テスラ株が突然「紙屑扱い」され始めた理由

5/31(金) 6:00配信
東洋経済オンライン
 ドナルド・トランプ大統領の訪日から欧州議会選挙まで、さらにはイラン情勢もにらみながら、金融市場を取り巻く環境は目まぐるしい変化の中にある。だが整理すれば、今のところ主に市場を動かしているのは次の2点。大手メディアを中心に打ち出される米中貿易戦争の見出しと、FED(アメリカ連邦準備制度)の動向である。

■「米中貿易協議」は、当面結論が出ない

 まず、米中貿易戦争に関しては、相反する2つの見出しが交互に現れる。ファーウェイに対して「全面締め出し」という見出しが流れれば、翌日には「トランプ大統領はまだ最終決断はしていない」という見出しが流れる。
 交渉は経済戦争の前線に立つUSTR(アメリカ通商代表部)のロバート・ライトハイザー代表と、「ディール妥結」を探るスティーブン・ムニューシン財務長官の2人が中心とされ、日本では日米交渉でも登場するライトハイザー氏のみ注目されるかもしれないが、ムニューシン氏は財務長官として民主党が追及する納税疑惑からトランプ大統領を守る立場にもある。つまり、トランプ大統領にとって2人は同等に重要なはずだ。

 よって政権内で両者が両立している間は、米中貿易協議も今の状態が続くとみるべきだろう。ただし、トランプ大統領は関税では妥協しない可能性が高い。理由は、こちらは選挙戦略の理にかなっているからだ。リベラルメディアは「関税は有権者を痛めつけるだけだ」と攻撃する。だがトランプ大統領は、関税から得た税収は自分の選挙地盤で、中国の対抗処置の影響を受ける地域へ充てる公算が大きい(160億ドルの農家救済処置)。
 当然、関税引き上げの影響を受ける大都市の反トランプの消費者は怒り心頭。だがこのあたりの差別化では、トランプ大統領の政策は徹底している。あのトランプ減税で中間層以上には結果的に増税となったニュージャージー州には、著名ヘッジファンドで日本円に換算すると年収3000億円をこえたデービッド・テッパー氏が住民票を置いていた。

 テッパー氏は大統領選挙では反トランプを明言していたが、数百億円規模の地方税を払う可能性がある同氏はフロリダに移った。これでフロリダ州の税収は潤う。フロリダは大統領選挙で最重要州の1つである。



一方、この米中貿易戦争を眺めるFED。株価がある程度戻ってからは、FOMC(アメリカ連邦公開市場委員会)で使われてきた「Patient」(忍耐強く)という表現は、そもそも「利上げも利下げも、しばらくはない」というメッセージだった。

 ところが、市場は「もう利上げはないが、利下げには前向きだ」と解釈した。これは伝統的に保守的だったウォールストリート・ジャーナルやバロンズ、さらにフーバーなどの保守系機関がこぞって利下げのナラティブ(ストーリー)を展開した影響が大きい。
■なぜパウエル議長は「カメレオン」になったのか

 だが4月のFOMCでジェローム・パウエルFRB(アメリカ連邦準備制度理事会)議長はその認識を戒めた。結果、株は下がり出した。ただ昨年12月のFOMCでも利上げを断行しながら、1月にはピボット(方向転換)した。そして3月にはQE(量的金融緩和)の再開を示唆するほどハト派になりながら、またもやタカ派へピボットしたパウエル議長には、一部から不満の声が出ている。
 ここでパウエル議長の名誉のためにひとこと言うと、FRB議長になる前の理事だったパウエル氏は一貫して筋の通ったタカ派だった。理事になったばかりの2012年、FOMC議事録に残されている事実として、パウエル氏はベン・バーナンキ元議長が「どんな手段を使っても」といって始めたQEに対し、「QEは債券市場にDuration(価格感応度) バブル を引き起こす」と批判的だった。

 そして現在新進気鋭の女性FEDウォッチャーのダニエラ・D・ブース氏によれば、彼女がダラス連銀でリチャード・フィッシャー総裁のアシスタントだったとき、退任するフィッシャー総裁が、FOMCでFEDの過度にハト派的オペレーションに疑義を呈するのは、ダラスを代表するタカ派な自分と、理事のパウエル氏だけだったともらしたという。
 では、なぜそのパウエル氏が「カメレオン」になったのか。簡単にいえば、パウエル氏がFRB理事になったとき、最初に懸念した前出のDurationバブルが完成してしまい、もうそれは元に戻すことができない状態にあるということだろう。もうこのバブルはつぶせない。

 結果、筆者の目には、本来「最後は、債券は株より正しい」という市場の原則は崩壊し(債券のビジランテ(自警)機能の消滅)、株式市場はパウエル氏の意図に反して、いつ崩壊してもおかしくない債券バブルという病巣を抱えたまま並走している。




