新型コロナウイルス「震源地」、中国・武漢で見たものは
2/1(土) 10:04配信
【記者:Crystal Reid】
「お願いだ、出発させてくれ」。1月22日の夜、武漢の空港内の出発ラウンジに座り、私は頭の中でこう繰り返した。場内アナウンスはひっきりなしに、出発便の遅れや欠航を知らせていた。
まもなく武漢を完全に封鎖するといううわさは聞いていた。英国人駐在員のWhatsApp(メッセージアプリ)グループで、翌日乗る予定だった便が欠航になったと取り乱している人もいた。上海行きの便で自分の席に着いて、ようやく安堵(あんど)の波が押し寄せてきた。一日中つけていたマスクはじっとり冷たく、顔はヒリヒリして汗だくだ。それでも辛うじて、武漢を出ることができた。
数日前に武漢に到着した際、人口1100万人のこの都市は妙に閑散としていた。市販のマスクをつけた住民がちらほら、春節の休暇に備えて買い物をしていた。
昨年12月31日に初めて新型コロナウイルスが確認された市場は閉鎖され、警察が張った立ち入り禁止を示すテープが風に揺れていた。テープの向こう側には、迷彩色のテントや床に大量に落ちている使用済みマスクが見え、それだけが、自分が世界に広がりつつある感染症の始まりの地にいることをほのめかしていた。
住民によると、この市場ではオオカミの子どもやヤマアラシ、それに外来種の動物が生きたまま売られていた。客の目の前で「新鮮な」獣をさばいたことが、コロナウイルスを成長させる格好の場所になった要因の一つだ。
少し先で同じような市場を見つけた。色鮮やかな果物や野菜が山のように積まれ、冷たい風が吹く中、フックにかかった分厚い生肉が揺れていた。27歳の露天商は「春節休みで大勢が街を離れたので、きょうは静かだ」と話した。「ウイルスは深刻だが、コントロールできている」
武漢の空港では欠航便が増え続け、封鎖が差し迫っているとのうわさが広まっていた。しかし、搭乗を急ぐと、追加の検査もなく、あっさりとセキュリティーチェックを通過できた。
私が武漢を出た数時間後、当局は前代未聞の、武漢と周辺2都市の完全封鎖を命じた。すべての鉄道、航空便はキャンセルされ、武漢に続く道路も封鎖された。
上海の自宅に帰った後、地下鉄に乗った。その頃、武漢のスーパーマーケットでは、最後のコメや牛乳をめぐり小競り合いが発生していた。道路は相変わらず閑散としていた。
1月23日の午前中、トラックがゆっくりと道路を走り、割れ目すべてに消毒薬をまいていた。マスクをした無言の兵士が列をなして、主要な輸送拠点を見張っていた。スピーカーからは、住民に対し近づかないよう警告する音声が繰り返し流されていた。
上海の地下鉄は珍しく静寂に包まれていた。顔を上げると、マスクをつけて眉をひそめ、スマートフォンにくぎ付けの人たちでいっぱいだ。死者数は増え、中国各地で新規患者が確認されている。米国にも飛び火した。武漢は隔離されたかもしれないが、この恐ろしい病気は武漢にとどまらなかった。
【翻訳編集】AFPBB News
「テレグラフ」とは:
1855年に創刊された「デーリー・テレグラフ」は英国を代表する朝刊紙で、1994年にはそのオンライン版「テレグラフ」を立ち上げました。 「UK Consumer Website of the Year」、「Digital Publisher of the Year」、「National Newspaper of the Year」、「Columnist of the Year」など、多くの受賞歴があります
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200201-00010000-clc_teleg-int