脳梗塞の新薬に「黒カビ」 ノーベル賞有力候補者の愛弟子が発見〈AERA〉

5/26(日) 8:00配信
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 脳梗塞の治療に朗報だ。脳梗塞は発症後の処置が生死を左右する病気。既存薬といかに差別化するか。新薬開発のきっかけは恩師が授けた「逆転の発想」だったという。

【写真】西表島の落ち葉から見つかった黒カビの一種「スタキボトリスミクロスポラ」
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 脳梗塞は年間6万2千人の死因となっており、介護が必要になる要因のトップにも数えられる。脳の血管が詰まると、ブドウ糖や酸素が行き渡らなくなり脳の神経細胞が死んでしまう。詰まった血管をいかに早く再開通させるかが治療の鍵を握る。

 現在、主に使われているのは血栓溶解剤t-PAという薬だが、時間経過と共に出血リスクが高まるため、原則発症後4時間半までしか使えない。

 脳梗塞は寝ている間に発症し、時間が経過してから気づくケースも多く、実際にt-PAを投与されるのは患者全体の7、8%程度だと言われる。

 t-PAを投与できない患者にも使えると期待される新薬の主成分がSMTP。東京農工大学大学院の蓮見惠司教授(61)が、沖縄・西表島で見つかった黒カビから取り出した化合物だ。画期的なのは、血栓を除去する作用だけでなく、炎症を抑制し出血を抑える作用を併せ持つこと。

 蓮見さんがこの黒カビに出合ったのは1990年代半ば。以来、日本では難しいとされてきた大学発の創薬に挑み続けてこられたのは、恩師である遠藤章博士の教えがあったからだという。

 遠藤博士は、世界中で4千万人が服用しているとされる動脈硬化の特効薬で、「第二のペニシリン」「奇跡の薬」とも呼ばれる「スタチン」の発見者。ノーベル賞の有力候補と目される。蓮見さんは、2017年に遠藤博士が世界的に権威のある「ガードナー国際賞」を受賞した際、腰痛で授賞式に出られなくなった同博士から代理出席を頼まれたほどの愛弟子だ。

 遠藤博士の教えその一は「誰もやっていないことをやって人の役に立つ」という心意気。同博士は日本人がコレステロールという言葉を意識しなかった60年代に、コレステロールを下げる薬の必要性に着目した。蓮見さんも、脳梗塞治療に関してほとんどの研究者が、血液の凝固阻害効果に注目する中、逆転の発想で、血栓が溶けるのを促進する物質を探そうと考えた。



7年近くかけて調べ上げた微生物は延べ1万株以上。SMTPを含む多くの活性物質を見つけ出した。しかしそのことを記した論文は見向きもされず、国立大学の独立行政法人化に伴い研究費は減少する一方。複数の製薬企業に掛け合ったが、全く相手にされなかった。

「企業側は『既存薬があるじゃないか』『副作用もあるでしょ』と。悔しくなって、思い出したのが遠藤先生の『やりもしないでできないと諦めるな』という言葉でした」(蓮見さん)

 気を取り直し、学生や共同研究者らと地道に動物実験を繰り返した。その結果、がんの血管新生抑制や脂質代謝の改善など他の薬効も発見。創薬の可能性を確信し05年、バイオベンチャー「ティムス」を立ち上げた。

 政府系機関からの助成金も得たが、何度も資金枯渇の危機にさらされた。もがき苦しむ中で、既存薬にはない「抗炎症作用」を突き止めた。その実証データを携え50を超える製薬企業を回った。しかし、リスクを嫌う国内メーカーからは「うちは脳梗塞薬はやっていない」「いい治験データが取れたら連絡して」とまたもや突き放された。
そんな中、唯一協議を続けてくれたのが

米製薬大手のバイオジェン

だった。

「誰も評価しないものを評価して初めて新しいものは作り出せると言ってくれた。遠藤先生の教えと重なりました」(同)

 昨年6月、同社から一時金400万ドル(約4億4千万円)と、開発段階に応じて最大3億3500万ドル(約368億円)、売り上げに連動するロイヤルティーの提供を受ける契約にこぎつけた。

 現在、蓮見さんらは発症後12時間までの有効性を調べる治験に取り組んでいる。目指すのは、20年代半ばまでの実用化だ。



(編集部・石臥薫子)

※AERA 2019年5月27日号