コロナウイルスにリスクのある薬、イブプロフェンをめぐる世界の情報錯綜を整理【1】ドイツとオーストリア

 
 
 
 
 

イブプロフェンをめぐる情報が、世界的に錯綜している。

情報が錯綜するだけではなく、対応も混乱している。迷走しているのは、世界保健機関(WHO)だけではない。

イブプロフェン問題が世界的に有名になったきっかけは、フランスの厚生大臣オリヴィエ・ヴェラン氏が、自身のツイッターで発信した内容である。

 

 

 

これが3月14日土曜日のことである。

日本では、筆者が15日の朝9時半に報じたものが、おそらく第一報だったと思う。

この発言をめぐって、その後欧州の国々やアメリカ、WHOが、複雑で混乱した反応を示すことになる。

しかし、ドイツ語圏では、その前に既に問題が起きていた。このことが、状況を一層複雑にしたのである。

WhatsAppのドイツ語情報

どういう事態が起きたのか。

フランスの『リベラシオン』によって説明されたことを、以下にまとめてみる。

フランス厚生大臣のツイートが発せられて、数時間後には早くもオーストリアの厚生大臣Rudi Anschober氏がツイートした。

「鎮痛剤であるイブプロフェンの有効成分が、コロナウイルスを増殖させる――という、この誤った情報を広めるのをやめて、修正するのに協力してください」と。

『リベラシオン』によれば、このツイートは特にフランス厚生大臣の発表に対してではなく、その前に既にオーストリアやドイツで広く流布されていた情報に対してだろうという。

それは、WhatsAppで広められた、音声メッセージだった。

そこでは、女性がこのように語っていたという。「ウイーン大学病院で働いている友人が私に言ったの。大学の研究員たちは、イブプロフェンがコロナウイルスの増殖を加速させていることを発見したと。だから病院はこの薬を使って治療をすることを薦めないって」。

オーストリア厚生大臣が否定したのは、この情報だったというのだ。

そして、ウイーン大学病院も、この情報に対して「嘘のニュース(フェイクニュース)である」と発表したという。

削除された?

上記『リベラシオン』の記事を受けて、元の情報を探してみた。

オーストリア厚生大臣のツイートは、リベラシオンがリンクを張っていたが、繋がらなくなっている。

大臣自身のアカウントを見てみたが、3月14日から16日の間に該当するツイートはなかった。削除したのだろうか。

ウイーン大学病院のほうも同様である。どこのリンクもつながらない。

それどころか、あちこちで引用に出されていた、おそらくウイーン大学病院の公式ツイッター・アカウント「@MedUni_Wien」そのものが、削除されてしまっている。

 

メディアの報道によると、このツイートには「注意!イブプロフェンとCovid-19 (新型コロナウイルス)について、ウィーン大学病院が研究結果を主張しているという嘘の報告が、WhatsAppで今広まっています。我々はこれと何の関係もありません」と書いてあったという。

筆者もこのツイートは見た記憶がある。全部は覚えていないが、「我々は何の関係もありません」は書いてあったと思う。

ある報道によると、ドイツ語だけではなく、スロバキア語のような他の言語でも、ウィーンの疑惑の研究情報を広めるための録音がアップされて広まっていたという(スロバキアはオーストリアの隣国である)。

削除につぐ削除・・・。きっと欧州中で、続いて世界規模で大炎上したのでは、と想像する。

一方で、フランスの厚生大臣のツイートは今でもそのまま残っている。

医学的見地ではなく、人として筆者の意見を言うのなら、どんなに批判されようとツイートを削除せずに、世界に警鐘を鳴らし続けるフランス厚生大臣の姿勢は、あっぱれである。

「コロナウイルスにかかったら、イブプロフェンではなくパラセタモール(アセトアミノフェン)を服用するべきだ」という、フランスの国の名前をかけた確固たる信念を示しているように見える。

ウイーン大学病院や、オーストリア厚生大臣は、いくら炎上したとはいえ、自分の言っていることに自信があって、この情報が人々の健康に役立つと思うのなら消すことないのではないか、なぜ削除したのだろう・・・と思う。

母語情報に対する火消し

ウイーン大学病院は、フランスの厚生大臣に対してではなく、自分の大学が名指しでドイツ語で広まっている情報に対して、公式発表で否定したのは間違いないようだ。

まあそうだろうな、と思う。いくら二ヶ国語、三ヶ国語を話す人が珍しくない欧州といっても、大抵の人は母語だけで生きている。一番重要なのは、母語で出回っている情報だ。言葉の異なるフランス厚生大臣が言っていることに先に反応するとは、考えにくい。

オーストリアの厚生大臣のほうは、ちょっと判断がつきかねるが、おそらく『リベラシオン』の言うことが正しいのだろう。フランス厚生大臣のツイートに対する反応というよりは、WhatsAppのドイツ語情報に対する反応であった、と。

このあたりの事情は、欧州でも混乱していたが、日本では一層混乱していた。

ツイッターでは「ウイーン大学(病院)はフランスの厚生大臣が言ったことを否定した」という情報だけが、一人歩きしていた。

でも、筆者が見た範囲では、理論だって説明していたものは、見当たらなかった。

おそらく、元がドイツ語情報+フランス語情報だったので、日本で理解する人が少なかったこと。そして、日本ではWhatsAppの利用率が低いことが挙げられると思う。似たメディアとして日本ではラインが普及しているが、欧州ではほとんど使われていない。

近隣国への波紋

翌日、15日日曜日になると、フランスの厚生大臣の発表に対して、近隣国から公人の発言が出始めた。まずはスペインとポルトガルである。

やはり同じラテン語仲間で、言語が似ているせいだろう、反応が早い。

おそらく、たった1日も経たないうちに、仏大臣の発言はものすごい勢いでソーシャルメディアで広まっていたのではないか。

近隣国の反応、欧州連合(EU)とWHOの反応は、次回に続く

 

 

 

 

今井佐緒里欧州研究者・物書き・編集者

 

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出合い、EUが変えゆく世界観。社会・文化・国際関係などを中心に執筆。ソルボンヌ大学(Paris 3)大学院国際研究・ヨーロッパ研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。編著に「ニッポンの評判 世界17カ国最新レポート」(新潮社)、欧州の章編著に「世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン」「世界で広がる脱原発」(宝島社)、連載「マリアンヌ時評」(フランス・ニュースダイジェスト)等。フランス政府組織で通訳。早稲田大学卒業。日本では出版社で編集者として勤務。 仏英語翻訳。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr