他人の活躍が我慢できず「自分だけがつらい」と訴える人が増えている――。精神科医、片田珠美さんの指摘です。実例を通じて現代社会の病理を掘り下げます。【毎日新聞経済プレミア】
◇退職勧奨を拒否
某有名百貨店に勤務していた40代の女性社員は、職場でいじめを受けた。このいじめは、彼女が退職勧奨を拒否した頃から始まった。
売上高が年々減りつつある百貨店業界は、「斜陽産業」と呼ぶのがふさわしく、郊外や地方の店舗の閉鎖の発表も相次いでいる。彼女の勤務先も例外ではなく、リストラが進められた。
表向きは希望退職制度だが、実質的には肩たたきである。給料が高いベテランや能力不足の社員を中心に肩たたきが行われ、割増退職金を手に多くの社員が去っていった。しかし、この女性は独身で、生活に不安があったので、百貨店に残る道を選んだ。
◇女性上司からの嫌がらせ
すると、女性上司からの執拗(しつよう)な嫌がらせが始まった。この女性に郵便物が届くと、上司は手渡したり机の上に置いたりするのではなく、投げて渡した。コピーを取りに行く際にすれ違うと、ぼそっと「邪魔」と言われた。それでも耐えていたら、しまいには彼女の後ろを通るたびに「死ねばいいのに」と暴言を浴びせられるようになった。
さすがに耐えかねて、「パワハラではないか」と相談室に相談し、調査委員会による聞き取りが行われた。だが、パワハラとは断定しがたいという結論が出た。まず、いずれの言動も上司が否定した。そのうえ、実際に郵便物を投げて渡したとしても、急いでいたからかもしれないし、「邪魔」「死ねばいいのに」などの暴言も独り言だったかもしれないというのが調査委員会の見解だった。
落胆した女性は夜眠れなくなり、朝出勤しようとすると吐き気や動悸(どうき)が出るようになった。そのため、私の外来を受診し、「パニック障害」の診断書を提出して休職した。3カ月後に復職したが、例の上司にあいさつしても無視され、すれ違うたびにそっぽを向かれた。仕事もろくに与えられず、自分は必要とされていないように感じたという。そのため、居づらくなって異動願を出し、認められた。
◇異動先で与えられた肉体労働
異動先は、うつ病やパニック障害などで休職していた社員ばかりを集めた部署だった。職場で強いストレスを感じて心身に不調をきたした社員ばかりで、いじめやパワハラの被害者もいたはずだ。リストラの影響でいじめやパワハラが起こりやすい雰囲気が漂っていたのかもしれず、ある意味では、この部署の社員はみなリストラ策の被害者ともいえる。
そう考えれば、同じ境遇の社員同士いたわり合いながら働いても不思議ではない。ところが、実態は真逆のようだ。この部署では、みな互いに攻撃し合う。それぞれが「自分は前の部署でひどい目に遭って心を病んだ被害者なのだから、それなりに配慮してもらって当然」という態度を示すので、仕事の分担をめぐってしばしば言い争いになる。
しかも、与えられる仕事のほとんどが肉体労働というのも大きい。この部署に集められた社員の多くは、もともと事務仕事に従事していた。私の外来を受診した女性もそうだったので、重い段ボール箱やマネキンなどを運ぶように命じられたときは、「なぜこんな仕事をさせられるのか」と当惑したという。
そのうえ、毎日のように言い争いがあるので、疲れ果ててしまった。肉体労働のせいで腰痛にも悩まされるようになり、ほとほと嫌気がさしている。「事務仕事に戻してほしい」という希望を人事部に伝えたものの、「同じような希望が多いので、いつになるかわからない」という答えが返ってきた。最近はさすがに転職を考え始めたが、年齢的なこともあって同水準の収入を得られる仕事は見つかりそうにない。
この部署が「リストラ部屋」であることを百貨店側は決して認めないはずだ。おそらく、「心の病で休職していた社員の職場復帰ができるだけスムーズにいくように、一カ所に集めて精神的負担の少ない仕事をさせている」といった答えが返ってくるだろう。実際には言い争いで疲れ果て、プライドも傷ついて、精神的に参っているのがこの部署の社員の現状である
