIの統一も図られた。PC版では、1.7まではアルバムやアーティストは横スクロールで選択していたが、1.8からは縦スクロールで選べるようになった
縦画面に応じたレイアウトなどリモートのデザインも刷新が行われている。そのためもあって本リリースでは本体(コア)をアップデートする前に、アプリの方のアップデートを行うような注意が出ている。
アイコンも、半円と縦線を組み合わせたアイコンから、シンプルなroonだけの文字へ
ホーム画面の他にはGenre(ジャンル)ページもより詳細なジャンル分けに対応した改良が行われている。
■膨大なクラウド上のメタデータを活用、AIによるレコメンド機能を強化
また現在のRoonの心臓部とも言える「Valence」が進化した。ValenceはRoon内部の検索エンジンのようなモジュールだが、AIを意識した知的なソフトウェアだ。膨大なクラウド上のメタデータを利用したValenceが、コンテキストや意味を考慮しながら、市場のストリーミングサービスのおすすめ機能を超えるような進化をした。これで埋もれていたような音楽を浮かび上がらせることができるとしている。
Valenceのイメージ。音楽家の有機的なつながりをソフトウェア上で視覚的に確認できる
今回は特にクラシック音楽に向いた改良がなされていて、作曲家と演奏者と指揮者の組み合わせなど、ポップ音楽にはない点も加味されている。またValenceもそれを理解している。
さらに検索アルゴリズムも完全に新設計された。これにもValenceを用いることで、より正確かつ関連度の高い結果が得られるとしている。さらにローカルデータが優先だが、ストリーミング上のライブラリも検索してくれる。
これはつまり、有名CDショップのあの店員に聞けば知りたい音楽を教えてくれるだろう、といったベテラン店員のような働きをしてくれるわけだ。たとえば「ヨハネス・ブラームスの最高の演奏を教えてくれ」という要求にはブラームスに関する知識、ジャンルの知識、年代の知識などが必要だ。
そしてRoon Radioも改良Valenceの恩恵を受けてより賢くなっているという
カバー作品や影響を与えたアーティストなど、音楽ファンの“知りたい”を強力サポート
Valenceは見えない進化だが、サイドバーを通して画面を開けてみると様々な機能的な追加がなされていることがわかる。アーティストのOverview画面を開けるとたくさんのおすすめ機能が見えるが、ここでも改良されたValenceが貢献している。
試聴しているアルバムから、ローカルはもちろん、TIDALやQOBUZのストリーミングサービスの音源まで、おすすめの作品をレコメンドしてくれる。このレコメンド機能にもValenceが活用されている
Roon 1.8ではより音楽ファンがやりたいことをサポートしてくれる新機能が満載されている。カバー曲を見つけたい時もより便利になった。有名アーティスト(例えばLeonard Cohen)ならばトップ画面のサイドバーからArtistを選んでそのOverview画面から“Performing the Music of(カバーやコピー)”を選択することで、例えば「Performing the Music of Leonard Cohen」ならLeonard Cohenのカバーをしているミュージシャンが一覧できるようになった。
“Performing the Music of”でカバーしているアーティストを容易に見つけられる
またミュージシャンの全盛時代の代表的なアルバムを見つけることもより簡単になった。“In their Prime(全盛期)”機能ではミュージシャンの全盛時代を一覧としてみることができる。実際の活動期間が長くても、いわゆるファンならわかる全盛期だけ抜き出しているようだ。
さらにその曲をソートする際に発売年やアルファベット順だけではなく“Popularity(人気)”という項目でソートできるようになった。これもValenceの賜物だ。
またArtist画面の“Influence,followers,Associated with(影響やフォロワー・関連アーティスト)”画面ではそのアーティストがどのミュージシャンに影響を与えたか、関連しているかについてもわかるようになっている。これはロックファンに向いているだろう。もちろんValenceのお薦め内容に異論もあるかもしれないが、それを考えるのも楽しみのひとつだろう。
