科学技術の進歩に貢献した人物に贈られる日本国際賞の今年の受賞者に、微小な分子がらせん階段のように連なった「らせん高分子」を開発した名古屋大の岡本佳男(よしお)特別招へい教授(78)が選ばれた。約40年前から医薬品などの製造現場で広く使われている世界的な業績で、ノーベル賞に匹敵するともいわれ、評価は遅すぎたとの声も上がっている。
■世界中の研究者が恩恵
日本国際賞は毎年4月の授賞式に天皇・皇后両陛下がご臨席し、賞金5000万円が贈られる権威ある賞だ。審査委員長を務めた浅島誠東京大名誉教授は岡本さんについて「科学のみならず周辺領域にも大きなインパクトを与えた卓越した発見。製薬関係をはじめ、世界中の研究者の誰もが当たり前のように恩恵を受けている」とたたえた。
らせん高分子は、自然界ではDNA(デオキシリボ核酸)やタンパク質などが知られるが、人工的に作ろうとするとすぐに壊れてしまって合成は困難だった。
これに対して岡本さんは、大阪大の助手だった1979年、試行錯誤の末に豆の抽出物である「スパルテイン」を用いるなどして安定的な合成に成功。しかも、らせんには右巻きと左巻きがあるが、その作り分けも実現した。これは世界初の成果だった。
受賞を受け、岡本さんは「これまで50年以上研究に取り組んできた。このような基礎研究が賞に結びついたことは、若い研究者にも励みになるのではとうれしく思う」と笑顔を見せた。
■有機化合物の「左右」を分離
人工的に合成したらせん高分子が持っていたのは、さまざまな有機化合物を“左右に分離する”能力だ。
医薬品などで私たちの暮らしを支えている有機化合物は、構成する成分が同じでも、右手と左手のように対称的な2種類の立体構造を持つ場合がある。まるで鏡に映したように左右対称なので「鏡像体」とも呼ばれ、人体に与える影響が左右で大きく異なるものがある。
よく知られるのは薬害事件が起きたサリドマイドで、一方が薬としての効果を持つのに対し、もう片方は胎児に奇形を生じさせる恐れがある。うま味調味料の「味の素」で知られるグルタミン酸も、うま味を感じられるのは片方だけだ。
このように、鏡像体は医薬品や飲食品などの分野で重要な役割を持つが、左右の分離は難しかった。それが、らせん高分子を使うことで簡単に分けられるようになったのだ。
左右の分離装置は「カラム」と呼ばれ、化学品メーカー「ダイセル」(大阪)を通じて82年に商品化された。カラムは筒状で内部にらせん高分子が詰め込まれ、左右を分けたい化合物を流し込むと時間差をつけて別々に出てくる。今では世界中で使われている。
らせん高分子の合成からわずか3年での実用化は、驚くべき早さだ。岡本さんは「研究室の教授を通じ、ダイセルの社長とつながりがあったから」と振り返る。
■開発から40年、再評価も
分離とは別に、最初から左右の化合物を作り分ける技術もある。「不斉合成」と呼ばれ、2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治さんの業績だ。しかし、完全な作り分けは今でも難しく、不斉合成の成果を確認するためにもカラムは欠かせない。
日本国際賞の審査に関わった野崎京子東大教授は「野依先生は、このカラムで分析できたからノーベル賞を受賞した」と話す。
となると、岡本さん自身もノーベル賞に値するのではないかとの疑問が湧く。
これについて、高分子化学の研究者の一人は「岡本先生とダイセルだけが世界で突っ走りすぎてしまい、誰も競争できない。世界的に見た場合、当たり前の技術として、そのありがたみを考えもしなかったのでは」と指摘する。
らせん高分子の開発から40年。遅すぎた感はあるが、今回の受賞を機に国内外で岡本さんの再評価が進むかもしれない。(科学部 小野晋史)
■世界中の研究者が恩恵
日本国際賞は毎年4月の授賞式に天皇・皇后両陛下がご臨席し、賞金5000万円が贈られる権威ある賞だ。審査委員長を務めた浅島誠東京大名誉教授は岡本さんについて「科学のみならず周辺領域にも大きなインパクトを与えた卓越した発見。製薬関係をはじめ、世界中の研究者の誰もが当たり前のように恩恵を受けている」とたたえた。
らせん高分子は、自然界ではDNA(デオキシリボ核酸)やタンパク質などが知られるが、人工的に作ろうとするとすぐに壊れてしまって合成は困難だった。
これに対して岡本さんは、大阪大の助手だった1979年、試行錯誤の末に豆の抽出物である「スパルテイン」を用いるなどして安定的な合成に成功。しかも、らせんには右巻きと左巻きがあるが、その作り分けも実現した。これは世界初の成果だった。
受賞を受け、岡本さんは「これまで50年以上研究に取り組んできた。このような基礎研究が賞に結びついたことは、若い研究者にも励みになるのではとうれしく思う」と笑顔を見せた。
■有機化合物の「左右」を分離
人工的に合成したらせん高分子が持っていたのは、さまざまな有機化合物を“左右に分離する”能力だ。
医薬品などで私たちの暮らしを支えている有機化合物は、構成する成分が同じでも、右手と左手のように対称的な2種類の立体構造を持つ場合がある。まるで鏡に映したように左右対称なので「鏡像体」とも呼ばれ、人体に与える影響が左右で大きく異なるものがある。
よく知られるのは薬害事件が起きたサリドマイドで、一方が薬としての効果を持つのに対し、もう片方は胎児に奇形を生じさせる恐れがある。うま味調味料の「味の素」で知られるグルタミン酸も、うま味を感じられるのは片方だけだ。
このように、鏡像体は医薬品や飲食品などの分野で重要な役割を持つが、左右の分離は難しかった。それが、らせん高分子を使うことで簡単に分けられるようになったのだ。
左右の分離装置は「カラム」と呼ばれ、化学品メーカー「ダイセル」(大阪)を通じて82年に商品化された。カラムは筒状で内部にらせん高分子が詰め込まれ、左右を分けたい化合物を流し込むと時間差をつけて別々に出てくる。今では世界中で使われている。
らせん高分子の合成からわずか3年での実用化は、驚くべき早さだ。岡本さんは「研究室の教授を通じ、ダイセルの社長とつながりがあったから」と振り返る。
■開発から40年、再評価も
分離とは別に、最初から左右の化合物を作り分ける技術もある。「不斉合成」と呼ばれ、2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治さんの業績だ。しかし、完全な作り分けは今でも難しく、不斉合成の成果を確認するためにもカラムは欠かせない。
日本国際賞の審査に関わった野崎京子東大教授は「野依先生は、このカラムで分析できたからノーベル賞を受賞した」と話す。
となると、岡本さん自身もノーベル賞に値するのではないかとの疑問が湧く。
これについて、高分子化学の研究者の一人は「岡本先生とダイセルだけが世界で突っ走りすぎてしまい、誰も競争できない。世界的に見た場合、当たり前の技術として、そのありがたみを考えもしなかったのでは」と指摘する。
らせん高分子の開発から40年。遅すぎた感はあるが、今回の受賞を機に国内外で岡本さんの再評価が進むかもしれない。(科学部 小野晋史)