<パリ同時テロ1年>なぜ続く、母国への凶行

毎日新聞 11/12(土) 8:30配信



 【パリ賀有勇】

130人が犠牲となった昨年11月のパリ同時多発テロから13日で1年を迎える。テロ被害者やイスラム過激派組織に加わった子供を持つ親は、住み慣れた母国に向けて若者が凶行に及ぶ理由を問い続けている。

 ◇「自爆」理由に苦悩

 「1年たってもまだ答えは見つからない」

 90人の犠牲者を出したバタクラン劇場でテロに巻き込まれた病院職員のオドレさん(25)は言う。事件の直前、コンサートがよく見えるよう前に立っていた男性に場所を譲ってもらった。男性は遺体となってオドレさんにおおいかぶさり「盾」となった。銃創は足に集中し、命拾いした。

 11回の手術で歩けるまでに回復した。だが、心の傷は癒えない。事件後、生存者が罪悪感を感じる「サバイバーズ・ギルト」の症状に悩まされ、空が白むまで眠れなくなった。事件を思い出し、人混みに入ることもできず、テロリストたちの情報を避けようと、テレビも見なくなった。

 つらい体験をしたからこそ生の尊さをかみしめ、前向きに生きようと努めた。だが、3月のベルギーや7月の仏南部ニースのテロによって、時間は巻き戻された。

 イスラム教徒に対する怒りはない。実行犯らへの憎しみも時間の経過とともに薄らいでいった。「今はただ、答えがほしい。フランスやベルギーの若者が自国民を殺す理由を」。苦悩は続いている。

 答えを探しているのはテロ被害者だけではない。

 パリ近郊スブラン市に住むベロニク・ロイさん(55)の次男カンタンさん(23)は2013年、前触れもなくキリスト教からイスラム教に改宗。異教を理由に家族の葬儀やクリスマスの食事を拒否し、過激派組織「イスラム国」(IS)戦闘員としてシリアに渡った。

 同時多発テロ直後、パニックに陥ったベロニクさんは、帰国を促すメールをカンタンさんに送った。短い返信には「ショックなのは分かるけど、彼ら(フランス)も僕らを攻撃している。これは戦争なんだ」と書かれていた。今年1月にカンタンさんがイラクで自爆死したことを、別の戦闘員からメールで知らされた。

 カンタンさんが市内のダーイシュ(ISの別称)モスク(イスラム礼拝所)と呼ばれる過激モスクに出入りしていたことは死後に知った。モスクは今年3月末、仏政府によって閉鎖されたが、周辺で出会った若者らはカンタンさんを「英雄」視していた。「一体何が息子らを駆り立てるのか。今でも全く分からない」

 ◇「人員足りぬ」…監視対象1万人

 パリ同時多発テロ後、仏政府は多くの治安要員を動員し警戒を強化してきたが、その後もテロは続き、対策の難しさを露呈している。

 仏内務省によると、仏当局は昨年11月のテロ直後に発令された非常事態宣言の下で、捜索令状なしも含め家宅捜索を4000件以上実施、77点の重火器を押収した。過激思想を広める疑いのあるモスク(イスラム礼拝所)など約25の宗教関連施設も閉鎖。非常事態宣言は4回延長され、来年1月下旬まで続く。

 しかし、対策強化にもかかわらず、7月には仏南部ニースのトラック暴走テロで86人が犠牲になった。

 その12日後には北部ルーアンの神父が過激派組織「イスラム国」(IS)と関わりのある容疑者らに刺殺された。

 神父を殺害した容疑者らは無料通信アプリでシリアにいるISのフランス人戦闘員と連絡を取っていた。容疑者の一人は監視対象者として全地球測位システム(GPS)が付いた電子腕輪の着用を義務付けられていた。

 仏シンクタンク「テロ分析センター」によると、イスラム過激派組織と関わりのあるフランス人は2180人と推計される。うち880人が過激派組織の戦闘員に加わるためにシリアとイラク、その経由国に滞在し、既に帰還したフランス人戦闘員は約200人とみられる。

 過激化が疑われ監視対象となっている人物はさらに多く、1万人に上る。これに対し、盗聴などの監視を行う仏内務省の情報機関「国内治安総局」(DGSI)の捜査官は3600人。捜査官は仏誌レクスプレスに「四六時中監視するには人員が足りない」とこぼした。

 フランス人ジャーナリストのフィリップ・コーエングリエさん(43)は10月に出版した著書の中で、バタクラン劇場が襲撃される可能性をエジプト当局からの情報で知りながら政府は必要な対策を講じなかったと指摘。「知りたいのはテロが起きるかどうかではない。いつ、どこで起きるかだ。脅威は明白なのに監視体制に問題がある」と批判する。





最終更新:11/12(土) 10:21
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