LOAD&ROAD「teploティーポット」
家で日本茶を飲むとき、多くの人は湯を沸かし、急須でお茶を淹(い)れる。しかし、この当たり前は、将来は変わっていくかもしれない。そんなことを予感させるのが、スタートアップ企業のLOAD&ROADが開発・販売している「teploティーポット」である。飲む人の体調や気分まで反映しながら最適な条件でお茶を淹れてくれるスマートティーポットは、どのように誕生し、どのようにお茶の楽しみ方を変えていくのか。LOAD&ROADの創業者のひとりで代表取締役を務める河野辺和典さんに話を聞いた。
世界初の「パーソナライズ抽出機能」を備える
日本人にとってなじみ深い飲料であるお茶。日本に伝わってきたのは、今から1200年以上前とされている。日本の食文化の象徴とも言えるこのお茶だが、どのようにすればその味が引き出せるのかはよく知らない、という人も多いのではないだろうか。
2020年8月にLOAD&ROADが発売した「teploティーポット」は、スマートフォンのアプリと連携してお茶を自動抽出してくれるティーポットである。お茶の味は、たとえ同じ茶葉を使っても、茶葉の量やお湯の温度、茶葉を浸す時間などによって、まったく違ったものになる。teploティーポットはこれらを最適に制御することにより、誰もが気軽においしいお茶を楽しめるようにしてくれるのだ。
このteploティーポットはもうひとつ、今までにない画期的なテクノロジーも備えている。それが世界初の「パーソナライズ抽出機能」である。
「いわゆるお茶のプロと呼ばれる人は、本当においしいお茶を淹れてくれます。ただし、彼らが身につけているのは、お茶のおいしさを引き出す技術や知識、経験だけではありません。そこにはお茶を提供する相手の仕草や表情、会話などから、さりげなく気分や体調を読み取り、飲み手にとってベストな味に仕上げる職人技があるのです」と語るのは、LOAD&ROADの創業者のひとりで、代表取締役を務める河野辺和典さん。「実はわれわれがteploティーポットで狙ったのは、それに近いところなのです」(河野辺さん)
河野辺和典(かわのべ・かずのり)。LOAD&ROAD代表取締役。1988年栃木県生まれ。千葉大学工学部を卒業後、機械エンジニアを経て、2014年に起業家教育で高い評価を受ける米国のBabson College MBAプログラムに入学。MBA在学中にインド人クラスメイトのMayuresh Soni(マユレシュ・ソニ)氏とLOAD&ROAD米国法人を設立し、テクノロジーでお茶をデザインすることをコンセプトとする「teplo」ブランドの事業を開始。2018年にLOAD&ROAD日本法人を設立し、現在は日本、インド、米国を拠点に製品の開発・販売を行っている。写真で手に持つのはスマートティーポット「teploティーポット」の内部機構であるインフューザー。本文にて後述する。(写真撮影:中島有里子)
teploティーポットを使うときには、お茶の抽出を始める前に、人差し指を本体センサーの上に15秒ほど置く。すると内蔵されたセンサーが脈拍と指の温度、室温と湿度、照度と騒音レベルを計測し、飲み手の体調や周囲の環境に合わせてお茶の淹れ方を微調整してくれる。また、飲み手はスマートフォンのアプリからもその時々の気分を入力することができる。たとえば「仕事に集中したい」と入れれば、teploティーポットはふだんより少し濃いめのお茶を淹れてくれるのである。
teploティーポットはスマートフォンのアプリを通じて設定変更が可能。飲み手の好みを反映できるようになっている(画像提供:LOAD&ROAD
アメリカ留学時代にお茶のおいしさに目覚める