◇退職勧奨を拒否
某有名百貨店に勤務していた40代の女性社員は、職場でいじめを受けた。このいじめは、彼女が退職勧奨を拒否した頃から始まった。
売上高が年々減りつつある百貨店業界は、「斜陽産業」と呼ぶのがふさわしく、郊外や地方の店舗の閉鎖の発表も相次いでいる。彼女の勤務先も例外ではなく、リストラが進められた。
表向きは希望退職制度だが、実質的には肩たたきである。給料が高いベテランや能力不足の社員を中心に肩たたきが行われ、割増退職金を手に多くの社員が去っていった。しかし、この女性は独身で、生活に不安があったので、百貨店に残る道を選んだ。
◇女性上司からの嫌がらせ
すると、女性上司からの執拗(しつよう)な嫌がらせが始まった。この女性に郵便物が届くと、上司は手渡したり机の上に置いたりするのではなく、投げて渡した。コピーを取りに行く際にすれ違うと、ぼそっと「邪魔」と言われた。それでも耐えていたら、しまいには彼女の後ろを通るたびに「死ねばいいのに」と暴言を浴びせられるようになった。
さすがに耐えかねて、「パワハラではないか」と相談室に相談し、調査委員会による聞き取りが行われた。だが、パワハラとは断定しがたいという結論が出た。まず、いずれの言動も上司が否定した。そのうえ、実際に郵便物を投げて渡したとしても、急いでいたからかもしれないし、「邪魔」「死ねばいいのに」などの暴言も独り言だったかもしれないというのが調査委員会の見解だった。
落胆した女性は夜眠れなくなり、朝出勤しようとすると吐き気や動悸(どうき)が出るようになった。そのため、私の外来を受診し、「パニック障害」の診断書を提出して休職した。3カ月後に復職したが、例の上司にあいさつしても無視され、すれ違うたびにそっぽを向かれた。仕事もろくに与えられず、自分は必要とされていないように感じたという。そのため、居づらくなって異動願を出し、認められた。
◇異動先で与えられた肉体労働
異動先は、うつ病やパニック障害などで休職していた社員ばかりを集めた部署だった。職場で強いストレスを感じて心身に不調をきたした社員ばかりで、いじめやパワハラの被害者もいたはずだ。リストラの影響でいじめやパワハラが起こりやすい雰囲気が漂っていたのかもしれず、ある意味では、この部署の社員はみなリストラ策の被害者ともいえる。
そう考えれば、同じ境遇の社員同士いたわり合いながら働いても不思議ではない。ところが、実態は真逆のようだ。この部署では、みな互いに攻撃し合う。それぞれが「自分は前の部署でひどい目に遭って心を病んだ被害者なのだから、それなりに配慮してもらって当然」という態度を示すので、仕事の分担をめぐってしばしば言い争いになる。
しかも、与えられる仕事のほとんどが肉体労働というのも大きい。この部署に集められた社員の多くは、もともと事務仕事に従事していた。私の外来を受診した女性もそうだったので、重い段ボール箱やマネキンなどを運ぶように命じられたときは、「なぜこんな仕事をさせられるのか」と当惑したという。
そのうえ、毎日のように言い争いがあるので、疲れ果ててしまった。肉体労働のせいで腰痛にも悩まされるようになり、ほとほと嫌気がさしている。「事務仕事に戻してほしい」という希望を人事部に伝えたものの、「同じような希望が多いので、いつになるかわからない」という答えが返ってきた。最近はさすがに転職を考え始めたが、年齢的なこともあって同水準の収入を得られる仕事は見つかりそうにない。
この部署が「リストラ部屋」であることを百貨店側は決して認めないはずだ。おそらく、「心の病で休職していた社員の職場復帰ができるだけスムーズにいくように、一カ所に集めて精神的負担の少ない仕事をさせている」といった答えが返ってくるだろう。実際には言い争いで疲れ果て、プライドも傷ついて、精神的に参っているのがこの部署の社員の現状である