未婚の母も問題視…フィンランドの「強制不妊手術」知られざる実態
11/6(水) 11:01配信
あなたは強制断種されたか?
福祉国家スウェーデンで、障がい者などへの強制不妊手術が1976年まで行われていた。そのニュースは1997年に報じられ、日本を含め世界各地で驚きをもって受け止められた。実は隣国フィンランドでも、1970年まで強制不妊手術が行われていた。
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フィンランドの国営放送Yleのホームページには、「1930年代のフィンランドで、あなたは強制断種されただろうか」というクイズが載っている。
6つ質問があって、最初の質問は性別。「女性、男性、その他」が並んでいる。
女性を選んでみた。答えは「女性は、男性よりも頻繁に強制断種された」である。
また、「その他の性別として生きることは不道徳であり、強制断種されただろう」とある。
続いて質問2は「あなたは30歳以上で、仕事がなく教育も受けていない」である。
「はい」にしてみた。答えは「低脳という理由で、強制断種された可能性がある」
当時は、「低脳」「精神薄弱」などの言葉が使われていた。
質問3「前科がある」
「はい」にしてみた。答えは「刑務所に入れられたことがある場合、特に女性は、出所前に強制断種に同意しなければならなかったかもしれない」
質問4「遺伝病を持っている」
「はい」にしてみた。すると「分裂病、双極性障害、または遺伝すると証明された他の精神病を継続的、または断続的に病む人は、強制断種されたかもしれない」とある。
質問5「あなたはスウェーデン語系フィンランド人である」
フィンランドには、スウェーデン語を母語とする人とフィンランド語を母語とする人がいて、前者は少数派、現在は人口の約5%である。「はい」にした。
「スウェーデン語系フィンランド人は、強制断種はされなかった。逆に、優生学的に良いとみなされ、様々な証明書や賞をもらって、子孫を残すよう奨励された」
質問6は「フィンランドを治めるのは神か、大統領か」である。
この質問は当時、実際に知能テストで使われていたという。神という答えは誤りで、そう答えると低脳とされ、強制断種をされたかもしれないと書かれている。
神が国を治めているという考えは、1900年代初頭まではあっただろう。しかし、フィンランドは1919年に大統領制になったので、正しく答えなければならなかったのだ。
知能テストでは、14歳のレベルが境界線だった。知能がそれ以下と見なされると、強制断種の対象にされる可能性があった。
ただし、知能テストが聞く質問は、学校で教えられていた知識である。当時は、学校には通わなかった人、通えなかった人もいた
未婚の母も問題視されていた
フィンランドで、断種委員会が作られたのは1926年。断種法の制定は、1935年である。
断種法は次のように述べる。「低脳、精神薄弱、精神病を持つ者には、子孫への遺伝が懸念される場合、または自分の子どもの養育が不可能と思われる場合は、子孫を残せないよう命令を下すことができる」
さらに「法律が適用されるのは、14歳以下の知能しかない低脳、分裂病、双極性障害、または遺伝が証明された他の精神病を継続的、または断続的に病む者である。また、性犯罪者と不自然な性的指向の者にも適用される」
「不自然な性的指向の者」は、今で言うLGBT(セクシャルマイノリティ)を指す。
この法律には、解釈の余地が多分にあり、恣意的に使われることもあった。
実際に強制不妊手術をされたのは、障がい者、精神病患者、てんかん症、ろう者、性犯罪者、貧民、未婚の母、ジプシーなど多様な人たちである。フィンランドでは、他の北欧諸国に比べると先住民であるサーミの強制断種は少なく、数人にとどまったという。 未婚の母も問題視されていた。
ある19歳の女性について、1949年に書かれた診断書には、学習障害、退学、未成年で2度出産、仕事能力の欠如が挙げられていた。最初の妊娠は、16歳の時である。未婚の母は、道徳的に問題である上、仕事を得られなくなるため、公的な経済援助が必要になる。それが厭われた。妊娠中の場合は、人工妊娠中絶されることもあった。
強制不妊手術には、財政的な側面と優生学的な側面があった。一つは、出現しつつあった福祉国家での所得の再分配の問題。もう一つは、「悪い」遺伝子を除去しようとする思想である。
フィンランドで婚姻法が制定されたのは、1929年。断種法とほぼ同時期である。婚姻法第11条は「精神病を持つ者、または低脳は結婚してはならない」としている。
続いて第12条は、「外的理由に依らないてんかん症を持つ者、感染度の高い性病を持つ者は、共和国大統領の許可なく、結婚してはならない。ろう者同士の結婚は、許可なく認められない」である。
結婚も優生学的な問題だった。大統領の許可まで必要な結婚もあったのだ
現在、約40%の子どもが婚外子
フィンランドでは、1935年の断種法制定以前にも強制不妊は行われていて、最初のケースは1912年、親のない子ども等を育てる養育院で行われた。養育院での強制不妊手術の場合は、少女よりも少年が多かった。 1950年になると断種法が改定され、手続きが簡素化、効率化された。1935年の法律では、医者の許可が必要だったが、50年の改正法では医者の診断書で手術ができるようになった。それによって、犯罪や非社会的な生活習慣など、社会的な理由による避妊手術が増え、手術は何倍にもふくれ上った。