2011年に大学を卒業した後、機械エンジニアとして働いていた河野辺さんがスマートティーポットの開発に取り組むようになったのは、2014年からの米国留学がきっかけだった。MBAプログラムを学ぶためボストンの大学に通っていたとき、河野辺さんは寒い冬の間、1日中コーヒーを飲み続けていたため、胃腸に不具合を感じるようになっていた。そこでコーヒーをやめ、日本茶に切り替えると体調はすぐに良くなり、あらためてお茶の魅力に目覚めることになったのだ。
そして、「もっとおいしいお茶を飲みたい」と思うようになった河野辺さんは、あることに気づく。お茶の淹れ方は数値制御がしやすいという点である。つまり、茶葉の量や水量、抽出時間や抽出温度をきちんとコントロールすれば、お茶はいつでもおいしく淹れることができる。
河野辺さんがティーポットの開発をスタートするに当たって大きな力になったのは、同じ大学のクラスメイトにいたインド出身のソフトウエア・エンジニアであるマユレシュ・ソニ氏だった。彼のデータ収集やデータ解析の能力を活用すれば、お茶の楽しみ方をさらに高められることがわかったのである。こうして日本茶の国のハードウエア・エンジニアと紅茶の国のソフトウエア・エンジニアがタッグを組み、2016年にLOAD&ROAD米国法人(2018年には日本法人)を設立することになった。
ボストンの大学で出会い、LOAD&ROADの共同創業者となった取締役CTOのマユレシュ・ソニ氏(右)(画像提供:LOAD&ROAD)
初めての人でも、最高においしいお茶を淹れられる
現在、teploティーポットのアプリには、日本茶ばかりでなく、紅茶やウーロン茶など、20種類のお茶の抽出条件が登録されている。このデータベースは、お茶の生産者や専門家、愛好家のもとに河野辺さん自身が試作モデルを持ち込み、実際のテイスティングを何度も繰り返しながら確立したものだという。いわばお茶のプロたちと一緒に作り上げた手作りのレシピである。
また、LOAD&ROADではこのteploティーポット抽出条件に合わせ、300mlのお茶を淹れるのにちょうどいい茶葉のパッケージを販売している。公式茶葉を毎月15パックお届けするサブスクリプションサービスも開始した。このパッケージをティーポットと一緒に購入すれば、自分でお茶を淹れた経験がない人でも、その日から非常においしい緑茶や紅茶、ウーロン茶などを味わうことができるようになる。
teploティーポット、専用グラス、包装箱がそのまま立てられる公式茶葉パックセット(写真撮影:中島有里子)
自分の好みに合わせて、湯の温度や抽出時間などの設定を変えることも可能だ。さらに、お茶を飲んだ後には味の評価もフィードバックでき、それはスマートフォンのアプリに蓄積されていく。つまりteploティーポットは、初心者が簡単においしいお茶を淹れられるだけではなく、それまで勘や経験に頼っていたお茶の愛好家が、データを元に好みの味を徹底的に追求できるようになっているわけだ。
teploティーポットの利用方法。(1)ポットに水を注ぎ、茶葉をインフューザーの中に入れる。(2)アプリ内のお茶のデータベースから茶葉の種類を選択する。(3)センサーの上に指を置き、体調や気分、周囲環境のデータを解析。(4)自動で抽出条件を調整し、約5分で抽出完了(画像提供:LOAD&ROAD)
急須を揺らす仕草から発想したインフューザーの動き
河野辺さんがteploティーポットを開発するに当たって最も苦心したのは、茶葉を投入するインフューザーという機構だった。これはお茶のプロがゆったりと急須を揺らす仕草から思いついたもので、茶葉を淹れたインフューザーはお茶の種類などに応じて、お湯の中で回転したり、スイングしたり、どっぷりと浸ったりと、多様な動きができるようになっている。
「お茶を自動抽出する機械は数多くありますが、このような機構は従来はありませんでした。そのため開発はまったくゼロからのスタートでした」と河野辺さんは言う。