キング・クリムゾンに/が影響を与えたアーティストを一覧で確認できる。ここではマイルス・デイヴィスやピンク・フロイドなどが挙げられている
■Focusはツリーのような階層構造に。クラシックファンにも使いやすく改良
アーティストのOverview画面での“Discography”ではそのアーティストの曲を一覧することができるが、絞り込みに便利な機能としてFocusが刷新された。Focus機能は以前からある探したい音楽を絞り込む機能だが、新しい1.8ではそれがツリーのような階層構造となって選択がわかりやすくなった。曲を年代、楽器、演奏形態で絞り込んで、それをタイトル、人気、作曲日時でならべかえることができる。さらにこれをTIDALやQOBUZなどストリーミング上に拡張して検索できる。
絞り込み”Focus”機能を一新。ツリー構造で興味のある音源を絞り込むことができる
具体的に言うと以前だとショパンと検索してショパンの説明やローカルとTIDALなどにあるアルバムを表示することはできるが、それをさらにアルゲリッチの演奏でノクターンをTIDALから選ぶのが難しかった。
Chopinから絞り込んでいったところ。マルタ・アルゲリッチのアバドとの演奏といった具体的な絞り込みも可能になっている
画面変更はクラシックリスナーにとって特に大きな改良となる。トップ画面のサイドバーから新設のComposer(作曲者)画面、Composition(楽曲)画面が直接アクセスできるようになった。CompositionはTrackに似ているけれども、クラシックにより特化したもので、実際にクラシック曲のみを表示させるフィルターが設けられている。
特にクラシックでは、ソリスト、指揮者、オーケストラなどからそれぞれ絞り込みが可能
ここでは作曲者、指揮者、演奏を関連付けて、無名のものよりも、より名演奏として知られるものを探し出せるようになった。クラシックにおいてはValenceが関与して作曲家や演奏などを関連付けて推測できるようになった。例えばクラシックでは“Composition”画面からそのトップ指揮者なども出てくるようになった。例えばマーラーの交響曲であればレナード・バーンスタインが出てくるはずだ。
アルヴォ・ペルトのページから、彼の作品を多く指揮する指揮者(ここではトヌ・カリユステやパーヴォ・ヤルヴィなど)のページに飛ぶことができる
またさらに凝っているのはクラシックの場合にはレコーディングの表示において「完全録音」の選択ができるということで、抜粋版と完全録音(全曲録音)版を分けることができる。
右のソート画面の一番下にある「Only complete recordings」にチェックを入れると、全曲録音だけを抽出することができる
■膨大な音楽の海に埋もれた、真に出会いたい音楽を見つけられる
最近はRoonのアップデート間隔が長いが、これは表面的な機能よりも内部に焦点を当てた結果だと、来日時に開発者たちが語ってくれた。Valenceについてもマシンラーニングによる機能の進化が表から見えにくいのでValenceというキャッチーな名称をつけてわかりやすくしたのかもしれない。
Roon 1.8は全体的にEnno氏の言うように大幅な刷新で、「2.0」と呼んでもおかしくないほどだ。総じて言うと音楽を楽しむソフトウェアとして、内部的な進化と画面上の検索機能の改良が大きいと思う。特にクラシック愛好家には向いた改良がなされている。もちろん他のジャンルでもカバー曲が見つけやすくなるなどの音楽好きにこれがほしかったと思わせるような改良だと言える。“Influence,followers,Associated with”などはロックファンならばニヤリとしてしまう楽しみがある。
こうしてRoon1.8では膨大な音楽の世界に埋もれている真に見つけたかった音楽を見つけるのに適したソフトウェアになった。
フォーラムを見ていると音質的な進化を求める声もまた大きいのだが、それはRoonらしくないということなのかもしれない。Roon 1.8はまさにRoonが音楽愛好家のためにあるソフトウェアだということを改めて教えてくれたリリースだと言える