ゴミ収集所と一体化したホテル 徳島・上勝町が見据える「ゼロ・ウェイスト」の先

 
 
 
 
 
 
 
文:大塚 千春
 
 
 
 

ゴミとは何かを社会に問いかける、世界に類をみない施設が誕生した。徳島県上勝町の公共複合施設、上勝町ゼロ・ウェイストセンター「WHY(ワイ)」だ。施設内には宿泊棟、ゼロ・ウェイストアクションホテル「HOTEL WHY」もある。日本の自治体で初めてゼロ・ウェイスト宣言を行ったことで知られる同町の取り組みを、広い層に深く体験してもらいたいと開設された。施設には町のゴミ収集所があり、ホテルの宿泊者は自ら同町が行うゴミの45分別を体験する。現場責任者を務めるのは大塚桃奈さん。社会人1年生ながら、環境問題に深く関わってきた。「ゼロ・ウェイストはすごいこと。けれど、その先も見据えていく必要がある」と、同町の新たな宣言に向けた取り組みも明かしてくれた。

 徳島県のほぼ中央部にある勝浦川流域の山深い町、上勝町。2003年に町から出るゴミをゼロにするという「ゼロ・ウェイスト宣言」を発表したことで知られる同町に、この春、世界に類を見ない施設が誕生した。町唯一のゴミ収集場とホテルなどの公共複合施設、上勝町ゼロ・ウェイストセンター「WHY」だ。「WHY」(英語で「なぜ」の意味)と名付けられた理由の一つは、施設を上空から見るとよく分かる。「?」の形をしているのだ。環境問題への問いかけを、そのまま形にしたような建物だ。

上勝町ゼロ・ウェイストセンター「WHY」を上空から見たところ。「?」の形をしている。点の部分が、ゼロ・ウェイストアクションホテル「HOTEL WHY」(写真:Transit General Office Inc. SATOSHI MATSUO)

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不要となった数多の窓を用いた印象的な「WHY」の建物。奥には谷に向かって開けた広い広場がある(写真:大塚千春)

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 施設を訪れると、目を見張るのは「ゴミ」からできた建物。メインの建物には、町の広報を通じて集めた数多の不要になった窓が外壁に設置され、床には建築廃材などが使われる。イベントにも使用できる「交流ホール」などには、やはり不要となった家具を使用。一方、柱には、林業の町でもある上勝の杉の丸太を用いる。通常、丸太は角材などとして製材し利用するが、廃材を出さないように考えられているのだ。「捨てない」という意思を強く伝える建物だ。

施設内の「交流ホール」。家具は不要品を活用したもの。床には廃材が使われている(写真:大塚千春)

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施設を支える柱には林業の町でもある上勝町の杉を、廃材を出さない丸太で使用(写真:大塚千春)

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 しかし、何よりもこの施設を特徴づけるのは、メインの建物の約3分の2を占めるゴミ収集所「ごみステーション」。ここでは、町民が自ら持ち込んだゴミを、可能な限りリサイクルができるよう45項目に分別する。同町では、「ゼロ・ウェイスト宣言」により2020年までにゴミゼロをめざすとし、既にリサイクル率8割を達成している。残り2割は住民の努力だけでリサイクルすることが難しく、企業などと連携を取りながらの資源化をめざす。

「WHY」の「ごみステーション」部分。「ごみステーション」への視察が増える中、視察者とゴミを持ち込んだ住民の導線を分けるため、新施設では弧を描く建物が考案された。ゴミを持ち込む姿を見られたくない住民も多いからだ。持ち込みの時間帯は決まっており、その間は弧の外側が視察者、内側が住民の導線となる(写真:大塚千春)