さまざまな種類のお茶を淹れてはテイスティングを繰り返すという試行錯誤の末、ようやく完成したのは半球形の金属にたくさんの小さな孔(あな)を開け、ポットの外側から磁力で駆動するという方式だった。こうして完成したのが、最もおいしいとされるお茶の最後のひとしずく「ゴールデンドロップ」をイメージさせる美しい形状である。
teploティーポットの開発にあたっては、さまざまな議論が2人の間で交わされ、徐々に形になっていった(画像提供:LOAD&ROAD)
このほか、teploティーポットの全体的なデザインは、キッチンのカウンターやテーブルの上に置くだけで絵になるようスタイリッシュな仕上がりを意識した。例えばポット部はお茶の色を目でも楽しめるよう透明のガラス製としている。
さらに河野辺さんは、teploティーポットで淹れたお茶を可能な限りおいしく飲んでもらいたいという思いから、専用のグラスも製作した。これは側面の内側と外側を偏心化したグラスで、飲み口に薄い部分と厚い分があり、お茶の種類や温度によって飲み分けられるようになっている。
お茶という飲み物を舌で味わうだけでなく、目で見たり、手や唇で感じたりしながら、心ゆくまで楽しめるよう、teploティーポットにはさまざまな仕掛けが組み込まれているのである。
最も苦心したという、茶葉を投入する内部機構のインフューザー。球形の金属にたくさんの小さな孔(あな)を開けており、ポットの外側から磁力で駆動する(写真撮影:中島有里子)
日本茶の人気が高いアメリカでの販売も予定
近年、日本の茶葉生産量は年間8万トン前後で安定する一方で、日本人のお茶の飲み方は大きく変わりつつある。その要因はペットボトルなどで販売される茶飲料の存在だ。
日本で茶飲料、いわゆるペットボトル入りのお茶が販売されるようになったのは1990年のことである。その後、持ち歩きに便利な500mlペットボトル入りの茶飲料が登場すると、その消費量は一気に拡大していった。総務省の家計調査(2人以上世帯)によると、緑茶茶葉と茶飲料の1世帯当たりの年間支出額は、2000年頃までは6:4程度の比率だったのが2007年を境に逆転し、現在では茶飲料の割合が6割を超えている。
特に若い世代ではこの傾向が顕著で、自分でお茶を淹れることはないものの、お茶を飲むこと自体はごく日常的な習慣になっているのである。将来、こういう人たちが茶葉で淹れるお茶にも関心を持つようになったとき、彼らの目にteploティーポットはとても魅力的に映るに違いない。
また、長年お茶に親しんできた人にとっても、さらにお茶の味を追求したいと思ったときには、teploティーポットは非常に便利なアイテムである。そのため、LOAD&ROADではレストランや宿泊施設とのコラボなどを通じて、お茶の魅力をあらためて実感できるような機会を多くの人に提供している。
(画像提供:LOAD&ROAD)
現在、teploティーポットは公式サイトで販売しているほか、国内のセレクトショップや百貨店、さらには米国での販売も予定している。海外での展開について、河野辺さんは次のように語っていた。
「日本市場以外で私たちが最も注目しているのは米国です。大手飲料メーカーが輸出に力を入れてきたおかげで、シリコンバレーのIT企業などではペットボトル入りのお茶を飲むのはごく当たり前になっているんです。日本茶はヘルシーな飲み物として非常に評価が高い。米国の人たちがコーヒーや紅茶のように、茶葉から淹れた日本茶を飲むようになる姿は今後大いに期待できそうです」
遠い昔、中国大陸から日本へと伝えられたというお茶は、時代の移り変わりとともにさまざまな形で日本人の間に広まってきた。このデジタル技術隆盛の時代に登場したteploティーポットもまた、長いお茶の歴史における変化のひとつであり、そこにはお茶の楽しみ方そのものを大きく変える可能性が秘められている。
河野辺さんと「紅茶やハーブティーもとても美味しく淹れられますよ」と語るLOAD&ROAD広報担当の加藤明里さん(左)(写真撮影:中島有里子)