断種法が廃止されたのは、1970年である。それまで、強制不妊手術は続けられていて、総計54,128人が手術された。その内、90%は女性。医学的理由が43,063人、優生学的理由が7,530人、社会的理由が3,373人、その他の理由が162人である。 本人には知らせず、手術が行われたこともあった。また、選挙権を与えられない、または奪われたこともあったという。
1930年代には、人口の約10%が強制不妊を必要とすると目されていた。現在のフィンランドの人口は約550万人だが、1930年代は340万人程度である。その内の約10%に断種の必要があると考えられていた。現在、フィンランドには少子化問題があるのだが、今とは非常に異なる人口政策である。 また現在は、約40%の子どもが婚外子として生まれている。未婚の母であることは、問題視されていない。
優生思想を主導したのは…
強制断種は、専門家集団による運動だった。1942年には、ヘルシンキ大学解剖学部と連結させて、優生学部を作る計画もあった。れっきとした科学、医学と見なされていたのだ。
優生思想を主導したのは、科学者や医者、精神科医などだが、地方自治体や道徳・生活改善を進める女性運動家、ソーシャル・ワーカーなどもその思想を持っていた。また、支持者層の幅も広く、上流・中流階級、女権運動家、家父長制を支持する男性、キリスト教信者、無神論者などにも共有されていた。
強制不妊手術は、合法的なことで統計も取られており、それを進める側からすれば、やましさを感じたり、こそこそ隠したりするような事ではなかった。それが、否定的な意味を持ち始めるのは、60年代になってからである
フィンランド人は「劣等」民族?
優生思想は、しばしばナチスと結びつけられるが、その歴史はずっと古い。フランスのゴビノー(1816~1882)などによって唱えられた思想である。ゴビノーは、1850年代頃から「アーリア人」や白人の優越性、人種間結婚は避けるべきことなどを主張していた。
「アーリア人」は、インド・ヨーロッパ語の話者として想定された。19世紀には言語、文化、人種は関連しているという思想が優勢で、「アーリア人」はその全てにおいて優れていると考えられた。
その考えによると、フィンランド語はインド・ヨーロッパ語ではないので、フィンランド人は「アーリア人」ではなく、「劣等」民族ということになる。
こうした思想は、スウェーデンに伝えられた。スウェーデンの作家ヴィクトル・リュードバリ(1828~1895)は、スカンジナビアの神話を研究、スウェーデンに最も純粋な「アーリア人」が住んでいると考えた。また、フィンランド人やスラブ人、サーミは、人種的に純粋ではないとも考えていた。
この思想は、スウェーデン語系フィンランド人によって、フィンランドに伝えられた。それは、スウェーデン語系知識人の地位を強固にする一方、フィンランド語系フィンランド人によっても内面化されていった。フィンランド内部で、優生学的な序列が創出されていったのだ。
断種法を最初に制定したのは、アメリカ(1907年)である。その後、デンマーク(1929年)、ドイツ(1933年)、スウェーデンとノルウェー(1934年)、フィンランド(1935年)などが続いた。
参考までに、日本では優生保護法によって1948年~1996年までの間、障がい者などへの強制不妊手術が行われていた。
優生思想の負の遺産との対峙
フィンランドで、自国の強制不妊が語られ始めたのは1990年代後期である。それは、重大な人権侵害であり、驚きと衝撃を持って受け止められた。現在もテレビやラジオ番組、雑誌、書籍などで取り上げられ続けている問題である。断種手術を受けた人による、政府に対する補償や謝罪要求もされている。 強制不妊手術が過去のホラーとなり、現在のフィンランドが、人権を重視する国に変わったことは評価できる。現在は、過去の反省の上に築かれる。しかし、まだ癒されていない苦しみがある。
また、移民・難民の増加と関連して、優生思想が見え隠れすることがある。優生思想の負の遺産との対峙は、今もフィンランドで重要な課題であり続けている。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191106-00067949-gendaibiz-eurp&p=4
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【参照】
Mattila, Markku. 1999. Kansamme Parhaaksi. Rotuhygienia Suomessa vuoden 1935 sterilointilakiin asti. Suomen Historiallinen Seura.
Testaa: olisiko sinut pakkosteriloitu 1930- luvun Suomessa? https://yle.fi/aihe/artikkeli/2017/10/13/testaa-olisiko-sinut-pakkosteriloitu-1930-luvun-suomessa
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岩竹 美加子