それでも、日欧の中央銀行の緩和政策は継続し、2019年の第1四半期には、9000億ドルを超える中国資金もアメリカに流れ込んだ。その結果、債券市場全体をみると、10年国債金利は2.3%前後。世界のベンチマークとしてのアメリカ国債は盤石に見える。だが、堅調な同国のGDPも借金の増加が前提だ。2018年に名目で瞬間5%のGDP成長を達成した同国経済は、6%を超えるアメリカ債務の増加に支えられている。

 つまり、成長するにはそれ以上の借金をすることが当たり前になっている。この状態を、健全な資本主義というにはもはや無理があるが、だからこそ、結果として分配で不満がたまった人たちを中心に、MMT(現代貨幣理論)が持ち出されている。
■パウエル議長の豹変の真因は「債券市場の脆弱性」

 その中で懸念されるのが、4兆ドル規模といわれるトリプルB格付けの社債の存在だ。昨今、日本の地銀が資産担保証券を大量に買っているという話が盛んだが、FEDの懸念はそこではない。FEDは、いくらマネーをジャブジャブにしても、いざというとき、市場から流動性がなくなることを恐れている。

 昨年10月末、大手格付け機関のムーディーズは、GE(ジェネラル・エレクトリック)の長期の社債をA2からBBBへ格下げした。するとジャンク市場の流動性が40日にわたって完全に消えてしまった。
 それこそ「リーマンショック級」に発展するかもしれない出来事だった。このとき、先に下がり始めた株に対し、比較的堅調だったクレジット市場が一気に悪化した。こうなると、実体経済と株式市場の頭と尻尾が逆転し、株価だけ支えていれば大丈夫というFEDの法則も危うくなる。

 例えば、前述のように、米中貿易協議の結果、株価は上下運動を繰り返したとしても、着実に実体経済の方向性は悪化している。リーマンショックの反省から、格付け会社は厳粛に対応するようになっているが、そんな中、FEDのゼロ金利時代に大量に社債を発行し、それらを買い入れ消却などに使ってきた会社の債務が借り換え時期を迎えると、はたしてどうなるか。金利は上がっている。そこに収益はあるのか。




以前より、JPモルガン会長のジェームズ・ダイモン氏は、リーマンショック後に施行された厳格な「ボルカールール」は、アメリカの銀行が債券市場のバッファー(受け手)となる機能を奪い、やがてそれは次のシステム危機を呼ぶ可能性があると警告してきた。FEDはGEの格下げによって、その一端を垣間見たのだろう。パウエル議長のピボットは、株価下落の影響もあるが、本質は彼がずっと恐れていた債券市場の脆弱性である。

 一方で、リーマンショック後にQEで発生した膨大なマネーは、株式市場ではユニコーンと呼ばれる若いハイテク企業の上場を実現させた。債券に金利がなくなり、消費経済も頭打ちとなれば、マネーが向かう先は未来しかない。
 金利のあったトリプルB格の債券に大量の資金が流れたように、利益の実体はなくとも、社会的に認知されたすばらしいアイデアには資金が向かった。逆に、本来そのような未来のビジネスの若い芽に長期投資してきたプライベートエクイティーでは、金余りの中で競争が激化し、今は彼らがトリプルBの社債を抱えている状態(前述のダニエラ・ブース氏)。その集大成として、直近では、リフト、ピンタレスト、ウーバーなどのユニコーンが次々に上場を果たした。
 ところが、上場後の株価はどれも低迷している。筆者が見たところ、これは「ビジネスモデルのオーバーバリュエーション」というよりも、資本主義のサイクルとして、最後の局面に見られる「手じまい」の様相だ。

■ハイテクブームに見られた「4つの波」とは? 

 日米で通算30年以上、株式市場を見てきた立場で言うと、ハイテクブームには4つの波があった(証券市場の波でハイテク産業の専門家の見地ではない)。

 まず第1波はあのスティーブ・ジョブス氏が、これまで大会社に大規模なコンピュータが数台あれば事足りたテクノロジー産業を、「個人が1台のコンピューターを持つ時代が来る」と、まったく新しい概念で激変させた時期だ。平成の初期にあたる。結局は執行力に優れたビル・ゲイツ氏がそのブームの勝者となったが、1990年代の終わりには「ドットコム」ならなんでも買われる第2波が起きた(ドットコムバブル)。




さらに、2008年のリーマンショックを経て、第3の波は、モノを消費する経済から、ネットの無料サービスを広告料の収益で提供するビジネスモデルのグーグルやフェイスブックが躍進した時代。

