<山本敦のAV進化論 第125回>

ソニーの技術 × 独創的アイデア。ambie“耳を塞がないイヤホン”開発者に話を聞いた




山本 敦







“耳を塞がないイヤホン”「ambie sound earcuffs」が発表されて以来、大きな話題を呼んでいる。ソニーのオーディオ技術が投入された商品ということで本機に注目している方もいるかもしれない。今回はambie(株)を訪問し、開発者である三原良太氏に「ambie sound earcuffs」がどんな製品なのか、詳しくうかがってきた。


まずambieという会社の成り立ちを振り返ろう。設立は今年の1月11日。ソニーのオーディオやテレビなどの製品を開発するソニービデオ&サウンドプロダクツ(株)と、ベンチャーキャピタルのWiL, LLC.の共同出資によって誕生した。

三原氏はもともとソニーでヘッドマウントディスプレイ「HMZシリーズ」の回路設計や、Bluetoothイヤホンの設計を担当していたというエンジニアだ。ソニーはいまグループ企業の資産を活かしたオープンイノベーションの強化に力を注いでいるが、ambieの誕生はその一例だ。

ソニーとWiLとのコラボレーションが実現した事例として、ほかにスマートロック「Qrio(キュリオ)」などの製品もあるが、今回の「ambie sound earcuffs(以下:ambie)」は、三原氏が起案したアイデアがソニービデオ&サウンドプロダクツの中で注目され、WiLの出資を受けてスピンアウトを果たしたというストーリーだ。現在は三原氏やほかのスタッフで構成されるチームがambieのプロジェクトを動かしている。

ambieの社名は「ambience=環境・雰囲気」から来ている。最初のプロダクトであるambieは、じっくりと耳を傾けて聴くというより、周囲の音や人の声も聞きながら音楽を楽しむための製品であることからも、社名に込められたブランドのコンセプトが浮き彫りになってくる。

余談だが、ソニーは過去にも一風変わったスタイルで音楽を楽しむイヤホンやヘッドホンを形にしてきたブランドだ。筆者が最も強烈に記憶しているのは2007年に発売された“パーソナルフィールドスピーカー”「PFR-V1」だ。

ヘッドバンドの先端に装着した小型の球体スピーカーを2台、耳の前にぶら下げるように装着して、より開放感溢れるヘッドホンサウンドを楽しむという型破りなオーディオ機器だった。当然、聴いている音楽はかなり周囲に漏れるので、アウトドアで使うにはかなりの勇気と周囲への気配りが必要だった。

ほかにも最近の商品としてはネックバンドのように肩に乗せて音を聴く“Future Lab Program”のコンセプトモデル「N」(関連ニュース)がある。それぞれの製品に三原氏は関わっていたのか聞いてみた。
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“Future Lab Program”のコンセプトモデル「N」

「いえ、私はいずれの製品にも関わったことはありません。ambieの場合、音楽リスニングの先端技術を取り込むことを目指したわけではなく、既にある技術を工夫して商品を作りたいと考えました。完成した商品の原理も、ダイナミック型ドライバーが鳴らしたサウンドを音道管を通して耳に届けるというごくシンプルなものですが、斬新な音楽体験を実現できたと自負しています」(三原氏)。
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ambieのカバーを外したところ。特徴的な音道管が設けられている

そのこだわりは「ずっと音楽を聴ける環境」を叶えるオーディオであると三原は語る。「通常のイヤホンやヘッドホンでは、音楽を心地よく楽しむことはできますが、一方では外の音が聞こえなくなってしまいます。長時間身につけている時の閉塞感が辛いという声を聞くこともありました。そこで、“外の音に音楽を添える”という見方から形にしてきた製品がambieです」。

三原氏が語っているように、ambieは複雑な技術を詰め込んだ製品ではないが、そのコンセプトを実現するためのプロダクトデザインは時間をかけて練り上げてきたものだという。カーブした音道管は“音を伝える”ための役割と同時に、“イヤーカフ”と呼ばれる耳に着けるアクセサリーのような感覚で耳に装着して安定するデザインとして機能する。

三原氏は何度もプロトタイプを作りながら形状を追い込んできた。「耳型の模型は人肌と摩擦の具合が違うためリアルな検証が難しかったので、形状の違うプロトタイプを用意して、多くの方々に装着してもらいながらフィールドテストを繰り返してきました」と三原氏。肌に触れたときの痛みや不快感が軽減されるように、ハウジングは薄い樹脂製のジャケットでカバーされている。
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ambieの形状は、フィールドテストを繰り返すことで完成したという

本体には9mm口径のダイナミック型ドライバーが1基、開口部を音道管の側に向けて配置されている。ドライバーには2015年10月に発売されたh.earシリーズのイヤホン「MDR-EX750シリーズ」にも搭載されている、外磁型磁気回路が採用されている。9mmという比較的小口径のドライバーでも十分に高い感度を得ることを狙ったものだ。装着感とのバランスを考えれば、ドライバーのサイズはできる限り小さな方が有利だからという理由もある。
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9mmダイナミックドライバーが内側に向いて搭載されている

音をチューニングする際に重視したポイントもambieらしくユニークだ。「音楽だけでなく、外の音もはっきりと聞こえるようにチューニングしました。低音域や高音域は外の環境音に混ざると減衰してしまうので、そこを無理に増幅せず中音域をきれいに聴こえやすくなるようチューニングしています」と三原氏は説明する。