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 ホテルの宿泊者は、まずこの「ごみステーション」に案内され、上勝町の取り組みの説明を受ける。施設が建つ場所は片方がダム湖に向かって傾斜する谷になっているため、眺望が開けており、思わず感嘆の声をあげたくなる風景だ。しかし、実はかつてここは同町のゴミの野焼きが行われていた土地。ゴミ収集のルールがなかった当時、カラスや野犬がいて、近づきにくい場所だったそうだ。

宿泊者は、まず上勝町のゴミの歴史やビジョンを記したこの場所に案内され、これまで同町がたどってきた道のりの説明を受ける(写真:大塚千春)

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「ごみステーション」の紙の分類エリア。再生できる場合はいくらで売却でき、できない場合は処理にいくら払わなくてはいけないのかが一目で分かる(写真:大塚千春)

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 そうした同町のゴミの歴史から始まり、どのようにゴミを分別、リサイクルしているかについて、スタッフが詳しい解説をする。紙は新聞・チラシや段ボールなどのほか、ラップの芯など硬い紙芯、シュレッダーくずなどと9種類に分かれ、瓶も透明なもの、茶色のものなどと細かく分別される。訪れた日には、「ごみステーション」のスタッフが時計を分解していた。できるだけリサイクルできる素材を取り出し、ゴミを減らすためだ。それぞれのゴミの種類を記した表示には、分別により1キロ当たりいくらでそののゴミが売れるのか、または廃棄の費用がかかるのかが書かれている。分別がゴミの資源化につながることが、町民に分かりやすく伝わる取り組みだ。

 なお、「ごみステーション」に持ち込まれる町民の生ゴミはない。これは町が購入費を助成することで、各家庭に生ゴミを堆肥化する電動生ゴミ処理機などの設備があるからだ。また、プラスチック類やペットボトルなども、住民がきれいに洗い乾燥させて持ち込むなどしてカビが生えないようにしている。カビが生えてしまえば、リサイクルができないからだ。だから、この場所ではゴミ収集所特有のいやな臭いがしない。あるのは、山里の自然の中に流れるさわやかな空気のにおいだけだ。

 大きな弧を描く「ごみステーション」の端には、町民が持ち込んだ家具、食器などの不用品が置かれている。これらは整理した上で、ホテルの受付エリアと一体となったリサイクルショップ「くるくるショップ」に置かれる。「ショップ」といっても、持ち帰りは無料で町外の人でも利用OK。持ち込み時、持ち帰り時にはそれぞれ品物の重量を記録し、年間でどのぐらいの不用品が再利用されるかが分かるようになっている。

町内の住民が持ち込んだ不用品を並べた「くるくるショップ」。一般家庭だけでなく、廃業した事業者のものなども並ぶ(写真:大塚千春)

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「くるくるショップ」には衣料品も多い。シャンデリアは、上勝町のゴミを活用したもの(写真:大塚千春)

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 ホテル宿泊者は、こうした施設を見学するにとどまらない。チェックアウトの際、自ら上勝町流のゴミ分別も体験する。部屋には滞在の際に出たゴミを6項目に分別するゴミ箱が置かれているのだが、それをさらに45項目のルールに沿って分別するのだ。なお寝間着や歯ブラシなどのアメニティはなく、宿泊者が自分で用意する。石鹸は、フロントで自分が使う分量だけ切り分ける方式。無料で提供されるコーヒーも、飲む分だけ部屋に持ち帰る。インスタントではなく、施設のスタッフが豆から挽いたもので、部屋に備え付けられたステンレスのドリッパーでコーヒーを淹れる。ペーパーフィルターを使わないため、ここでもゴミ・ゼロとはどういうことかを実感できるというわけだ。

宿泊棟、「HOTEL WHY」。全4部屋で、最大16人が宿泊できる。上勝町は、車なら徳島阿波おどり空港から1時間強、大阪からなら2時間半ほどと、意外にアクセスがいい(写真:大塚千春)

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客室はいずれも基本的に同じ造り。家具は不要品の再活用だ。写真は1階の居間で、2階に寝室がある(写真:大塚千春)