 そして、最後が、それでもあり余るマネーが、「シンギュラリティー」の先を語るユニコーンへ殺到した時代だ。この最後の波において、オバマ政権はウーバーへ補助金を出し、「P2Pビジネスモデル(消費者仲間でつながること)」の温床となった。
 オバマ政権を支えたミレニアル世代は、親のブーマー世代と比べお金に余裕がなかった。彼らは無料アプリの競争を生み、タクシーやホテルの代わりにウーバーやエアビーアンドビーを育てた。そしてここでは「ペイパルマフィア」と呼ばれる人たちの存在も重要だった。

 ペイパルマフィアとは、決済会社のペイパルを成功させた人たちのことで、テスラのイーロン・マスク氏やフェイスブックへの最初の投資家でトランプ大統領を支持したピーター・ティール氏を先頭に、2人の下にいた若者たちが、後にユーチューブやリンクトインを生み出した現象を言う。
 証券マンの目で見て、ペイパルマフィアがジョブス氏やゲイツ氏と違ったのは、彼らは最初から株式市場を使った資金調達(レバレッジ)を次の成長や投資に使うスキームを持っていたことだった。その点では、彼らのモデルの先行者はソフトバンクの孫正義社長ではないだろうか。

 そして、マスク氏はペイパル売ったお金でスペースXやテスラを立ち上げ、ティール氏はフェイスブックの利益でリフトに投資した。ところが、トランプ政権に代わり、FEDもQE(量的緩和)からQT(B/Sの量的削減)に舵を切ると、様相が変わり始めた。
■なぜ「モルスタ」はテスラ株を「くず扱い」し始めたのか

 2014年、ウーバーには6000億円の価値があるとぶち上げ、自分でも1100億円を投資したゴールドマン・サックスは、上場時の株主にすでに名前はなかった。代わりにソフトバンクが筆頭株主になっていた。恐らく、多くのケースで、オリジナルのアメリカ系投資家はユニコーンへの初期投資を回収し、今はソブリンファンドや中国系ファンドがユニコーンを持っている。




そんな中、アメリカ系証券の変わり身の早さを象徴するのがテスラの株だ。モルガン・スタンレー証券は、先日「テスラの株価は最悪10ドルまで下落する可能性がある」と言い出した。自分の経験でも、いくら可能性とはいえ、まだ200ドル以上している株を10ドルまでの下落を予想するのは異様な話だ (普通はその前に倒産する)。

 そして、最強と恐れられるGAFAをめぐる政治環境も激変している。アメリカは中国との覇権争いでGAFAを強化する必要がある。しかし国内をみると、ヒラリー候補がトランプ大統領に敗北してから、リベラルによるフェイスブックへの攻撃はやむ気配がない。
 それどころか、今はフェイスブックに加えインスタグラムとワッツアップまで傘下に置く、マーク・ザッカーバーグ氏に対し「彼はあまりにも危険な存在になった。だからフェイスブックは解体すべき」と元フェイスブックの関係者たちがこぞって反フェイスブック運動を展開している。

いずれ同じような現象がアマゾンなど、ほかのGAFAにも起こることを個人的は想像する。だが、興味深いのは、FANGやGAFAを育てたミレニアルの次の世代には、ミレニアルとは異質の傾向があるということだ。
 『フォース・ターニング』の筆者で、人口動態学者兼歴史家でもあるニール・ハウ氏は、西暦2000年以後に生まれたホームランダー世代(ジェネレーションZ)は、その前のミレニアル世代よりつながりを好まず、既存メディアよりネットを重視する傾向はない、というリポートを出した。

 ハウ氏は同時にシリコンバレーやマイクロソフトやアマゾンを有するシアトル周辺では、ハイテク産業に勤めるリッチな親ほど、自分の子どもは学校へのスマートフォンの持ち込みを禁止している高額なプライベートスクールに入れている傾向があるという。
 個人的にはこのところよく映画になる「人間社会の2極化」が始まっているようで怖い。選挙で平等に1人に1票が与えられるなら、支配者は被支配者を操作するしかない。ただこの原則は、相場ではずっと見てきた真実でもある。相場は塊をどう支配し、塊をどう操作するかだ。成功者は逆らわず、この塊を扇動しても、自分は決して中には入らない。

 そんな中、激変する政界情勢では、民主主義の政治体制で、これまでのエリート主導の理念政治が限界を露呈し、ステイーブ・バノン氏のような扇動者が、米中貿易協議や欧州議会選挙でも暗躍している理由はなんだろう。どうやら金融市場と歴史に精通したバノン氏は、これまで世の中を支えた概念の塊が、自分で崩壊していくタイミングを見極める天才のようだ。
 機会があれば、次回は、デイープ・ステートの成り立ちと、彼らが作ったアメリカの破壊者として、実はオバマ前大統領と、トランプ大統領は似ていることを、「バノン氏の正体」を探ることで触れてみたい。
滝澤 伯文 :CBOT会員ストラテジスト