実機のサウンドを聴いてみよう。プレーヤーには一般的な使用環境を想定してAndroidスマートフォンの「Xperia XZ」を組み合わせた。アウトドアで使うことを想定して、はじめはある程度賑やかなカフェで聴いてみた。
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ambieをスマートフォンと接続して試聴

リスニング感は明らかに普通のイヤホンとかなり異なる。開放型のインナーイヤホンともまた違って、音源との距離がより離れている。音楽を聴いているというより、“きこえてくる”という表現がふさわしいだろうか。

その試聴感をマイケル・ジャクソンの「Billie Jean」から、前奏のパートを例に解説してみよう。冒頭からドラムスとパーカッション、エレキベースによるリズムが続き、20秒を過ぎた頃にシンセサイザー、30秒後にマイケルのボーカルが重なってくる。ドラムスのハイハットやスネア、パーカッションの高域がシャキシャキと少し尖って聴こえてくる。ベースの音は集中して耳を傾けないとわかりにくい。でも、歌が始まるとボーカルはキリッとして伸びやかだ。わりとしっかり耳に飛び込んでくる。

しっとりとした女性ボーカルのメロディが主役のバラード系の楽曲とは相性が良かったものの、クラシックギターのソロ演奏は主旋律の線が細く弱音が聴きづらかった。BGM的に音楽を楽しむのに向いているイヤホンだが、元々BGMっぽい曲を賑やかな場所で聴くのにはあまり向いていないかもしれない。

むしろ上原ひろみのピアノトリオによるアグレッシブな演奏など、ある程度メロディに強いインパクトのある楽曲の方が自然に楽しめる。もちろん静かな部屋に一人で座って音楽を聴くとambieのリスニング感も普通のイヤホンのそれに近づいてくるが、それだと製品が目指す本来のコンセプトから少し遠ざかってしまうように思う。

1時間ほど身につけながら音楽を聴いてみたが、筆者の場合は特にストレスを感じなかった。人の耳はそれぞれ形が違うので一概には言えないが、皮膚が薄い耳の上の方が、ambieは着けやすいと思う。ただ、やはり耳穴の近くに寄せた方が音像は明瞭度を増してくるので、リスニング感がなんとなくしっくりと来ない場合は装着位置を見直してみることをおすすめする。

イヤホンのようなポータブルオーディオ機器を身に着けながら、外の音が聞こえてきたり、周りの人と会話もできるという感覚は確かに新鮮だ。本機を開発した三原氏も「スマホで音楽などのコンテンツを利用する時間が増えた今の私たちにとって、もう一度コミュニケーションの大切さにも目を向けて楽しめるように、音楽を“ながら聴き”するスタイルをambieは提唱したい」とコメントしている。
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「コミュニケーションを大切にした“ながら聴き”するスタイルを提唱したい」と三原氏

そのコンセプトは音楽再生に限らず、これからスマホで“音を伴うコンテンツ”を楽しむスタイルに一石を投じるものになるだろう。例えば音楽以外にも電話をかけたり、通勤中にニュース動画をチェックしたり、リラックスタイムにゲームを楽しむ時などにもスマホは欠かせないツールだ。

より良い音でコンテンツを楽しむためにはイヤホン・ヘッドホンの利用は有効だが、ambieのようなツールを使って音を“ながら聴き”できるようになれば、周りとのコミュニケーションが完全に遮断されることもなく、マルチタスクが同時にこなせるようになる。

自分の好きな音楽を聴いて作業をしながら、周りからの呼びかけにも対応できるようになるので、オフィスでのワーキングスタイルを変えてくれるかもしれない。ambieは防水仕様ではないが、アウトドアでスポーツをしながら音楽を聴くときの安全性を高められそうな手応えがあった。

今後の商品展開についても訊ねてみた。三原氏は「ハード機器に限らず、アプリやサービスも含めてambieの創立コンセプトである“人と音楽の関係を変えるもの”を積極的に作っていきたい」と答えてくれた。ソニーが持つ技術資産や独創的なアイデアが、より小回りの効くベンチャー企業であるambieならではの機動力を活かして、今後色んな方向に翼を広げていく可能性がありそうだ。

ambieを使ってみて、もしこれがワイヤレスになればもっと満足度が高まるだろう、と感じた。というのも、ユーザーは外の音も聞こえる状態なのに、耳元からはケーブルがぶら下がっている状態なので、周囲にはイヤホンで音楽を聴いているように見えてしまうから、周囲からは話しかけづらくなるし、何となく会話も弾まない。「どうせイヤホンで音楽を聴いている人は外の音が聞こえてないんだよね」という、ある種の先入観を打破するまでに、繰り返し説明しなければならないのは面倒だ。

それならばやはり「完全ワイヤレスイヤホン」が理想的なambieの最終形ではないだろうか。見た目にもオーディオ機器を装着しているように感じられないから、コミュニケーションがよりスムーズにできるようになりそうだ。よりデザインに磨きをかけるとすれば、「音楽が聴けるイヤカフ」をさらにコンパクトにして、音楽が聴ける「イヤリング」や「ピアス」にまでできれば、ファッションアイテムとしても斬新だし、その未来感は半端ではない。

「音楽がしっかりと聴けなければならない」という、これまでのイヤホンの常識をいったん離れて俯瞰すれば、ポータブルオーディオはもっと自由に、大胆に形を変えていけるポテンシャルを秘めているということを、ambieが打ち出したコンセプトが示唆している。

(山本 敦)