先進国は低成長時代に入ったという長期停滞論に異を唱え、ゲームチェンジャーの時代の到来を確信する歴史家がいる。産業革命以前から現在、そして未来まで視野に入れる著名な経済史専門家・米ノースウエスタン大学ジョエル・モキール教授(経済史)だ。
産業革命を文化的視点から論じた『A Culture of Growth: The Origins of the Modern Economy(成長の文化-近代経済の起源)』(未邦訳)の著者でもある同教授に話を聞いた。
ーなぜ長期停滞論に反対なのですか。
ジョエル・モキール(以下、モキール):この理論には2通りの見方がある。サプライサイドとデマンドサイドに基づくものだ。イノベーションにかかわるのは前者の供給側からの見方で、同僚で友人のロバート・ゴードンなどが主張している。「ゲームチェンジング(真に革新的)」な発明は歴史上一度しか起こらないため、今後は新たなテクノロジーの流れが枯渇するという。
ボブ(ゴードン教授の略称)は、著書『The Rise and Fall of American Growth(米国の成長の盛衰)』(未邦訳)などで、1920~70年の半世紀に起こった目覚ましいイノベーションは、人類史上一度限りのものだと言っているが、完全な誤りだ。これから起こるイノベーションは、もっと大規模になる。今よりはるかにビッグなものに。
そもそも発明には2種類ある。1つはゲームチェンジャー、つまり、蒸気機関や電気など、まったく新しい知見に基づいた「マクロの発明」だ。そして、もう1つが、質や効率性などを改善した(持続的)イノベーションだ。発明の大半は後者だが、近い将来、ゲームチェンジャーと言えるような、あらゆる種類のイノベーションが起こり、経済や生活を根底から変えるだろう。
ボブは、IT革命の直接的影響に加え、IT革命が人間の生活に広範な影響を与えている点も見落としている。IoT(モノのインターネット)も含め、今やすべてがマイクロプロセッサで動いている時代だ。IT革命は、科学、つまり、研究のし方も変えている。
その結果、ナノテクノロジーや新素材の発明にとって重要な計算物理学などの新分野も誕生した。レーザーの発明もそうだ。米国では一昨年、レーザー干渉計型重力波検出器によって重力波の存在が証明された。アインシュタインが一般相対性理論で数学的に予測したものだ。
ーモキール教授が以前述べられた「科学と技術進歩の間で見られるポジティブなフィードバック」ですね。
モキール:そうだ。コンピュータ、レーザーと、数えきれないほどの科学技術が世の中を変えている。これこそが、経済や研究に大きな影響を与えるゲームチェンジャーであり、新たな展望を切り開いていく。歴史が示す唯一の教えは、変化が加速していくということだ。より速く、さらに速く。米国はテクノロジーにおいて世界のリーダーであり続けるだろうから、長期的に見て米経済が機能しなくなるなどとは思わない。
ーウーバー・テクノロジーズやエアビーアンドビー、テスラの創業者など、イノベーターの代表と言われるような起業家について、どう思われますか。
モキール:彼らは、「オポチュニティー(好機・チャンス)」を生かして成功した人たちだ。オポチュニティーは、起業家自身が生み出すとはかぎらない。起業家が何かを成し遂げられるのは、科学やテクノロジーの賜物だ。
たとえば、ウーバーは、スマホやGPSなどが生み出すオポチュニティーをうまく利用した。テスラが電気自動車に用いる電池技術は、多くの企業や科学者の手で開発されたものだ。テスラのイーロン・マスクCEO以外にも、多くの人々が電気自動車の開発に乗り出している。スティーブ・ジョブズもビル・ゲイツもマーク・ザッカーバーグも、オポチュニティーを生かしたという意味では同じだ。
とはいえ、こうした起業家は非常に重要な存在でもある。彼らがいなければ、オポチュニティーは利用されないままになっていたからだ。一方、資本主義社会では大半のオポチュニティーが眠っているため、彼らがやらなければ、ほかの誰かがやって成功したことだろう。
ー歴史家の目から見て、米経済史に影響を与えたゲームチェンジャーを数人挙げていただけますか。
モキール:まず、発明家・起業家のトーマス・エジソンだ。人類が待ち望んでいた電力(の事業化)で工場の稼働などを可能にした。2番目が、起業家アンドリュー・カーネギー。効率性の高い鉄鋼会社を経営し、汎用テクノロジーである鉄鋼(の生産)に貢献した。
次が、パソコン革命を起こして人々の生活を一変させたビル・ゲイツだ。ヘンリー・フォードもリストに入る。大量生産・モジュール方式で自動車の価格を下げ、修理やメンテナンスなどを容易にした。
『成長の文化』で書いたが、フランシス・ベーコン(英哲学者)やアイザック・ニュートン(英科学者)、アダム・スミス(英経済学者)など、世界を変えた「文化的起業家」もいる。ベーコンは、「産業科学の哲学者」として、知を生産に、科学を産業に生かすべきだとし、ニュートンは、宇宙など観測された現象の数的証明に成功。スミスは、各国間の貿易をゼロサムゲームではないとし、経済政策の重要性を説いた。
ー「ゲームチェンジャーの時代」はくるのでしょうか。
モキール:もちろん。20~25年後に主要なゲームチェンジャーになりそうなイノベーションの一つが、3Dプリンティングによる自宅でのモノづくりだ。たとえばシャツなら、色もサイズも素材も自分で設定する。すべてがカスタムメイドになり、買い物など不要になる。産業革命以来のゲームチェンジャーだ。
産業革命では、家内から工場にモノづくりが移ったが、「新産業革命」では、製造業が工場から家庭に戻る。産業革命前と違うのは、人ではなく3Dプリンティング、つまり、機械がモノづくりの主役になる点だ。
今後、ゲームチェンジングな発明は、さらに増える。(テクノロジーと科学の進歩で)オポチュニティーが何倍にもなるからだ。同時に、オポチュニティーを生かすことが、より重要になる。
生活も生産も仕事も一変し、想像を超えたものになると確信している。半世紀前、コンピュータが何もかもをこなす日がくるなど予想できなかったように、遺伝子工学やバーチャルリアリティー、ロボットなどでも同じことが起こる。
たとえば、ゲノム編集(遺伝子改変)で新種の穀物を作り、自然への依存度を減らすことができれば、人類にとって飛躍的進歩だ。こうしたターニングポイントが、ゲームチェンジャーの時代を告げるヒントになろう。
ジョエル・モキール◎ノースウエスタン大学・テルアビブ大学教授。専門は経済史。技術革新やテクノロジーの未来にも精通。