モスクワで9月末、ウクライナ東部紛争をテーマにした写真展示が繰り返し襲撃を受ける事件が起きた。ウクライナ側の兵士らを撮影の対象にしていたことがナショナリストや保守派の活動家らの怒りを買った形だが、事件は紛争について依然、自由な見解を表明できないロシア社会の雰囲気を強く反映していた。
◆壊された展示
「カムフラージュ服姿の男が今日も来ました。写真が飾られていないことを確認しにきたのです。腕を振り上げて、“また飾ろうものなら、いつでも引き破りに来るからな”と脅していきました」
9月30日、記者が現場を訪れると、がらんとした展示会場の入り口で、受付の女性が力なく語った。
事件が最初に起きたのは28日のことだ。“芸術家”と称する男がスプレーで写真にペンキをまき、展示を毀損(きそん)した。さらに翌日には、兵士やコサックの服装をした集団が現れ、関係者を恫喝(どうかつ)していった。集団にはロシアの与党議員もいたという。集団の1人は翌日も会場に現れ、前述のように展示館員らを脅していった。
展示会を運営していた人権団体、サハロフ・センターは、これ以上ウクライナ紛争に関する写真を展示することは危険と判断し、代わりに内容を説明しただけの紙を掲示していた。しかし30日に記者が訪れた際には、その紙も破られ、床に捨てられていた。
◆ウクライナは“ファシスト”
ロシア政府は現在も、ウクライナ東部の紛争に介入していないと主張しており、ウクライナ政府と同国軍を「自国民を殺害するファシスト」だと批判している。
展示されていた写真は、激しい戦闘が行われたドネツク空港で戦闘に参加しているウクライナ軍兵士や、ウクライナの義勇兵を対象にしたもので、ベラルーシとロシアのカメラマンが撮影したものだった。カメラマンは後に義勇兵の足取りをたどり、その後誰が死亡したかが分かるようにも表記されていた。
それらの写真を執拗(しつよう)に破壊する活動家らの行為は、ロシアが「ファシスト」と主張するウクライナ側の兵士に、感情移入させたくないロシア側の論理が透けてみえる。
◆戦争の悲劇を公に語れない
最初の男が展示にペンキをまいたのは28日だった。この日はちょうど、オランダなどの国際合同捜査チームがウクライナ東部で起きたボーイング機撃墜事件をめぐり、ロシアから運び込まれたミサイルが親ロシア派の支配地域から発射され、航空機が撃墜されたたとする暫定調査結果を発表した日でもあった。一連の事件は、ロシアに対する国際的な批判の高まりへの反発という側面もありそうだ。
サハロフ・センターはフェイスブック上で、「戦争の悲劇を公の場で語ることは不可能になった」と述べて一連の事件を強く批判した。会場の受付の女性は「ロシアでは、一部の人々はウクライナ東部をロシアのものだと考え、また一部の人々は、そこはウクライナで、彼らが物事を決めるべきだと考えています。(この問題をロシアで語ることは)決して簡単ではないのです」と慎重に言葉を選びながら語った。
(モスクワ 黒川信雄)