天才を作り出す?「賢い遺伝子」の研究は許されるか【人体とテクノロジー】

12/28(土) 18:05配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

 

「デザイナー・ベビー」が夢物語ではない時代だからこそ考えるべきこと

 平均より背の高い人がいれば、大きな腰、明るい色の髪、長いつま先、平たい足を持つ人たちもいる。こうした私たちの見た目に遺伝子が関係していることに異を唱える者はいない。しかし、知能はどうだろう。遺伝による性質と言えるのだろうか。

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 受精後まもない「胚」の段階で遺伝子操作を行う技術が現実となるなか、近い将来、人工的に知能を高めた赤ちゃんを作れるようになる日はもはや夢物語ではないかもしれない。

 2018年には、中国の研究者、賀建奎(フー・ジェンクイ)氏が世界で初めてゲノム編集技術でDNAを編集した双子女児の誕生を発表し、世界中に衝撃が走った。賀氏は、エイズウイルス(HIV)の感染リスクを下げるためだったとしているが、発表されたとたん、人間に対してゲノム操作技術を使うことへの倫理的・医学的論争に火が付いた。

 しかし、こと人間の知能に関しては、ゲノム編集の倫理以前に、知能に貢献する遺伝子の研究自体についてよく考えておく必要がある。

賢い遺伝子」の存在を追い求める一部の科学者の研究が、激しい非難の対象になっている。最も恐れられるシナリオは2つだ。1つは生物学的な違いによる人種差別主義を助長する恐れ。そしてもう1つはいつの日か「天才デザイナー・ベビー」を作り出してしまうのではないかというものだ。

 受精卵の選別に関する研究を行った英オックスフォード大学「人類の未来研究所」のカール・シャルマン氏は、受精卵の選別を10世代繰り返せばその子孫は少なくとも現代の天才並みになるという。つまり、ゲノム編集技術を使わなくても、賢い遺伝子がわかれば天才児は選ぶだけで作れるということだ。

 だからこそ、知能遺伝子研究の倫理についての議論が重要になっている。20世紀初頭に行われた知的障害者に対する強制避妊手術など、「過去の過ちを繰り返さないよう、研究に制限をかけ、必要な対策を取るよう考えなければなりません」と、生命倫理学のシンクタンク、米ヘイスティング・センター所長のミルドレッド・ソロモン氏は言う。

 

 

 

 

 

 

超秀才の遺伝子を集めてふるいに

 ヘイスティングス・センターの生命倫理学者がこの問題に関わるようになったのは2014年のこと。ある著名な行動遺伝学者が、全米から優秀な子どもたちを集める米ジョンズ・ホプキンス大学の研究機関「センター・フォー・タレンテッド・ユース(CTY)」に、研究協力を依頼したことがきっかけだった。

 中学1年生(7年生)で大学進学適性試験(SAT)で高得点を獲得し、高知能と認定されたCTYの卒業生たちを研究したい。そのために、ホプキンス大の優秀な学生も含め、できるだけ多くの超秀才ゲノムを集めてふるいにかけ、知能遺伝子だけを見つけ出そうというその内容に、関係者は困惑した。

 協力すれば、何か不適切なことに手を貸すことにならないだろうか。そもそも、この要請や、彼の遺伝子研究自体に怪しい点はないのだろうか。考えあぐねたCTYは、ヘイスティングス・センターにアドバイスを求めた。

 知能の遺伝子を研究することは、多くの思いもよらない結果を招きかねないとソロモン氏は説明する。例えば、「どのような子どもを誕生させることができるか、遺伝子のレベルでコントロールできるようになれば」親子の絆の質まで変えてしまうかもしれない。

扱うには危険すぎる?

 米ペンシルベニア大学の法律学・社会学教授ドロシー・ロバーツ氏は、知能面で問題を抱える子どもたちを自分たちの研究で救えるという、一部の行動遺伝学者の主張に異議を唱える。それよりも、その子どもたちにより多くの支援を与える方が助けになると指摘する。

 知能は遺伝によるとの概念を助長させるような研究は、逆にその子どもたちを傷つけるだけだという。というのも、こうした概念はほぼ確実に「知能による人種主義、階級主義、性差別」を支持するのに利用されると予想されるためだ。

 知能遺伝子の研究は、「どう考えても社会的中立性を維持することはできず、それどころか社会的不平等を拡大させるでしょう」と、ロバーツ氏は指摘する。

 しかし、研究自体を阻止するのはある意味手遅れかもしれない。1970年代には既に、双子を対象とした研究で、一卵性双生児(遺伝子が100%一致している)の一般知能が、二卵性双生児(約50%の遺伝子が一致している)のそれよりも似ていたという結果が出ている。

 この研究により、一般知能、つまり論理的に考える、計画を立てる、問題を解決する、物事を把握する、すぐに学習する、経験から学ぶ、といった能力は遺伝することが示されたと、ヘイスティングス・センターの上席研究者エリック・ぺアレンス氏は言う。

「双子の研究で、人の知能の違いが遺伝子によるものであることは明らかになったとしても、どの遺伝的差異が、どのように違いを生んでいるのかについては、何も分かっていません。この点を認識することが大変重要です」と、ペアレンス氏は強調する。

「どの」または「どのように」とは、賢い遺伝子を探し求める科学者が答えを出したい疑問だ。その先頭に立つ1人が、英ロンドン大学の行動遺伝学者ロバート・プロミン氏だ。「最終的な目標は、学習能力を継承する遺伝子を見つけることです」と、プロミン氏はラジオのインタビューで答えている。

 しかし、簡単なことではない。知能だけに特化した遺伝子はひとつも存在しないためだ。最新鋭の分子遺伝学のツールをもってしても、これまでに発見された遺伝的な変異はわずかに3例だけであり、しかも、それぞれは高いIQの持ち主と対照群の人々との違いにおいてわずか0.02%しか影響を及ぼしていない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慎重な対応を

 ヘイスティングス・センターと米コロンビア大学の精神・神経・行動遺伝学の倫理・法律・社会的意義研究センターはこの問題について報告書を発表し、弱い立場にいる人々を研究結果がさらに追い詰めることにならないよう対策を取る必要があると指摘した。

 知能遺伝子の研究を全て禁じるのではなく、あくまで慎重な姿勢を求めるものだ。

 研究者は自らの研究結果の重要性をメディアが大げさに取り上げないように努めるだけでなく、それ以上の努力をしなければならないと、報告書の編者は述べている。また、知能に関する研究が「階級主義や人種主義の渦」に巻き込まれてしまわないよう努める必要があるとも警告している。

この記事はナショナル ジオグラフィック日本版とYahoo!ニュースによる連携企画記事です。世界のニュースを独自の視点でお伝えします。

文=Robin Marantz Henig/訳=ルーバー荒井ハンナ

 

 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191228-00010002-nknatiogeo-sctch&p=3