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客室の構造を支える柱。枝をもそのまま利用している(写真:大塚千春)

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ホテルの受付では、自分が使う分だけ石鹸を切り分け部屋に持ち帰る。パッケージのない「切り売り」方式の体験ともなる(写真:大塚千春

 

 

 

 

 

 

 

ホテルに宿泊した広島大学の学生、山井咲季さんに話を聞いた。サステナブルファッションに興味を抱き、サステナブルとは何か、ゴミとは何かを自分なりに問い直したいと、同地を訪れたという。「最も興味深かったのは、自分が思っていたゴミと上勝町の考えるゴミには大きな差があったこと」と彼女は言う。従来自分が単なるゴミと認識していたものは、ほとんどが資源ゴミになり得ると知ったからだ。

 さらに、「実際にゴミの分別の体験をすることで、商品に求めることが増えた」と話す。宿泊のために持参した試供品のクリームは小さなアルミパックに入っていた。アルミは汚れが落とせればリサイクルできるが、小さなパッケージはうまく開けず、油分も落ちにくく破棄するゴミとなってしまった。この体験を通し、「商品パッケージはリサイクルしやすいパッケージ、生分解性に優れた素材にして欲しい。多少値段が高くても、そうした商品を買いたい」と強く思ったという。

客室に置かれた「ゴミ箱」。2つの籠の中にそれぞれ3つの小さなゴミ箱が収められている。容器が小さいのは、これからゴミがあふれるなどで自分が日々どれだけゴミを出しているのかを認識してもらうため(写真:大塚千春)

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 「ごみステーション」をはじめ施設を案内してくれたスタッフは、町から運営を委託されている民間企業「BIG EYE COMPANY(ビッグアイ カンパニー)」の大塚桃奈さんだった。今春大学を卒業したばかりの社会人1年生だが、現場の責任者を任されている。

 働き始めてからはまだ日が浅いが、大塚さんの環境とのかかわりはすでに数年に及ぶ。ファッションが好きで、デザイナーになる夢を見て高校3年生の時、英国の芸術大学の短期コースに奨学金を得て留学した。「奨学金に申し込む際に、自分が現地で学んだことをもってどう社会に貢献できるかを問われた」(大塚さん)と言い、留学前よりファッション産業にまつわるさまざまな社会問題について調べた。当時は、バングラデシュで縫製工場などが入居するビルが崩落し多くの死傷者が出る事件が起き、ファッションを下支えする労働者の劣悪な環境に世界の目が集まっていた。ファッション界の裏側を描き話題となった映画『ザ・トゥルー・コスト~ファストファッション 真の代償~』も見た。さらに、自分でオーガニックコットンを育てようとするなど、「まずは、服を作る過程での環境や労働問題などを勉強してから、ファッションについて学べばいい」と思うようになったという。

Chief Environmental Officer(チーフ・エンバイロメンタル・オフィサー、CEO)の肩書を持つ大塚桃奈さん。社会人1年生だが、環境問題とのかかわりは長い(写真:大塚千春)

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 だから、大学では公共政策や環境問題について学ぼうと決め、2年次には、国内の再生エネルギー(主に水力)による電力供給率がほぼ100パーセントの国であるコスタリカに短期留学。3年次には、環境先進国であるスウェーデンに留学した。留学の最後には、現在、BIG EYE COMPANYの共同代表を務める小林篤司さんらを案内する、サーキュラーエコノミーに関するヨーロッパツアーまで組んだ。実は、大塚さんは大学1年生の時には、すでに上勝町を訪れていたのだ。

 「WHY」の建築設計を担当したNAP建築設計事務所代表の中村拓志さんは、大塚さんのお母さんの学生時代の同級生。そうした縁から、大塚さんはゼロ・ウェイストの町として知られる同町に関心を抱くようになった。3年生の夏休みには、やはり同事務所が建築設計を手掛けた量り売りのクラフトビールや食品などを売る「RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store(ライズアンドウィン ブルーイングカンパニー バーベキューアンドジェネラルストア)」でインターンシップも経験した。45分別のゴミ捨ては、その時初めて経験したそうだ。

 「WHY」には、ゼロ・ウェイストの発信地としての役割だけでなく、町に若い世代の移住、定住を促すための拠点という目的もある。上勝町に来ないか──。新施設の開設にあたり、さまざまな経験を持ちながら、若者の目を持った大塚さんにこう声がかかったのも当然のことだろう。

広場から施設を眺めたところ。上勝町の自然を実感できるロケーション(写真:大塚千春)

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 上勝町の人口は約1500人。その半数以上が65歳を超え、4分の1は80歳以上の住民だ(2020年1月1日現在)。若い世代にどのようにこの町に目を向けてもらうか。それには、大塚さんのような存在が欠かせない。「ごみステーション」を案内する際にも、「私が一番衝撃を受けたのは、マニキュアの瓶が分別できず廃棄ゴミとなってしまうこと」と彼女は説明した。小さい容器ながら異素材が複雑に組み合わさった構造で、瓶もきれいに汚れを落とすことができないからだ。23歳の彼女の口から洩れる率直な言葉は、同年代の心をストレートに捉えるだろう。

 ゴミから生まれた「WHY」の建物は心を奪われるほど印象的で、施設について何も知らない人も車から施設を目にするなどして見学に訪れる。しかし、整然とした「交流ホール」に目にやりながら、大塚さんは静かに口にした。「本当は住民の方にもどんどん来て欲しいんです。でも、ゴミを捨てに来る時はエプロン姿だったりして、こうしたハレの場には入りにくいと言います。将来的には、ここを訪れた人と地元の人が交流できるような場にしていきたい」

 実際、11月には、ゼロ・ウェイストや地産地消を実践する町内の飲食店「カフェ・ポールスター」のインターンシップに参加した米国からの学生が、週末に同施設で試験的にワークショップを開催した。ワークショップは、「食べ物がどこからきて、どのように作られるかを見せる」ことを目的に、町内で売れ残った野菜をはじめ、上勝産の食材を使った中華まんを作る内容だったが、施設の視察者やレジャー目的で町を訪れた人だけでなく、ゴミを捨てに来た町民も参加したという。ゆっくりとであるが変化が訪れているようだ。

 「ここで生活してみて、ゼロ・ウェイストはすごいことだけど、負担に感じている人もいると知りました。だから、どうしたらみんなにとって、それがよいことになるかを考えるようになった。ゼロ・ウェイストを目的とすると苦しくなる。ゼロ・ウェイストを推進する町の方々と話をする中、どうしたら、みんながそれを豊かな暮らしを培うための手段と考えられるかに目を向けるようになりました」と大塚さんは話す。町では、そうした暮らしに向けた新しい宣言を、今年度中に発表する予定だという。

「交流ホール」の一角の子どもの遊び場には、洗剤などの詰め替え用パックからできた大きなブロック「おかえりブロック」が。町が回収したパックを花王が再生加工して提供した(写真:大塚千春)

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 新型コロナウイルスの影響から、ホテルの開業は当初予定より遅れ、2020年5月30日となった。しかし、コロナ禍にもかかわらず8月には稼働率が7割近くになるなど、世の中の注目の高さがうかがえる。環境問題に興味がある企業人などはもちろんだが、宿泊者には家族連れやカップルも目立つという。施設内には企業のサテライトオフィスの誘致を睨む区画もあり、世界でも稀なエコツーリズムの拠点として、「WHY」はこれからさらに注目を集めていくだろう。そして、この自治体が新たに何を宣言するのか。ゼロ・ウェイスト宣言が広く人々に生き方を問いかけたように、それは私たちの生活を豊かにするための一つの道筋ともになるに違いない